急襲
「警備はザルだったな」
「数人なら気付かれずに突破出来ただろうよ」
「じゃあそうすりゃいいじゃねえか」
「それだとダンジョンボスが突破できないんだよ。万全を期す為にこの編成だ」
「無駄口叩いてんな。行くぞ」
魔導士が速度上昇の魔法を全員に掛ける。彼らはダンジョンへと突入した。残されたのは倒れた兵士と、投げ捨てられたポーションの瓶だけ。
侵入者は破竹の勢いで5階層を突破した。僕らはそれをじっと見ている。
「敵は十四人か。サビハ、君の意見を聞きたい」
(彼ら入口にバリケード張ってるんで先ずその撤去ですね。相手の狙いはダンジョン攻略でいいと思います。Bランク上位からAランク下位を揃えられるだけ揃えたって感じです。ドラゴンスレイヤーっぽいのが居るんで、完璧にダンジョンボス対策してます。そしてダンジョンボスはいません。これはつみですね、外部に救援を要請しましょう。バリケード壊して、魔物を外に解き放つ。そしたら異常事態だと伝わるんじゃないでしょうか)
「来るのか? というか、間に合うのか?」
(さあ? しかしやれることはやっておきましょう。ああ、勿論私をボスにしてくれても構わないですよ。その時は全員薙ぎ倒します)
「それにはまだ早い」
『20~40層の環境設定を雨に変更します』
『20~40層の空調を変化させます』
『DPを生成してグリムリーパー×5を生成します』
(覚悟はお早めにどうぞ)
「煽っているのか? なあ」
知るか。
「僕は罠師なんだよ」
30階層。
「なんかー、20階層に入ってから急に雨が降ったけどこれ何時止むの?」
「風も吹いてるな。……いや、魔法で軽減してるけど」
「おい、来たぞ」
観測要員がグリムリーパー一体を感知。即座に情報伝達、雨風に紛れてこちらを襲うグリムリーパーを危なげなく処理。
「これで三体目だっけ?」
「この辺の雑魚とはレベルが違うから、ちょっと注意しないと」
「にしても、多少時間は稼がれてるよね」
「許容範囲だ。王国の連中が何時来るかは知らないが、奴らもこの罠で手間取る筈だからイーブン、気にすることはない。なるだけ消耗しないよう注意して行くぞ」
「サウンドバードがダンジョンから出て来た?」
「はい、騒音だけで被害はありませんが……」
「勇者は何時ダンジョンへ?」
「へぇ? あ、急いで調べてきます」
アネモネはあまり仕事をしない性質だが、実働部隊としては影で一番の実力を誇る。国家の裏側に関わっている分、情報が流れてくるのも早いが、大抵は睡眠を妨害するノイズとして切り捨てられる。やるのは気になった仕事だけ。しかしダンジョンの案件は無視できないものだった。
「大変です、兵士が何者かに」
「あそこは記録が目的であって、練度もそこまでじゃ……」
「私が行く」
「「アネモネ様?」」
「独りで十分、付いてこないで」
サウンドバードしか出てこなかったから軽視されているが、本来ダンジョンから魔物が出てくるというのは異常事態だ。ということは彼のメッセージ、何かが起きている。
「幻影……バリケード」
いざ到着してみれば入口が封鎖されている。サウンドバードしか出てこなかったのは、サウンドバードしか脱出できなかったのか? 幻影を見破ることは容易いが、バリケードに時間を食う。その時爆音がしたので耳を傾けると、内側からバリケードが破壊されていた。こちら側からも攻撃を加えて崩壊するバリケード。内側から破壊していたのはボマーだった。サブマスターのアネモネの姿を見ると一列に並んで道を譲る。その先には落とし穴が在った。飛び込む。アネモネはイヤリングを取り出した。ダンジョン内でなら繋がる。
「状況は?」
「B~Aランク級の人間が14人。内訳レンジャー二人、剣士一人、ローグ二人、ヒーラー二人、魔導士三人、重騎士二人、戦士二人。現在38階層に居る」
と、そこで。落ち続けていたアネモネだが30階層で穴が無くなり着地する。
「落とし穴は?」
「悪い。来るかもどうか分からないのに時間、労力を割けなかった。40階層から罠を張ってる。分断して潰していくつもりだ」
「どうやって?」
「この後に及んで魔導士を潰しても効果が薄いから、そちらを狙うと見せかけてヒーラーを狙う」
「助言。それすらも囮にしてローグを狙うこと」
「……分かった」
雨風をサブマスター権限で解除し追い風にして、アネモネは30階層を駆け抜けていった。
40階層。
「霧?」
「ミスト、アンデッドね。浄化しないと」
魔導士が浄化してアンデッドを駆除するが視界は晴れない。
「普通に霧も混ざってるね。敵は明らかに視界を奪いに来てるから」
「私の出番ですね。タイフーンっと」
「霧は晴れたな。だが、暗い」
「ライトくらい自分で発動してくださいよ。こっちはさっきから魔力使いっぱなしで」
「だそうだ」
一人一人魔法を使用し明るくすると、周囲は罠だらけだった。虎鋏、地雷、落とし穴……解除役のローグがぼやく。
「これケッコー大変ですよ? 時間も」
「危険なものだけ解除してくれ。あとは無理やり突破する」
「そんな無茶な」
取りあえず一番邪魔なワイヤーを切ろうとして、身体に電流が走る。誰かがワイヤー伝いに……!?
