プロローグ+1章ー1:緊急ログイン要請
世界は不平等にできている。
完全平等な世界なんてありえない。
ずっとそう決めつけていた。
そうでもしなければ、このくだらない現実からログアウトしてしまいそうだったから──
きっと俺と同じように考えるやつらは多かったに違いない。
だから召喚してしまった。
望み願ったはずの世界に浸食されていく日々を──
※ ※ ※
間に合ってくれ!
あいつらが死んだら──いや、まあぶっちゃけただの自業自得だろうが……さすがに後味が悪い!
おんぼろビルの屋上まで駆け上がると、深呼吸をしてコンクリートの壁に背中を預け、ゴーグルタイプのウェアラブルモニターをかける。
スマホ画面を滑る指も大げさなほど震えてしまってなかなか思うように動かずもどかしい。
それでも、なんとかゲームアプリを起動。
データの読み込みを示す赤いダウンロードバーがせりあがっていくわずかな時間ですら惜しい。
ややあって、目の前に巨大な赤い宝石がゆっくりと回転するオープニング画面が現れ、「マギアムジカ・オフライン」というタイトルがでかでかと表示される。
オンラインゲームなのにオフラインっていう謎めいたゲームタイトルの下に、黄色の三角の中央に!という記号が配されたハザードシンボルと共に警告文が浮かび上がった。
⚠ 必ず安全が確保される場所でログインしてください ⚠
※規約を違反された場合、万が一プレイヤーが不利益を被ることがあったとしても、当社はいかなる責任も負いかねます。
万が一とか不利益とか……相も変わらずぶっそうな言葉に苦笑する。
築40年は経つだろう雑居ビルの屋上っていうのは……まあ、安全が確保される場所とはお世辞にも言えないわけで……。
少しうしろめたい思いに駆られもするが、今はそんなことを気にしている余裕はない。一刻も早くログインしないと──あいつらのことだから今頃あれこれ無茶をやらかして絶体絶命な状況に置かれているはず。
ゲームのチャットアプリを通して、いつもつるんでいる奴らから緊急ログイン要請が来たのはつい5分前のこと。
ちなみに真夜中の1時すぎ。俺が寝ているときだったら完全アウトだっただろうっていう……無茶ぶり。
しかも、かろうじて起きてはいるものの、仕事が超絶忙しいデスマーチ進行中というタイミングの悪さ。
まあ、考えてみれば、万が一とか不利益とか別にどうってことはないか──ブラック企業勤めに明け暮れるザ・社畜の日々が終わるってだけのことで。月々家に入れているわずかな金よりそこそこまとまった金額の保険金のほうがよっぽどいいんじゃないか?
そんな考えがちらりと頭をよぎり、あー、つくづく病んでいるよなーと他人事のように思う。
さすがにブラック企業勤めも3年目となるとあちこちガタが来ているようで、たまに我に返ってちょっとコレはヤバいかもなーと思うものの、すぐにそれが「あたりまえだ」って自分に言い聞かせて騙し騙し今日までやってきた。
とりあえず、まあ……さびだらけの金網は一応屋上をぐるりと囲っているし……きっとたぶんおそらく安全……10%くらいは安全っ!と、やっぱり自分を騙し騙し、「規約を遵守した上でプレイする」というアイコンをタップした。
ログインが完了するや否や視界が暗転する。
よれよれの擦り切れたTシャツ&ジーンズっていうド底辺装備が瞬く間に紺碧の鎧に包まれていき、顔立ちも3割増しのイケメンアバター装着完了! ちなみに背も当社比10センチは高い!
