2章ー8:逆転するリアルとゲーム
ほんとハマりすぎにも程がある。
つか、早く席に戻らないと、部長がそろそろキレそうだ。
自嘲気味に肩をすくめて、屋上から出ていこうとしたそのときだった。
不意にスマホが振動する。
一瞬、ゲームのグループチャットで誰かが発言したのかと思って確認するも、ただのタイマーで……ほんの少しだけ肩透かしな思いがして驚かされる。
いやいや、迷惑だってあんだけウンザリしてたはずだろ?
それなのになんでだ?
一応自己申告したトレーニング時間を一分でもオーバーしたら罰金なもんで(昨日は罰金5000円取られた)、タイマーを二度掛けしておいたんだった。
十分前にと五分前に──
それを思い出した途端、急にずしりと肩が重くなる。
「……なるべく早く終わらせて戻るか」
マギアムジカ・オフラインの世界へ。
誰かが「俺」を待っていてくれる世界へ。
アリアにもまた会える。
今度は約束したわけだし。
それを考えるだけで、意地でも仕事を速攻終わらせてやるという気になるからゲンキンなものだ。
こんな気持ちは久しぶりすぎてなんだか居心地が悪い。
ずっと俺のことを探していたっていう謎めいた言葉もずっとひっかかっている。
いつかその理由も知りたい。
いや、十中八九、人違いとは思うけれど──
でも、誤解から始まる縁があってもいいはずだ。
朝、もうドラゴ討伐を繰り返すのもいいけど、アリアがいればもう少し難度の高いクエストもこなせそうだ。って、サンギータの装備をなんとかするのが先決か。
なら、連続でチャレンジしてみるとか? そのためには、極力時間を短縮するための作戦を考えないとな。
限られたログイン時間を最大限に生かすべく、あれこれ考えを巡らせながら屋上を後にしてコンクリートの階段を下りていく。
リアル仕事をいかに効率よく終わらせるかというのも、あくまでもそんな考えの延長上にあったりして、いろいろ本末転倒な気がしなくもない。
時々、自分でもゲームへのはまりっぷりが怖くなる。
と、階段を半ばまで下りたところで、もう一度スマホがジーンズのポケットの中で振動した。
タイマーはもう解除したはずだけどな?と、不思議に思いながら画面を確認する。
「っ!? マジか!?」
まさかのアリアからのメッセージが届いていて、思わず声をあげてスマホを二度見した。
●アリア:みなさん改めましてよろしくお願いします^^
続いて、他のメンツのメッセージが連なる。
●ハルル:こちらこそよろしくしてさしあげますわよっ!
●サンギータ:ナンパ成功ーっ! サンギータ偉い! ほめてあげてイイ!
●ヒロ:すげー、サンギータ! 偉い! よくやった! さすがのコミュ力!
「──っ!?」
盛り上がるグループチャットについ足が止まる。
まさか……アリアがグループチャットまで登録してくれるとは思わなかった。
頭の中が真っ白になって、一瞬自分でもちょっとワケが分からなくなる。
「…………」
スマホの画面に指を添えたまま、しばし悩む。
何かこう少しでも気の利いた言葉をとは思うものの、一歩間違えれば外野の無慈悲なツッコミが降り注いできそうで……結局無難な言葉しか浮かんでこない。
別に気にしなければいいだけなのに、どうしても他からどう思われるかというのは気になってしまう。
●リュウキ:よろしく
●アリア:はい^^
たったそれだけのやりとりについニヤついてしまう。
●サンギータ:アレレー? リーダーだー? 仕事中はメッセージやら送ったとしたトコロで、カッチカチの石のヨーにレス返さないはずなのに( ゜д゜)!
●ヒロ:アリアさんは特別かっ! 俺というものがありながらっ!
●ハルル:リュウキはハルルンを特別扱いすべきわよっ!