「来るぞ!」
魔物が雪崩のように現れ出る。津波、罠を気にせずに突入して来る魔物は仕掛けてあった大量の罠を発動させ、此方を巻き込む。
「分断は?」
「一つはその場に留まった四人。一つは自ら落ちていった七人。一つは罠にかかった二人」
「了解、先ずは……」
罠・魔物を凌いでその場に留まったローグ、重騎士、ヒーラー、魔導士。
「どうします?」
「多くが落ちたなら、少数は合流を目指すべきだ。当然、下へ」
「んじゃ即席で。ローグ前、次が重騎士、ヒーラー挟んで後ろを魔導士さんが警戒って感じですかね?」
「それが妥当」
「明かり必要ですか?」
「ノー。暗視あるんで、この暗闇でも無問題ですよ」
「なら代わりにオートヒールを付与して」
「ありがとうございます」
という訳でローグを前にして進む。途中幾つかのトラップを解体し、小部屋の手前まで着く。
「これ抜けたらたぶん41層ですよ。ただ、もうすぐのところに小部屋があるっていうのは」
「罠ですか?」
「罠です、間違いなく。覚悟してください、では開けます」
眩い。部屋は光で埋め尽くされていた、視界を奪う。特に、暗視できるような目には効く。50層から移動した機銃が火を噴いた。重騎士がその役目を果たさんとして悩むことなく前へ出るが、予想されていたこと。落とし穴。気付かれないようにという配慮なのか、小さかった。故に穴の大きさも小さく、溝のようなもの。そこに光の精霊が殺到する。重騎士は光に溺れた。
「私のサンクチュアリも光相手では」
「っつ、エンチャントダーク! ほら!」
「サンチュクアリサークル!」
ヒーラーといっても、単に癒すことが出来る人というだけであり、それだけとは限らない。それだけでやっていけるような冒険者は稀だ。つまり防御魔法というのは習得していてもそう不思議なことではない。この二人はそれなりに賢かった。部屋の光の要因は単純に照明、魔鏡が光を増幅、そして光の精霊で部屋が埋め尽くされていることにあった。それらへの対抗手段としては、そう間違ってはいない。
後ろに死神が迫っていなければ。
「四名始末した」
「ありがとう」
僕はアネモネとの通信を一旦終える。
(しかし光の部屋っていいですね)
「君をどうやって倒そうかと考えていた時に思いついた」
(アンデッドからの連想ですか。これのいいのは、存外ローコスト且つどこでも使いまわせるってことにあります。使いまわすのはあんまり褒められたことじゃないんですけどね)
41階層に落ちたのはレンジャー二人、ローグ、ヒーラー、魔導士二人、重騎士、戦士の七人。先程までレンジャーがリーダーとなって集団を率いていたので、当然レンジャーが前に出て探索を続ける。41階層にも罠は在ったが、大したことはなかったので42階層へ。その調子で42、43、44階層を突破していく。
そして45階層。
「雰囲気が違う」
今までは基本暗闇でその中にワイヤーがあったりトラバサミがあったりと、時間稼ぎに特化していたが命を奪うようなものはなかった。45階層は暗くない、薄明るい。明るければワイヤーの効果はないだろうから、別の何かになるだろう。それはさっきより危険な物であるはずだ。
冒険者は警戒を怠らない、当たり前だ。ダンジョンで気を休めるようならば死ぬ。だからといって、ありもしない罠を警戒することなど出来ない。
「落とし穴!?」
「規模縮小、高速展開、複数設置、落とし穴」
ダンジョンマスターの出来ること、ダンジョン内での転移。攻略された階層をどうこうすることは出来ないが、此処で作った罠を未攻略の階層に送ることは出来る。その際タイムラグが発生し、遠いほど大きくなる。51階層から45階層だと大体数秒~数十秒? 落したところで46階層へのショートカットを提供するだけだが、その46階層には毒の池を用意してある。ダンジョンボスを殺した毒を濃縮した物だから人間は殺せるはず。
(二人、ですね。まだ五人居ますが)
「三人掛かったが……一人は落とし穴に掛かってから脱出した。サビハ、アンデッドの作成は?」
(もう少し、時間を。……降伏勧告でもやりませんか?)
