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修羅の女

 定頼は眼球を震わせながら括目して羽沼を仰ぎ見る。自分に刃を振り下ろしたのは、自分が手の平の上で転がしてきた妻、利用しようとしていた手駒。自分の腸がそいつらに食い破られようとは夢にも思っていなかった。


「ずっと、ずっとこの時を待っていた」


 まだ定頼は意識はあるものの、羽沼に毒を注がれた上に腹を刀で貫かれている。

 もはや手を下さずとも彼の死は時間の問題というわけだ。だが、羽沼はそれを知ってなお、刃を片手に不気味に笑っている。もはや弱っていくだけの定頼をさらに痛めつけるつもりなのか。

 いたぶるための嘲笑というよりは、心の底から喜んでいる様であった。今まで自分を抑圧してきた人物が目の前で動くこともままならなくなってしまったことを。


「あなたのもとに召し抱えられたときからずっと、この時を待っていた…あなたをこの手で殺せる日を」


 羽沼が刀を持つ手が震えているのは、復讐を果たすことができる喜びなのか。それとも、未だに彼女の中で憎しみの炎が燃え盛っているからなのか。そのどちらでもあるのだろう。彼女の憎しみの炎に薪をくべるのは過去の記憶。心無い定頼の声だった。


『駆け落ちか…、夫たるこの私を置いて生意気なものだ』

『間男は喉元を切り裂いて殺せ』


 彼女には定頼に利用されるだけの目的で正室として召し抱えられた。すり切れた心を癒してくれる男が密かにいたが、定頼によって奪われた。


『子を孕んでいるだと? ほう、面白いではないか。私と床を一度も交えておらぬのに……、あやつとの子供か?』


 そのしばらくして後、彼女の腹には子供がいることが判明した。最初、定頼はこれを下ろそうとしていたが、役人を抱き込んで自分がその子の父親になるように戸籍を書き換えることを思いつき、政治介入への道具として育てようとした。

 羽沼は、自分の息子が悪政の道具として利用されることを何としてでも避けたかった。そうなってしまえば息子は自分の二の舞ではないか。彼女は流産を偽り、自分の息子を籠の外に逃がした。杏の手を使って。


 だが、息子をその手で抱きしめることすらできないまま手放し、独りぼっちで相も変わらず悪政に利用され続ける彼女の心は無残なほどに壊れ果てていた。


「嬉しい、本当に嬉しい」


 彼女は定頼の右手の甲に刀を突き刺した。定頼の叫び声がやぐらの中に木霊する。血が刺し傷からにじみ出る様を、まるで絵の具遊びに興ずる子供のように笑っている。


「ほら、感じて。皮膚がえぐれて血が噴き出す痛み……、あたしが感じたものはこんなのも比じゃない。腸をえぐりだして、引きちぎるような痛み。あなたにも味わせてあげるわ」


 子を孕んだ母親の身でありながら、憎しみにまみれ、命を慈しむことすらできずにただただ傷つけて嘲笑うことしかできなくなった悲しい化け物がそこにはいた。化け物は声を上げてけたけたと笑いながら、定頼の右手に突き刺した刀をねじり、肉をかき出すようにして傷口をえぐり広げていく。


「ふふふ、いい気味だわ、どれだけ苦しんでも…

 あなたがあたしに与えた苦しみには及ばない」


刀を引き抜いて、今度は右胸を刺す。わざと急所を外すことで、定頼が意識を失くすまでの苦しみにあえぐ時間を稼ごうとしている。なんと浅ましいことだろう。そしてそんな浅ましい女を目の前にしても愛染は、彼女を説き伏せることなく薄ら笑いを浮かべて眺めていた。




*****



 杏のもとに陽を連れてきたアザミと大吾。だが、杏の姿も、後世の少女たちの姿も隠居の平屋には見当たらず。人っ子ひとりすらいない平屋の様子に首も傾げる間もなく陽は突如現れた虚無僧らの手によって取り押さえられ、連れ去られてしまった。


