初仕事
遅くなりました。
とにも角煮も仕事の時間だヒャッハー。
頼りない兄ちゃんとは手を振って別れた後、俺は依頼が張り付けられているボードの前に移動せず、その隣の小さな箱の前に移動した。
ボードの方はハンターに依頼する所謂一般的なお仕事で、こちらに入っているのがお小遣いクエストと言うお子様向けの奴だ。いつかあのボードの依頼書をひったくる様に持っていきたいものである。──頑張ろう、信頼は地道な努力でしか手に入らないのだから。
箱の中にある依頼書はどれも本当に簡単な物ばかりだ。
清掃作業、花壇の手入れ、庭の雑草むしり、ペットの散歩、話し相手、チラシ配りなどなどと言ったラインナップで、どれも本当に子供に出来そうなものばかりだ。ただ、一部の依頼はちょっと根気がいるものばかりで、小さい子供だと倒れるんじゃねえのと心配になるものがいくつかある。──荷物運びとかな。
その中で俺が選んだのは清掃作業だった。場所は都市の中に3つ存在する広場の一つ、一番小さくて一番設備の少ない子供が遊ぶ為の公園代わりの場所らしい。広さとしては小学校のプールくらいだと思われる。依頼書に添付されていた地図の縮図の読み方が間違っていなければ問題ない筈。
早速受付嬢に依頼書を渡す為にカウンターへと移動した。
身長的にギリギリなので若干よじ登るように依頼書を提出する必要があるので少し面倒だが、けれどもそれはそれでしょうがないと受け入れている。だって現在の自分は10歳児だ。身長的に足らないのはしょうがない。
「受付嬢、この依頼を受けたいんだけど」
「間違いではないですが、私にはエル・メールと言う名前があるのでそちらで呼んでください」
「うい、エルさんって呼ぶわ」
「それで構いません。それではこちらの依頼ですが、依頼者との接触は必要ありませんので、隣のカウンターで道具を借り次第向かってください。時間の制限は特にありませんが、適当な仕事にはお金を渡しませんのでそのつまりでお願いします」
「当たり前の事を当たり前にやればお金が貰えるんだから問題ない」
その後、隣のおっさんに頑張れよと頭を撫でられながらバケツとモップを手に持って目的地へと移動した。これでも掃除は好きなのだ、真剣にやればお金が貰えるんだから、これはもう、頑張らないと。
◆
常時張り出されている依頼の一つである清掃活動は収益に対して非常に利が少ない事で知られている。
その為賢い子供達はそれを選ばず、一見体力的に厳しそうな荷運びを選びたがる。理由としては実入りが大きい事と、休憩時間が設けられる事。そして何より甘い菓子を稀に貰える事もあるので大人気だ。
その為広場の清掃活動などは労働に対しての利益を考えると敬遠されがちで、中々やっている光景を見れる事は少ない。それこそ小さな子供では、そこまでの広さがないとはいえ大変で、何よりも掃除の仕方が雑になりがちなので正直やられてもなぁというのが正直な感想だった。……感想だったのだが。
「おうおう、いい感じに溜まってますなぁ」
モップとバケツを手に持った少年は不遜な態度で清掃を始めた。
その動きはテキパキという擬音が見えそうな程になめらかだ。それはさながら熟練の技、無駄をそぎ落とした匠の芸風である。モップを使う姿さえも一種のパフォーマンスか何かの様な奇妙な愛らしさと言うか、阿保らしさを感じさせる以外は堂に入った様子である。
何を隠そう、宗十郎の生前というか、前世のバイトは清掃活動である。
基本的に馬鹿で、損な目にばっかりあっているが根本的に真面目で、案外地味な作業を楽しめる性格をしていたせいか、気が付けばバイト先のエースだった。それこそ、同じ料金で二人一組で動く人間よりも多くの作業を熟せる程度には優秀だったのだ。──バイト先の雇用主がケチって給料を上げなかった事すら気が付かずにいたという話があるのはご愛敬だが。
そんな宗十郎からすると、広いだけで道具が多い訳でもなく、人も少ない時間帯という事もあり案外楽な作業でしかなかった。もちろん少なからず人はいるものの、声を掛ければ退いてくれる人ばかりなので作業が停滞するような事もない。
もしこれでもう少しまともな道具があれば早いのに、なんて事をぼんやりと思いながらもテキパキと掃除を終わらせていく様は子供の姿故に少しばかり、いやかなり異常な手際の良さだった。
僅か3時間半、薄汚れ元の色を失っていた石畳は見事な白を取り戻していた。それこそ、思わず宗十郎の手際の良さに口を開けてみていた面々も更に大口を開ける程の輝きだった。
「よし、あとは点検してもらえば終わりか」
モップに溜まった薄汚い水を排水溝へと流しながら、モップとバケツを手に持ってきた道を戻る宗十郎。
あまりの速さに適当にやったのではと疑われたものの、事実が正反対であると知ったギルドから指名以来と言う形で給料を上げる事を条件に、週一で行う事になるのだった。