「え……」
(相手方はケイヴドラゴンを想定してきたと思うんですけど、この面子じゃ倒せるかどうか怪しいと思っているはずなんで)
突然流れる破滅的なメロディーに足を止める。
「止まらないで!」
ああ、そうだ。今はフライの呪文で全員が飛行している。落とし穴対策だ。かなり魔力を喰うらしいので、急がなければならない。一か所に集っていると危ないので、散開して。
(えー、えー。聞こえますか? こちらダンジョンマスターです。応答を願います)
「……要件は」
(諦めて帰ったらどうですか? それだけじゃダンジョンボスに勝てないでしょ、他は処理しましたよ)
「大人しく帰してくれるというのか? 笑わせるな。第一、それならそれでこんなことをする必要はない。ダンジョンボス、本当に居るのか? ダンジョンのパターンが違いすぎる。もうすぐ最深部だというのに、帰る訳にはいかんよ」
(成程、ならば50階層まで来てください。我々はその間手出ししないので、そちらもダンジョン内を荒らさないでください)
「いいだろう」
奇妙な停戦が成り立つ。その後も幾つかやり取りは続いたけど要するに小競り合いは止めましょうということだった。お互いに消耗戦だったらしい。驚くことに、ダンジョンの魔物は道を開け罠も全部撤去されていたから、手早く50階層まで到達出来た。
『Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate'.』
変な門を潜り抜けたその先、待ち受けているのは一人の騎士と竜。
「ようこそ。此処を越えたければ私と、ケイヴドラゴンスケルトンを倒してからにしてほしいですね」
その身は邪気に包まれた骨。教えられていたケイヴドラゴンの姿とまるで違う。寄り添う騎士の首がポトリと落ちる。それを何でもない事のように、騎士は頭を拾いなおして首の上に置く。
「ああ、失敬。私首無しなもので。帰る気になりましたか?」
「少し時間をくれ」
「いいでしょう」
この期に及んであんなパフォーマンスに呑まれる人はいないだろうけど、めんどくさそうな相手というのはビシビシ伝わってくる。
相談してみるけど内容は当然ケイヴドラゴンのスケルトンと、黒騎士の倒し方だ。
「魔法使いが徹底的に削られてるから厳しい」
少なくとも今ケイヴドラゴンはアンデッドなのだからそれ用の魔法、特効を使えば楽になるはずですが、それを使える魔導士だったりヒーラーだったりは疲れ果てています。
「会談、終わりましたか? 貴方達を始末するために王国の追っ手が来ていますよ? だからこそ急がなければならないと思いますが、我々は王国と話を付けることが出来るんで」
それはびっくりと軽くお道化てみせながらリーダーであるレンジャーさんを見ると、渋い顔をしている。サインは時間稼ぎをしろ。私達ってこれまで急ぎ急ぎで来たのにここで待ち? リーダーは一体何を待っているのだろう?
君、時というものは、 それぞれの人間によって、 それぞれの速さで走るものなのだよ。ウィリアム・シェイクスピア