「陽っ! 陽っ!」


 叫び声は虚しくも届かず。すかさず次は、アザミと大吾の背後で轟音とともに平屋に火の手が上がる。人の気配がなかったとはいえ、杏がいた場所が燃やされるということに動揺せずにはいられない。その心の隙を突くようにして、虚無僧の携える薙刀がアザミの背後に忍び寄る。


「危ないっ!」


 薙刀は、刃先がアザミの背中に触れるかと思ったところで柄を大吾の脇で挟まれ、動けなくなった。そのまま息もつかせず柄をたくましい両の手でつかんで、相手の手が離れぬうちに柄をぶん回して放り投げる。

 だが虚無僧らはひとりやふたりではない。何十人といるのだ。


 大吾にもアザミにも次なる一手が忍び寄る。それも使う武器も薙刀だけではない、アザミに飛んできたのはクナイ。忍が使う投擲武器の一種だ。子気味の良いバックステップでかわすが、何本も何本も仕切りなしに飛んでくる。アザミはそれらに誘われるようにして、待ち構える女物の着物を羽織った虚無僧に、後頭部を薙刀の柄で殴られた。ちょうど延髄のところだ。アザミはその場にひざを折って倒れ込み、嘔吐いてしまう。


「アザミっ!」


「……どれだけあがこうとここは籠の中、どうせみんな籠の中」


 アザミのもとに大吾が駆け寄る。すると聞き覚えのある声が。

 アザミを打ちのめした虚無僧の天蓋の中から聞こえるではないか。だが、記憶を頼りに出た答えは信じられないどころか、理解できないものだ。


「虚しい場所だよ。この籠女は……、こんな場所消えてしまえばいいのさ」


 虚無僧は天蓋を頭から外し、その顔を露わにする。ふたりはその正体に驚愕した。

 声が聞こえた段階で正体には気づいていたが、頭がそれを認めたくなかった。だが、それに視覚の情報が合わさることで、事実はゆるぎないものへと変わった。


「あ…あ…、あ、杏…」

「ありがとう、陽を連れて来てくれたことは感謝するわ」


 探していた杏は、天蓋の中で不気味に笑いながら、狼狽するふたりを嘲っていたとでも言うのだろうか。自分が暮らしている平屋には火を放ち、床に地面をこすり付けて「母親に会わせてやってくれ」と泣いて懇願した陽は乱暴に連れ去る。彼女はいったい何がしたいのだろうか。考えたところでふたりには理解できるはずもなかった。