ゲームの世界くらいちょっとは盛ってもいいだろう。リアルとかけ離れたハリウッド俳優顔負けの超絶イケメンにしない辺りは、我ながらチキンだなーとは思うが……リアルでも写真加工アプリとかでもろもろ盛りまくりな奴らよりきっと罪は軽いはず。なんでまああんなにも他人の目を気にしてやたらに盛りたがるんだろうか? インスタ映え(笑)の世界とか、俺みたいな人種には縁遠いにも程がある。もはや、最近何がリアルで何が虚構か分かったもんじゃない。
再び世界が暗転──昨晩ログアウトした王都アデオンの市街地へとダイブする。
王都アデオンは「マギアムジカ・オフライン」の中で1、2を誇る大都会だ。周囲は城壁に囲まれていて、遠目からは石造りの堅牢な要塞のようにも見える。実際、大型ギルド同士が覇権を競い合う攻城戦では要塞としての役割も果たしていて、攻めづらい城ナンバー1という話も耳にする。
いわゆる中世のヨーロッパの街並みに加えて、あちこちに魔宝石っていうこの世界における動力源──魔法の力が込められた宝石のようなもの──を埋め込んだ特殊な装飾が施されていて実にファンタジー厨心をくすぐられまくる造りの魅惑の魔法都市だ。
が、広大な町の隅々まで一瞬でテレポートできる敷石なんかが随所に敷かれていたり、魔法を駆使したド派手なショーだとかがあちこちの立派な劇場でひっきりなしに行われていたり、超巨大なカジノがあったりと金持ちにとっての娯楽にはことかかない……あまりにも便利すぎて人間を駄目にしかねない危険な都市でもある。ぶっちゃけ駄目になっているプレイヤーもチラホラ目にする。
ぶっちゃけ俺みたいな非リアにとってはアウェイすぎる場所で、リアルで言うならいわゆる渋谷か原宿か六本木ってところか……。非リアにはもっとも縁遠い場所と言っても過言ではない。
でも、やっぱりリアルもそうだが、大都会には有益な情報やクエスト、武器、装備、アイテムなんかがこれでもかっていうほど集まるので、アデオンにはどうしても通わざるを得ない。
そんなアデオンの市街地には巨大な市場があり、常に多くのNPC及びプレイヤーでごった返していて、たちまち人混みの熱気と喧噪に呑みこまれる。
おんぼろビルの屋上から異世界ファンタジー内の大都会へとダイブは、そのあまりもの落差のせいで眩暈がする。
「ねえねえ、そこのかっこいー鎧のお兄さーん! 回復POT安くしとくよー! 今ならおまけにハゼもつけちゃうよっ! できたてとれたてピッチピチだよ! えへ、まるであたしみたい☆ おいしく食べちゃってー!」
ロリ族の商人ロロにさっそくあざとく絡まれてしまった。
いや、見た目は幼女な種族なので俺はかってにこう呼んでいるだけで、正式名称はロリアン族だったか──
低い位置でくるんと結んだツインテールにメイド服っつーやっぱりあざとい恰好をした美少女NPCで、一部のコアなプレイヤーに絶大な人気を誇る。
だが、その性分は腹黒で……POTが安いのはうれしいが、よくよくみれば0を1つ足したぼったくり価格だし、そもそも謎のオマケはいらない。くさいしくさるし調理しなくちゃ食えないし……つか、それって単に売れ残りを押し付けようとしてるだけだろ?
とまあ、この世界じゃ、NPCもガチでプレイヤーを騙しにかかるから気が抜けない。こんな無茶苦茶なゲームあっていいのかっていう……。噂じゃ、どこまでもリアルに似せようとした結果のキャラメイキングらしいが──
だからといって、付き合い次第じゃレアな情報をくれたりもするので、無碍にするわけにもいかず……無駄にリアルなコミュ力を要求される謎仕様。昨今のチュートリアルバリバリの丁寧な造りこみのMMOじゃまず考えられない。
まあ、だからこそハマったっていうのもある。
ワケが分からないカオスな世界のほうが、整いすぎた無難すぎる世界よりも刺激に満ちていて面白い。
「悪いな、今急いでるんで! また今度な!」
丁重?にロロの押し売りを断ると、宙に手持ちアイテムの一覧ウィンドウを開いて、ワープスクロールを選択──座標登録済みの「スカイドラゴの巣」を表示。迷わず飛ぶ。
同時に仲間からPT依頼がとんできて受諾する。
刹那、市場の喧噪がみるみるうちに遠のいていき、暗い洞窟へと飛んだ。