深淵
僕がクラスというコミュニティから出て一番困るのはクラスメイトの誰か、ではない。僕らを召喚した王国側にとっては、そんな勝手に諍い程度で出ていかれたら困るだろう。だから僕は呼び戻されるのだろうか? おそらく否、異世界人という勇者様はそんなべらぼうに強い存在ではない。数十名呼び出せたから、価値ある存在として確立される。一人くらい失っても大したことではないが、どうせならその一人を有効活用したいと思うのが人情だろう。それで、王国の雰囲気を探っていたのだが、どうも王様は過激らしい。その一つが勇者召喚という政策であるとか何とか。核も辞さない的な、ここは異世界だからそんなどうでもいいこと気にしたって仕方がないが。とにかく言いたいのは、僕は殺されるんじゃないかということ。東京に爆弾を落として危機感を煽るような感じで。
ダンジョンに潜るしかない。
硯拓LV1 『侵蝕』【罠作成5】【複数設置2】【設置高速化1】【罠破壊1】【鑑定2】【受け流し1】【治癒活性化2】
僕のレベルは1だ。強くなれると、信じている。当然弱いから死ぬ可能性も在り、僕としては一人で奥に行って死んだことにしたい。それで見逃してくれればいいのだが。
「『侵蝕』」
僕の固有スキル侵蝕、その使い方。僕はさっきダンジョンに落とし穴を開けたが、本来そんなことは出来ない。他の罠は設置することが可能だとしても、そんなダンジョンに孔を開けるような罠が認められるはずがないからだ。もしそんなことが可能だとしたら、落とし穴を使っていくだけでダンジョンの深層に潜ることが出来る。僕はそれが出来るのだからチートと言ってもいいかもしれない。
が、僕はレベル1だ。降りたところで、というか降りれない。最悪落下死する。だから僕は先にレベルアップする必要が有った。その為の手段は既に考えている。
「(中れ……!)」
覗き込むのは一回下の階層、コスト少な目規模も小さめの落とし穴を製作した。石を幾つか持参している。僕の力なんてたかが知れてるにしても、重力は馬鹿に出来ない。魔物であろうと、上から落として巧く命中させれば、倒せるはずだ。中々倒せなくて焦ったが、何とかレベルアップを果たす。
「レベル3……」
レベルアップはステータスの上昇をもたらす。成程確かに身体が軽くなったような気はするが、気のせいだろう。一番大事なのは魔力量の上昇だ。罠を作成するには魔力が要る、有ればあるほど助かるのでレベルアップは急務だ。
「ん」
一階層の魔物が罠に掛かった。僕は安全の為に周囲に罠を張っているので、その安全を守るための罠が消費されたのが嬉しいか悲しいか判断に困る。引っ掛かったのはトラバサミの罠、魔物は兎。警戒しながらもナイフで刺殺して罠を補充しようとすると、新たに罠を作成することが可能になっていた。それを見て、僕は二階層に降りることを決意する。
・魔力によって罠は製作される、時間はそう掛からない。
・一定時間で消滅、また使用された場合も同じく消滅。
・規模を弄ったりすることも出来るがコストに見合わない。
・破壊することも出来る、また作成者でも罠は平等に牙をむく。
・現在作ることが出来るのはトラバサミ、落とし穴、地雷。作るときに使用する魔力は落とし穴>地雷>トラバサミ
新たに製作出来たのは地雷だった。コストはそれなりだが優秀なダメージソース、僕は二階層を地雷原にすることを決意した。設置したら即座撤退、一階層にてコストの少ないトラバサミを設置しつつも魔力の回復を待つ。掛かった魔物兎を手早く処理する方法を考えながら、何階層までこのナイフが使い物になるかという疑問を持つ。そういうことを、何度も繰り返して、レベルアップだ。
おうさまはリアリストでした、マキャベリズムという考え方は世界を隔てたところで消えないのです。ゆうしゃなんて存在に期待はしていませんでした。あくまで、権威のためにやったのです。いつ暴発するか分からない人間を抑止力にするだなんて王様失格! そんなこと言ったって妥協に次ぐ妥協で軍を維持したり、まあ大変です。
「勇者の一人が逃げ出しました」
「何だと? 職業は」
「罠師です。スキルは不明ですが……」
「続けろ」
「男で、身体能力には秀でていないが知恵はそれなり。周ただ囲から孤立していて嫌がらせに遭っていたようです」
「……成程。そいつは今何処にいる?」
「ダンジョンに潜った模様です」
「殺せ。そんでもってあの餓鬼どもの危機感を煽って、こちらの命令に従うようにさせろ。何ならもう二、三人要らない奴を殺してもいい」
「……はっ」
おうさまは忙しいからあんまり一つのことに構ってはいられないのです。さあ仕事仕事!