「いったい何の冗談だ? これは……」

「陽は、母親に会うんじゃなかったのかっ!?」


 理解不能な彼女の行動と、自分たちが受けた仕打ちにふたりの声には怒りが混じる。だがその怒りさえ、杏は嘲笑の種としているようだった。


「会うわよ。心配せずとも、今うちの仲間が羽沼のもとに連れて行ったさ。親子の感動の再会ぐらいはちゃんと守るわよ」


「――それにしても、よくも馬鹿正直にあのこを連れてきたね。おかげで羽沼も喜ぶだろうさ、最高の冥土の土産じゃないかい」



「俺達を利用したってのか?」


 「馬鹿正直にあのこを連れてきたね」、自ら頼んでおきながらこの言いぐさ。そして、冥土の土産という冗談でもない言葉。憤りに大吾はどすの効いた低い声で杏を攻めたてる。


「ありがたくね。あのこは必要だったのよ、復讐に……」

「復讐……だと……?」


 復讐、不穏な言葉が聞こえた。

 いよいよ、ここに来てある筋書きがふたりの中で出来上がってきた。自分たちは羽沼と杏に利用されたのだ。そしてそれだけにとどまらず、陽までもが利用されようとしている。


 杏と羽沼が企てる復讐の道具として。すべては計算ずくだったのだ。大吾の前で流した涙も。――何もかも。


「あのこのペンダントを覚えているかい? あれは鍵なんだよ、この籠女に羽沼が隠し持っていた火薬庫をぶっぱなすためのね」

「やぐらの開かずの蔵のことか? 火薬庫だったのかっ!? そんなもので何をする気だっ!?」


「決まってるでしょ? ――此度は、吉原炎上に続く歴史に残る大火になろうて」


 震えるように笑い、杏は頬を吊り上がらせてひきつった笑みを浮かべる。その浅ましい面に、アザミは怒りのまま咆哮を上げて斬りかかった。

 その斬撃を、杏の前に躍り出た虚無僧が受け止める。


「貴様ぁ! そんな、そんなもののために陽を利用したのかっ!?」

「あたしじゃないさね。その言葉なら羽沼にくれてやりな。あたしはこの場所が灰になってくれれば、それでいいのさ」


 アザミの背後からクナイが飛んでくる。刃先が触れようかと思ったそのとき、大吾が先ほど奪った得物でそれらをはらい落とした。


「かかれぇ! こやつらふたりを血祭りに上げろぉ!」


 杏のかけた号令とともに再び虚無僧らが刃を振りかざす。


 虚無僧の姿は頭を隠す天蓋こそ同じだが、その下は女物やら男物やらが入り乱れている。どうやら虚無僧とは天蓋の部分だけで、それも顔を隠すためのものでしかないらしい。おまけに様子も妙だ。やけに統率のとれた動きと不安定な身体の動き。とても格好が表しているようなその場繕いには見えないのだ。方やがクナイを投げて来ては、それを避けようとしたところに待ち伏せを仕掛ける。その繰り返しでまるで追い込み漁のようにふたりを取り囲もうとする。――実に計算された動きだ。


 アザミは、地を這う戦いではまんまと誘いに飲まれてしまうと、ひとりの背丈の低い虚無僧の頭を踏んづけて空中に舞い上がった。そこからはまるで軽業師のごとく、虚無僧の頭の上を飛んで渡りながら蹴たぐりでなぎ倒していく。派手な動きをしているアザミに気を取られたその隙を今度は大吾が突いた。薙刀で豪快に空を仰ぎ見ていた虚無僧らを小枝のように薙ぎ払う。破竹の勢いに見えたが、それを阻止するものがいた。大吾の背後を杏が長束の刀で切り裂く。


「大吾っ!」


 筋肉に覆われた分厚い背中とて、切り裂けば血がほとばしる。痛みを声も上げずに歯を食いしばりこらえながら、背後の杏に掴みかかり、足払いを仕掛ける。杏をかいくぐったところで猛攻の手が止むはずもない。次は脇腹だ。薙刀が右手から伸びてきて、大吾の腹を刺す。


「ぐぅ!」


 その刃先がさらにねじ込まれようかというところで、間一髪アザミの助太刀が入った。崩れた虚無僧の天蓋が取れると、首元に妙な針が刺さった男が現れる。


「こ、これは……」

「仙丹……、あの生糞坊主がつくった麻薬だよ」


 先程まで倒れていた杏が起き上がって来た。

 生糞坊主とは遊女を垂らし込んでいる悪僧、愛染三蔵のことだ。愛染は籠女に寺を建立し、奇妙な薬と説法で遊女を説き伏せていたらしい。そしてその遊女から客に伝わり、籠女を犯しているのが仙丹なる妙薬。


「そいつのおかげで、誰でも従順な傀儡にすることができるのさ。自らの死さえ恐れないほど忠誠な私兵となる」

「遊女の客さえも薬で抱き込んだのか!? どれだけの人を巻き込めば気が済むんだっ」

「こんな色町で女の貞操を買う男が憎いと言っていたのはアザミ、お前さんだろ?」


 アザミのさらに背後をとる虚無僧がひとり。気配を察知すると、アザミは「ちょっと借りるぞ」とだけ言って、大吾の腹に刺さった薙刀を引き抜いて後ろ走りをし、柄をみぞおちに突き刺した。


