ギルド登録
ギルドの加入条件は少ない。
条件はたったの三つだ。年齢制限である5歳以下の登録禁止。最低限の戦闘能力の証明、もしくは戦闘能力に代わる何かの証明。そして最後にステータスの閲覧だ。
年齢制限は子供に任せる仕事はなく、また仮に頼むのだとしても都市外に出歩かせるわけにはいかない。ただ、孤児のように、死が隣にある様な状況の者を救済するためにかなり幼い頃から小遣いクエストと呼ばれる生活費稼ぎが出来る様になっているので年齢の規制は比較的緩かった。
能力証明は当然の事で、都市の外での活動の場合危険が常に付きまとうので、能力がない者に仕事を任せた場合仕事を達成することなく倒れる可能性が高いので、任せるに足る能力の証明は絶対に必要だ。仮にない場合は、調薬等の別の能力を示す事が出来るなら素材は持ち込みと言う形で達成可能なので例外的に戦闘能力以外での条件達成となる。尚、街中のみで作業をする孤児等の登録者はこの限りではない。
<偽装>と呼ばれる能力がある以上、その情報の正確性に是非は問わず、ステータスの閲覧が重要だ。ステータスとは言わば人生の簡易情報だ。どのような人間かを最低限記されているステータスの閲覧は、言ってしまえば自らの証明そのものである。それを他人に、と言うよりギルドに見せられない者は信用が出来ない何かがあると判断される。──尤も、ユニークスキル等の個人情報の閲覧は、例えギルドからの要求であれ、本人が拒否した場合禁止されているが。
この三つの条件を満たした者のみがギルドに加入する事が出来る。それは誰でも知っているような、当たり前の事だった。
だからこそ、本日ギルドに訪れた小さな来訪者はどこまでも悪目立ちする事になった。。
治療院のアルノンに連れられた小さな子供は、<金槌部隊>第七番隊<篭手>が保護した少年であり、その情報はギルドの方にも既に連絡が付いていた。
おそらく孤児であるので小遣いクエストを受けられるように、と言う<篭手>の良心である隊長から報告されていた情報から、目が醒めれば本日中に来るだろうと予想が出来ていたのだ。
「──きもちわりぃ」
扉を開けて早々に口元を抑えてアルノンに支えられる姿はとてもではないが頼りない。
だが、こればかりは仕方がないだろう。ギルドの一階部分は酒場となっており、昼間から呑んだくれているダメな大人も多いこの場は酒の呑めない子供にはある種の鬼門と言っていい。更に本日は度数の高い酒を樽で頼んだ蟒蛇様御一行が存在するので尚更だ。
そんな状態でもなんとか受付前まで訪れた少年は、口元を抑えたまま、蒼い顔で、受付嬢に話し掛けた。
「──うぇ」
声にならなかったが。
しかしどうにか身振り手振りで伝えようとするので、受付嬢たるエル・メールは普段の鉄仮面で少年に質問を投げかけた。
「登録ですね?」
「あ、うん」
「それではまずステータスの確認をさせて下さい」
「あ、うん、──え?」
ぴしりと固まる少年と疑問符を浮かべるエル・メール。
治療院のアルノンも、不思議そうに少年に先を促すが、どうにも反応が芳しくない。
これはもしや何か人には言えない、いや見せられない事情があるのでは?
そう思ったエル・メールが、部屋を変えるかどうかの確認をしようと口を開けるよりも早く、それが周囲の視線を奪った。
【人名】新垣宗十ロゥ(10災)
【称号】胃セ(火)£刃、化@キャ裸
【能力】ユニィク:<魔緑炉>魔─ERORR─過─ERORR─異常─ERORR─蝶過セイ成(神)
<I tame master>魔モ能♯無、マ者カ?ぞう、dough愚梟、豪性、oh鶏℡せ、姦貞
色々な情報が抜け落ちている、と言う点も不可解だがそれ以上に。
何がどうしてこうなっているのか、この明らかにぶっ壊れたステータスに、受付嬢も、アルノンも、そして周囲で眺めていた野次馬も、また固まるのだった。
それに小さな体を更に小さくしながら、
「だから見せたくなかったんだ」
思わず少年は顔をしかめていた。
◆
──なんとも言えない微妙な空気、原因は俺です本当にありがとうございました。
別に俺が悪い訳じゃない、世界が、否、神様が悪いんです。だってこんなの俺にどうしろっていうんだよ。
だから間違いなく神様が悪い、説明不足乙。と言うか、いくら何でもこれは酷い。バグってるとかどうればいいのさ。
隣の頼りない兄ちゃんはともかく、周囲の強面連中や、樽を抱えて飲んでいた女の子とか、無表情の受付嬢だって驚きで口を開けている。
こんな状況俺にどうしろってんだよ。
「──し、失礼しました。
前代未聞ですが、一応閲覧はしましたので次の準備を行います」
ああ、受付嬢だけはちゃんと再起動してくれた。
それにつられる様に周囲も再起動し始めたけども、不気味な物を見るような視線とか、憐みの視線とか止めていただけませんかね?
