スライム
僕が住んでいるダンジョンはオーソドックスが過ぎる。特に変な仕掛けもなく、順当にレベルアップしていけばいつかはクリア出来てもおかしくない、普通のダンジョン。まるで攻略されるためにあるかのようだ。しかしそれでは僕が困る。
(いーですか? DPでクロウウィッチとレイヴンウィッチが呼び出せるわけですが。当然レイヴンウィッチはクロウウィッチの上位種ですね? で、クロウウィッチはレベルアップすることによってレイヴンウィッチになれます。この経験値を魔物配合で稼ぐことも出来ますが、非効率ですね)
「じゃあレイヴンウィッチを呼び出す……じゃ駄目なんだろ? 思いつかないが」
(多少は賢いけどやっぱ駄目ですね。答えは勿論クロウウィッチを呼び出すですよ。やはり非効率なのは否めませんが、今後を見据えるなら答えは一つ。蟲毒ですよ。それを容易く行える環境にありますからね)
確かに、蟲毒というのは納得できる提案だった。行うにはそれ専用の階層が望ましいので、結局53階層を作った。流石にDPが減ってきたが致し方ない。DP的に一番安いスライムを53階層に詰め込んだ。
(薬草を設置するといいでしょう。そしたら奪い合いになる、知恵の働きどころです。単に戦うだけじゃ消耗して死にますから)
ダンジョンマスターの力で薬草を設置。一定時間で復活する。
(更に一定の周期で別の魔物を投入してバランスを掻き乱すとなおいいでしょう)
「全て導入するが……経験でもあるのか?」
(まっさかぁ。人間世界をベースにちょっと考えてみただけですよ)
おいらはスライム、名前はまだない。生まれてからは闘争の日々さ、最初はどいつもこいつも敵だった。
「スラ!」
「スララ!」
ただ今いる隣のスライムは味方さ。薬草が欲しいなって思ってたら急に声を掛けられたんだ。協力して薬草を採りに行かないか? そんなに数はないが、かといって一人で使い切るほどでもない。複数人で守りあうってのは、納得だね。お蔭でそれなりに強くなって、ひよっこスライムなら余裕で倒せる。といっても、奴らは倒しても倒しても湧いてくるんだけどな。
「スララ?」
「スラ」
「スラ!!」
そんな風に油断してたからだろうか、前の奴が食われた。突然の敵、スライムじゃない。思わず我らが大隊長の指示を仰ごうとすれば、既に逃げていた。見捨てられた? そんなことを思う間も無く、喰われる。
「スラララ!」
「「「ラ!」」」
「スラ!」
「「「ラ!」」」
「スララ?」
「「「ラララ!!」」」
僕は逃げてばかりの臆病スライムだった。でも、今は逃げたくない。彼女が前に立っている。声を張り上げて、団結を誓い、あの化け物を倒さんとしている。僕もその中に入りたい。彼女は一度逃げた。あの化け物に襲われたのだ。彼女は死を覚悟したが、仲間が彼女を庇って逃がし、今ここに居る。
「スラ! スラ!! スラ!!!」
「「「「ラ!!!!」」」」
俺の隣にはあいつが居る。
「スララ――」
俺と同じく古参の一匹だ。ひょっとしたら、この中で一番長生きかもしれない。ちゃっかり安全なポジションで指示を出しているんだから、笑えるぜ。もっとも、俺もあいつの護衛というポジションに収まっているんだから、あまり文句は言えないが。
「イイイ? ムームームー」
「ムーイ! ムーイ!」
「スラ!?」
あっ、やべ。あいつが指示を出していることに気付いたのか、こっちに来た。逃げようにもなー。多分俺だけ逃げるのなら出来るが、あいつを見捨てることになる。それは色々と困るんだ。だから渋々ながらも命張って止めようとしたが、驚いたことにあいつ自ら戦いに行った。オイ、マジか。ちょっと見くびってたぜ。しかも何か凍結させてるし。
「凍結?」
(あー、そうそう。蟲毒のいいところはですね、こういうユニーク個体が自然発生してくれるところなんですよ。普通に呼び出してもこういうスキルはたまに持ってたりしますが、蟲毒やってると勝手に発現したりするもんですからね。基本的にユニーク個体って知能が高いんで直ぐ判る。あとはそいつだけ引き抜いてポイですよ、残りのスライムは餌にでもしましょう。そんでもって次の蟲毒)
「・・・・・」
(私? 言うまでもなくユニークですよ? いわばいきなりガチャで大当たり引き当てるようなもんですからね。シークレットレアですよ、天運の相でも持っているのかと尊敬しちゃう。もし何百回目で私が呼び出されてナンバー315、316と同じように扱われたら、そりゃもう反乱ですよ。革命するのみ。ということはですね、私と貴方様親愛なる硯現支配人が出会ったのは正しく偶然でしょう。運命論者は死ね)
ダンジョンは国の管轄ではあるが、だからといって冒険者が入れない訳ではない。チェックも意外と緩い。国が占有しておくには勿体ないくらい広くて素敵な場所なので、時には進入禁止にして勇者を入れたりするけれど、普段は冒険者も入る。僕は10階層で戦う冒険者を何気なく見ている。
「あれはどのくらいの強さなんだ?」
(冒険者ランクで言えばDからCじゃない? 気にするだけ無駄だと思うよ。Sランクが来たらほぼ打つ手なしだし。Aランク数人でも危ういし、国が本気出せばその程度は動員可能。だから今のうちにひっそりと少数精鋭作っておくのが無難。そしたら最悪、逃げ出せるでしょ。ダンジョンボスを決めてないのもそういう理由なんでしょ?)