●ヒロ:姫は俺の特別だよっ!☆
●ハルル:だが、断るわよっ!☆
●ヒロ:…………
ただ、「よろしく」って返しただけなのにものすごい勢いで突っ込まれてたじろぐ。
こいつらにはすでにいろいろ見透かされていそうで……ちょっと怖くなる。
まあ、ゲーム内のやりとりとはいえ、毎日のように顔を合わせてログアウト状態でもチャットを頻繁に交わしていれば、自然とこうなるものなのかもしれない。
もしかしたらリア友たちよりも、よほど俺のことを見抜かれているような気がしなくもない。
つか、仕事が忙しすぎて友人知人とも……つか、昼夜逆転生活のせいで一緒に暮らしているはずの家族とすら疎遠になっている現状を考えれば……たぶんその可能性のほうが高い。
どうしようもないこととはいえ、なんだか地味にへこむ。
まあ、社会人になったら、勤め先がブラックか否かにかかわらず学生時代と同じ濃さでの付き合いはまず不可能。
だから、俺だけが特別ってワケじゃない。
オケ部のグループチャットも見なくなった。
っていうか、東雲の推薦が決まった話でみんなが盛り上がっているのを見て以来通知をオフにした。
SNSっていうのは、知りたくもない情報までやたら運んでくるので取り扱い注意なシロモノだと思う。
人間つながれる数ってのには限りがあって、せいぜい村一つ分だとかなんとかって聞いたこともあるし。オーバーキャパっぽい感じがしなくもない。
とはいえ、もう避けては通れない存在になりつつあるしな。何せ国のトップですらいろいろ駄々漏らしているくらいだし。災害のときとかは超実力を発揮するものだとも思うし。
ってことで、たまにtwitterでリア充っぽい呟きを垂れ流して最低限生存報告くらい+仮想リア充アピールはしてる程度だ。
ちなみにほとんどフォロワーがいない裏アカでは匿名で愚痴を垂れ流していたりする。匿名だからなんでも言えるっていう気軽さはもろもろの捌け口としてはありがたいが、やってることはクズそのものだよな……とやっぱり後で死にたくなる。
一時しのぎには効くが、後で何倍にも膨れ上がってブーメランのように戻ってきて自分に突き刺さる負のループってヤツか……。
なんてことを思いながら、慌て気味にチャット欄に入力していく。
●リュウキ:アリアさん、なんか本当にこいつらがすみません。苦情とかあればいつでも受け付けるんで遠慮なく。
●アリア:んー、苦情はありませんけど、とりあえず、さんづけはなしで。アリアって呼んでください^^ できれば、丁寧語もなしで^^
●サンギータ:おk! アリア、コトサラに末永くよろしくネー\(^o^)/
●ヒロ:様づけは駄目ですかっ!?
●アリア:駄目です^^
●ヒロ:(´・ω・`)
●ハルル:まったく、節操ない犬わよっ!
●ヒロ:おぉおお……姫に犬呼ばわりとか! ご褒美すぐる!
●ハルル:キモすぎわよ……
まったく──本当にどうしようもないチャットに笑いを誘われる。
できれば、このままチャットに加わっていたいが……さすがにもうそろそろ限界だ。
そう思うや否や、
「奏ぇえええええええええええぇっ! てめえ、昨日今日と舐めてんのかぁああ! 戻ってくる時間、もう六分過ぎてるだろうがぁああ! おまえ仕事舐めんじゃねーぞ! 社会人舐めんじゃねーぞっ! 締め切りっつーのは厳守だっつーのっ!」
部長の怒号が階下から耳をつんざく。
「いえっさぁああああああ!」
腹から声を振り絞って応じると、ダッシュで残りの階段を駆け下りていく。
ちなみに、締め切りは相手には絶対に守らせて自分は基本的に破るっていうのが部長の信条だ。相手にはトコトン厳しく自分にはトコトン甘く。
ウンザリしながらも不思議と気持ちはさほど重くない。
罰金上等! サービス残業、徹夜上等! 頭の中には「マギアムジカ・オフライン」のボス戦で流れるアップテンポの激しい勇ましいBGMが流れ始めた。
ジーンズのポケットの中で引き続き振動しつづけるスマホを感じながら、つい顔が緩んでしまう。
憂鬱な仕事でも目の前に餌をぶらさげれば、少しは前向きに取り組める気がする。
人間もしょせんは動物なんだなあと、改めて思う。
※ ※ ※
この日を境に、俺にとってのリアルはゲームと逆転した。