硯拓LV11 『侵蝕』【罠作成10】【罠複数設置7】【罠設置高速化3】【罠威力上昇1】【罠破壊1】【短剣術2】【鑑定3】【受け流し1】【調息1】【治癒活性化2】
現在3階層、潜ってから確実に数時間は経った。辛いが戻れないし、罠を使っていて大部分は設置、それから待ち時間なのだからあまり疲労はしていない、と思う。自分のことなんて自分に分かるわけがないのだが、ともかく自分は大丈夫だ。本来ならここで大々的な休憩を挟みたいが、そんなことダンジョン内では命取りだろうし、何より僕は先ほどから焦燥感に追われている。何故だか冷や汗が止まらない。
「――あ――?」
何かが腕に刺さった。針だ、急激に身体が痺れていう事を聞かなくなっていく。咄嗟に駆け、落とし穴に飛び込む。
「しっかりしろしっかりしろ意識を保て」
僕は受身も取れずに落ちながらも、次の落とし穴を作成、五階層へ飛び込む。逃げないと、殺される。囲まれて襲われたときもこんな気持ちにはならなかった。あれは、ひょっとしたら死んでしまうという感覚、今は今すぐにでも死にかねないという確信。当てもなく僕は階層を下っていく。六、七、八、九、十……
十三階層で躓く。魔力不足だった。
「はー、はー、はー、はー……」
魔力の不足は身体に悪影響を及ぼす。僕は精一杯調息を行いながら、敵が一秒でも遅く来ることを祈った。因みに祈りというのは基本無力な行為である、だからこそ美しいと僕は思っているけれどいざ実際祈ってみると、それは甚だ悪趣味な観察だと思った。敵は既に僕の目の前に居た。
「諦めろ」
少女。全身黒、手にはナイフでフードを被って顔を隠している。如何にも暗殺者。それでも手心なのか、僕が少ない魔力を掻き集めて作ったトラバサミに敢えて踏み込み、効かないことを証明してみせた。麻痺、それから魔力の欠乏で倒れようとする身体、絶望感だけが今の僕を支えていた。
「はー、はー……見逃しては、くれないか」
「見逃す?」
心底不思議なことを聞いたという感じで、敵は首を傾げた。だからといって、打ちのめされたりはしない。そんな余計なことは考えたくもない。
「この期に及んで、見苦しいか? はー。僕には利用価値がある、見たろ? 僕が穴を開けて逃げるの。僕はダンジョンに孔を開けることが出来る。僕は裏切らないし、恩には報いる」
「貴方を殺すのが仕事」
「…………殺さなくても、いいだろ。多分貴女は王様の手のものだ、大穴で王女。筋書きはこうだ、愚かにも王国の言うことを聞かずにダンジョンへ一人潜った僕が惨殺され、僕の知り合いは団結を強化しようと意識を高め、王国とのかかわりを深める。悪くないが、僕は死にたくない。僕は、そんなことの為に死ねるほど、自らの価値が低いとは、今は、思いたくないんだ」
「なら、人を殺せる? 怯えているけど人殺しの目もしてる。もう少し殺意は隠した方がいいけど、確かにあの勇者たちよりは良さそう」
「僕は助かるためならクラスメイトだろうが貴女だろうが自分だろうが殺してみせる」
「うん」
敵の姿がぶれたかと思えば、腹に強烈な殴打。首に針を撃ちこまれて、意識を失う。
「起きろ」
冷や水をぶっ掛けられたのか、覚醒する僕。何処かの部屋だ。言われるがままにナイフを持つ。枷が付いて貧乏そうな人々――奴隷が居た。
「殺せ、お前の身代わりだ。出来ないなら、お前が死ぬ」
女はそう言った。奴隷は数人居て、その中に僕と似た人物一人、目の前に。拘束されている。僕の手には凶器があった。殺せということか。僕に殺せと言うのか。
いいよ、やってやる。
「うがあっ! ヤメロ、止めてくれ!」
何の感情移入もなく、単に必要な行為として、遣ればいい。これ以上何か忘れずに生きていくのは、辛いから。
グサリ。スパッ、スパッ、ブスブス。
あ、でも一応の感謝をしておこう。
「ご馳走様でした」
「・・・・・」
ところで僕はこれからどうすれば?