「うぐぉ! おいっ! 今抜くときちょっとねじっただろ!」

「すまん、お前の心根がねじれていたから、ねじらないと抜けんかった」

「一言多いんだよ、お前は!」


 背中と脇腹の傷の痛みをこらえながら、なおも大吾は奮闘する。


 まずは刀で斬りかかって来た男の斬撃をその場にあった虚無僧の天蓋を身代りにしてかわし、背後からだまし討ちにして男の足をひっつかんで、もうひとり襲い掛かって来た男に投げ当てる。数十人が十数人、そして数人まで。

 ふたりの一騎当千の戦いにより、あたりは屍の山となった。残りは杏をかばう様にして刀を構えた虚無僧がふたり。

 アザミも大吾も身体のいたる箇所から血を流し、肩で息をしている状態であったが、ふたりの瞳にはまだ身体を貫いてしまいそうなほどの鋭い眼光が残っていた。


「……はぁ、はぁ……杏、もう終わりだよ」

「ふっ……なにが終わりさね」


 劣勢に立たされてしまった自分を嘲笑いながら、投槍勝ちに返答する杏。


「もう、賽は投げられたのさ、眠れぇえ! この籠の中で常しえに眠るのだぁ!」


 自嘲を振り切って声を荒げる。

 仙丹に犯されたふたりの虚無僧がこの劣勢の中死を顧みず刀を振りかざす。上方から振り下ろす刃の速さを上回る速度で、ふたりは相手の懐に向かって屈みこみ、そこからみぞおちを刀でかっ裂いた。杏の私兵はもう誰ひとりとしていない。


 絶望に崩れ落ちる杏に、アザミの一手が振り下ろされた。


「峰打ちかよ。容赦なく殺すかと思っていたぜ」

「杏には世話になった身だ。おいそれと殺すわけにもいかない。それに、手加減したのはお前の方だろうが、足払いで済ませるとはな。おかげで戦いが長引いたわ」

「うっせーな! 今この場でとどめ刺してやってもいいんだぞ! ほんっとお前、可愛くねーな!」


 ふたりが言い争っていると、今度は隣の平屋から、その隣のまた隣と。遊郭が炎に包まれていく。

 遊女を中に入れていた赤い格子窓も火で燃え上がり、籠女は炎の籠と化していた。どうやらアザミと大吾が闘っている隙をぬって、焼き討ちが行われていたらしい。


「まずいな、火消が火に飲まれるんじゃ、ミイラ取りがミイラみたいなもんだ」

「だったら消しに行こうじゃないか。こんな馬鹿げた復讐とめてやる」


 たとえ遊女たちのすり切れた心が、この籠女が灰になることを望んでいようとも。その火種のために陽を利用させるわけにはいかない。

 ふたりの考えは一致していた。



「行くぞ。羽沼のもとへ」



*****




「は、放せ! 何処に連れて行く気だ!」


 陽は両の腕を取り押さえられながら、籠女のやぐらの中へと連れ込まれる。城壁に囲まれた籠女を見下ろせるほどの小高いやぐら。そこがこの地で最も美しいと謳われる傾城の美姫、羽沼太夫の住まう居城だ。


「離せよ! 俺は母ちゃんに会いに来たんだ!」

「お望み通りにしてあげるわよ。あたしの可愛い陽」

 

 陽が投げ捨てられたのは、やぐらのちょうど裏手側にある蔵、開かずの蔵と呼ばれていた場所だ。

 ここに眠るものは、いったい何なのか。それは外壁にこびりついた古い血の染みが物語っていた。羽沼は、開かずの蔵の前で、陽の首元から半ば母親のものとは思えない乱暴な手つきでペンダントを引きはがす。陽が母親の形見と肌身離さずつけていたものだ。


「か、母ちゃんなのか……」

「ああ、そうさ」


 陽の呼びかけに振り向くことすらせずに、背中越しにそっけない返事を返す羽沼。

 彼女の背中からは、実の息子でさえも遠ざけてしまうような得体のしれない何かが滲み出ていた。陽もそれを感じ取っており、やっと会えた母親に抱き付くことすらできずに震えていた。陽の視界の中で羽沼は不気味に笑いながら蔵の扉をペンダントから取り出した鍵で開ける。