「ああ。相応しいのが居ないというのもそうだけど……ダンジョンボスにすれば強くなる代わりにそのダンジョンから離れられなくなる。君は、ユニークなんだろ?」
(中々嬉しいこと言ってくれるじゃないですか。宜しい。サビハは貴方に誓いましょう。主の食物で無断で掠め取りません。主を意図的に嵌めようとはあまりしません。主の名誉に恥じぬよう努力はします)
一応、サビハは僕を嫌ってはいない、らしい。本当かどうかなんて知らないが、サビハから悪意を感じたことはない。僕に尽くそうとしている。ただ、それを迷っているような、そういう微妙な感情の揺らぎはあると思うのだが全く分からない。僕としては信用すると決めている。
(それじゃあご説明を。ユニーク個体が少し強いというのは話しましたが、もう一つ通常よりも少し強い個体が居ますね)
「名付き?」
(Yes,sir.ユニークとネームドどちらが強いかと言われれば、恐らくはユニークの方が強いとは思いますが断言は出来ません。ユニークって場合によっては通常種よりも弱いし、ネームドは単純強化なので。一つ言えるのはですね、ユニークをネームドにしたら最強ってことですよ)
一般では区別なく語られる場合も多いらしいがダンジョン学的にユニークとネームドは別物。ユニークが亜種で、ネームドがダンジョンマスターなどによる命名された特別な魔物。コストは掛かるが、魔物に名前を与えると強くなる。今は地獄を生き抜いたユニークの中のユニークであるスライムの名前を考えていた。
「サビハは直ぐ浮かんだが」
(連れてきましょうか? 実物を見た方がインスピレーションが湧くでしょうし、念のため威圧を掛けた状態で)
「ああ、頼む」
最初のユニークであったスライムは死んだ。その次は火を扱っていたと思うがこれも死んだ。何回かユニークが産まれては死んでを繰り返したが、そのうちそれなりの能力を持つユニークが産まれたのでこれを採用、蟲毒を打ち切った。でないとDP消費が止まらないからだ。
「入れ」
サビハが連れて来たスライムは虹色、僕は即決する。
「”ルフレ”だ」
(かしこまりました、オーナー。貴方の名前はルフレです)
抗議なのか、ルフレは僕目掛けて飛ぶ。それをサビハが叩き落とした。そびえたつ漆黒の鎧。頭から足までくろ……頭?
「従え」
威圧。僕がアネモネに浴びせられた殺気よりも遥か上のもの。それが先ほど生存競争を生き抜いたスライムへの洗礼だ。途端に、大人しくなる。
「えー。こちらにいらっしゃるのは我が主、第六天魔王硯拓様。名を与えられたことに対して懺悔しろ。お前は幾千の命を犠牲にしてここに居る、屍の上に立つ悪魔だ。懺悔せよ。命を奪うしか能のないその血塗れた身体、主に捧げよ。汝罪の具現なり原罪の象徴なりて、懺悔するか? 否、否、否! 既に汝は聖域に居る、主の住まいだ。主が一度救えと言えば汝は聖獣となり、主が一度殺せと言えば汝は凶獣となる。既に白も黒も一緒に染められている。やること為すことは一つだけ、主の意のままに。……こんなもので宜しいですか?」
「……ああ。そういや君、ドュラハンだったよね? 喋ってる?」
「ああ、これですか?」
サビハは頭を外した。カチャカチャと鎧を解体して出てくるのは男の顔。
(ヨハン君ですね。知ってるとは思いますがワーワー煩い盾です。折角なので顔だけ取って頭を製作したんですよ。魔力を喰うので平時はやりませんが、こういうのは最初が肝心なので)
それを何所から調達したのかは訊くだけ無駄だろう。それより、ルフレだ。
「鑑定」
ルフレLV41 『属性変化』【再生36】【分裂18】【弾性強化6】【魔力吸収8】【魔力回収44】【情報処理10】【火魔法14】【水魔法12】【雷魔法7】【風魔法9】【土魔法4】【光魔法14】【闇魔法9】
(マナスライムの変種でしたっけ。鍛えれば強くなると思いますよ。護衛というより戦略級魔導士とかきっとそんなの)
「プランは?」
(魔法のイロハを叩き込んで独自魔法を確立させ、スライムということで柔術も入れときます。先ずはこの無駄に多い魔法スキルを一本化する必要があると思うんで。任せてください)
「それはいいが。魔法が使えるのか? 君のステータスを僕は見ていない」
(乙女の秘密を覗こうとする輩はけしからんですね。一応、戦士タイプですよ? 私は。気にしないでください)
という訳で暫くサビハはルフレを鍛えることになった。僕はその間暇だから一人罠を使い続けてスキルレベル上げ。魔力が足りなくなったら調息を行う。基本ダンジョンというのは潜れば潜るほど魔素(大気中の魔力の総称)が濃くなるので、魔力回復も早い。1階層で行うのと50階層で行うのでは約十倍違う。偶に濃すぎてアレルギーが出るようなパターンもあるらしいが、幸い僕にそういった傾向は無い。
僕が束の間の休息に僅かながらも安堵していた頃だった。
(大統領、侵入者です)
「情報」
(推定Aランクの冒険者が十数人! 攻略目的だと思われます!)
少し楽しそうなサビハを見て、僕は事態の深刻さを把握した。
笑いとはすなわち反抗精神である。
しばしば、とんでもない悲劇がかえって笑いの精神を刺激してくれる。チャップリン