「行くぞ」
暫くして、僕は再びダンジョンへ赴くことになった。僕の存在価値の証明を早速行わなければならないらしい。
「魔力が」
「ポーションだ、足りなくなったら言え」
勿論、ポーションでの回復にも限度があって身体にも悪いので、調息での自然回復を挟みつつも二人分の大きさを持つ落とし穴を製作していく。途中で女に手伝ってもらい、レベリングもした。
硯拓LV20 『侵蝕』【罠作成14】【罠複数設置7】【罠設置高速化7】【罠威力上昇3】【罠破壊1】【短剣術5】【鑑定4】【受け流し1】【集中3】【調息4】【治癒活性化2】【魔力吸収1】
「遅い」
「侵蝕に時間が掛かってる。出来ない訳じゃない」
「おい、魔物だ。中断しろ」
20階層で詰まる。僕の落とし穴はダンジョンを侵蝕して干渉可能にすることで設置できるのだが、深く潜れば潜るにつれて侵蝕の難易度が上がり、敵も手ごわくなってそう簡単に設置できない。何度かそういう妨害をはねのけて下へ行ったのだが、試行錯誤の末遂に解決策を思いつく。階段でやればよかった。
「開けた」
僕が軽く伝えると女が僕を軽く持って抱きかかえ、落とし穴へ突入する。50階層では罠を維持することさえ困難だった。このままでは穴さえ開けられなくなるんじゃないかと思いつつも51階層に入ったその時、銃撃が僕らに襲い掛かって来た。
「大人しくして」
女は僕を持ちながら同時に武器を持って走り込む。51階層を駆け抜けるのだが、中身は異様、真っ白な部屋。何もない場所にポツンと銃器が置かれて、まるでさっき置いたばかりというような……?
その中で、一際異彩を放つものが在った。赤玉、生きているかのよう、まるで心臓みたいな、恐らくはダンジョンコア。あれを破壊したらこのダンジョンは終焉を迎える。
「時間を稼ぐ、その間に侵蝕してあれの動きを止めなさい」
「分かった」
僕は集中する。先ず女が針を数本投げて、動きを弱めた。僕は女の腕から解放されてコアの傍まで走る。ストーブなんかとは比べ物にならない熱量をコアは持っていた。これを使えと女が何かのポーションを投げて来たので迷わず従い飲むと、身体が急速に冷凍されていくのを感じた。
「『侵蝕』」
僕は女から貰ったミスリルか何かのナイフでコアを滅多刺しにする。直ぐに再生されるのだけれど、殺意を込めてナイフを振り下ろす度に僕の心の中で静かに煮えていたものが噴き出すのを感じた。侵蝕しろ、どす黒いものでこの生き物を染めつくせ。征服せよ蹂躙せよ冒涜せよ凌礫せよ虐殺せよ踏みにじれ踏みにじれ、一切を唾棄して独りで嗤え。
「『――――侵略、権限5%掌握、魔物供給を停止』」
「よくやった、加勢する」
「『権限20%掌握、コア防衛機能停止』」
「『権限30%掌握、コア再生機能停止』」
「『権限50%掌握、コアをスリープモードに移行』」
「……ふぅ」
掌握は50%で十分だ。これ以上やるとダンジョンそのものに影響が出る。僕は一仕事終えたことに少なからず感慨を覚え、気を緩めた。集中の効果が切れ、一瞬で意識を失う。
女性がどんなふうに、どんなときに笑うか、それは彼女の育ちと兇暴を示す目印である。笑う声の響きのなかに、彼女の本性が現れる。フリードリヒ・ニーチェ