 すると異様なすえた匂いとともに、まるでカタコンベのように頭蓋骨が並べられた蔵の内が露わになった。恐れおののきながらも、蔵の奥へと消えていく羽沼の背後を追う陽。その背後で蔵の扉がひとりでに閉じると、一瞬闇に閉ざされた後、蔵の中は裸電球のぼんやりとした借りに照らし出された。羽沼はその光の中で、しゃれこうべを持ち上げてそっと頬ずりをする。


「あなた、このこが陽よ……。今この子を連れて会いに行くわ。あなたのもとに、あたしは会いに行く」


 羽沼の脇には何やら奇妙な台座の様な機械がある。


 杏が蔵を火薬庫と言っていた理由はここにある。この機械からは、灌漑工事と偽って通した導線があり、それが籠女の地面をまるで葉脈のように縦横無尽に這っている。その先にあるのは、火薬と油。火がつけば、籠女が灰になるまでその炎は消えることはないほどの量だ。

 その起爆装置たる台座の窪みに羽沼は、陽が半ば自分の命よりも大切にしていたペンダントをはめ込む。すると、地響きが走り、籠女のあちらこちらで爆炎が上がる。


 そして、籠女とその外をつなぐ唯一の橋でさえ、仕掛けられた爆薬によって崩れ落ちてしまった。籠女は燃え上がりながら浮かぶ火の島となったのだ。


「これで、この色町は火の海…燃える孤島…」

「――や、やめろよ! 母ちゃん、母ちゃんなんだよな! なんで、こんなことするんだよ!」

「少しくらい喜びなさいよ。感動の再会じゃないのさ」


 母親でもなければ、人間とも思えぬような冷たいまなざしを我が子に向ける羽沼。その瞳には慈愛のひとかけらすら存在しない。彼女の鉛色ににごった瞳の中に住まうのは浅ましい憎しみのみ。そんな彼女は、自分の息子でさえも、憎しみを晴らすための道具としてしか見ることができない。


 生き別れた親子の再開は、陽が望んでいたそれとは、かけ離れたものになってしまった。


「ど……、どう、喜べってんだよ! この状況を! 目を覚ましてくれ! ここから逃げよう、一緒に」

「逃げても籠の中さ。あんたもどうせ、幾多の男を垂らし込んだ遊女の母親など望んでもいないだろ? でも、たとえそうでも……、あたしは死ぬ前に……あんたをこの手で抱きたかったのさ」


 死ぬ前などという縁起でもない言葉を親子の再開に挟む羽沼。もう燃え盛る孤島となってしまった籠女で死を覚悟するのも無理はない。

 しかし、この状況は他でもなく羽沼がつくりあげたものだ。


「し、死ぬ前って……な、何言ってんだよ」

「あたしはこの籠女が憎い。でもそれ以上に汚れた自分の身体が何よりも憎い。――身を清めるには炎がおあつらえ向きだろ? あたしは、あんたを抱いてこの火に自分の身を投げる」


「そうすれば、あたしのこの薄汚れた手も……炎が清めてくれる。焼けただれた手で、あたしは可愛い可愛いお前を抱いて安らかに……」


 羽沼が自分の手を見つめながら薄ら笑いを浮かべ、陽の頭を死人のように冷たい手で撫でようと手を伸ばす。そんな浅ましい彼女の言葉を、「もう聞いていられない」とぶった切る様にして、蔵の扉がなぎ倒された。


「なっ……、なにやつっ!?」


「そっちこそ、何奴だよ…このガキは、お前と会うその日をずっと待ってたんだぞ。――それを、その気持ちをてめーの勝手なひとり遊びで踏みにじってんじゃねえよ」

「あたしはたとえ他人でも、こいつがあんたの下らない心中に付き合わされるってんなら黙っちゃいない」


 現れたのは炎と敵をかいくぐってここまでやって来たアザミと大吾だった。




「その薄汚い手をどけろ。この毒親が」




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