「次は戦闘能力の証明か、それに代わる何かの証明を行いますがよろしいですか?
ただし、もし街の外に出ないのならこの二つは必要ありません。私としてはまだ幼い貴方は街の外での行動はやめ、街中のみの仕事で回した方がいいと思うのですが」
「──あ、じゃあ戦ってみたい」
「────」
……心なしか受付嬢の無表情に怒マークが見える気がするのは気のせい?
あれ、俺何か選択ミスしちゃった? いやだって、ほら。俺、一応はテイマー(予定)だし、モンスター捕まえないといけないからそっちじゃないといけないというか。
……あ、でもそう言えば俺、今柔道とかできるのかな。記憶があるからなんとなく疑問に思わなかったけど、年齢10歳の身体が23歳だった頃と同じ動き出来るか?
いやまあ、そもそも。──相手人型の保証なくね?
と言うか能力的に本当にテイマーになれるか分からない、……このままだと拙いか?
「あ、今のなしで──よく考えたら俺戦えないかもしれないから」
「そうですか、では最後の年齢の確認なんですが──ステータスがアレでは少し信憑性に掛けますね」
「む、俺は10歳だ。5歳じゃない」
「見た目はそれより幾分か下に見えるので、──ではこちらをどうぞ」
受付嬢から渡されたのは一枚の紙だった。
青い紙で、なんというか変な匂いがする。いや、もう率直に言おう。──アンモニア臭だ。
アンモニアっていうと真っ先に思い浮かぶのはトイレなわけで、夏場の清掃作業のバイトとか苦行でしかなかったなぁ。
「ではそれを咥えてください」
「ファッ!?」
これを咥えろと? 何それ罰ゲーム!?
思わず信じられないと受付嬢を二度見すると、若干困ったような、無表情のまま無情にも告げられた。
これ、年齢測定の魔道具ですので諦めてください、と。
◆「年齢測定紙」★×2
刺激臭が酷い特殊な溶液を使用して作成された魔導紙の一つ。
唾液に反応して年齢に応じて色が変化する。変化の色は3段階有り、10歳未満は変化なし、10歳以上15歳未満は紫、15歳以上は赤へと変化する。
変色液+魔導水+紙(材質/オマー樹)
……うわ、リトマス紙にそっくり。
じゃねえよ。臭いよ、目が痛いよ、気持ち悪いよ。
それでも口に咥えないといけない。これは試練か、何の試練だ。耐久力か、忍耐力か。
──息を止めよう。そうすれば暫くは、少しは、持つ、と思いたい。
覚悟を決めて口に咥え、──呼吸をしていないのに匂いで鼻がやられそう。
いかん、涙が、涙がでちゃう。──男の子なのに!
「間違いなく10歳以上ですね、ありがとうございました。そちらは記念に差し上げ」
「いらないから!」
素早く受付に置いて距離を取る。……うぇ、口の中気持ち悪い。
これを咥えるだなんてどんな試練だ。いや本当に、そう思うくらいに気分が悪い。
──背後でアレを咥えるとかすげえとか、頭がおかしいとか、聞きたくない言葉が聞こえてくるがとりあえずスルー。
何はともあれこれでギルド登録に必要な事は全て終わった筈。だったら後は問題なくクエストを遂行してお金を稼ぐだけだ。
そう思って受付嬢の作業が終わるのを待っているのだが、なんというか、頗る遅いな。
「すみません、ギルドカードにステータスを移す為に採血させていただきます」
「へ、──たッ!?」
いきなり注射器が腕に突き刺さり、そのまま勢いよく血を吸っていく。
……注射器怖いとか言わないけども、せめて事後承諾というか、通達即実行は止めて欲しい。
抗議の視線は平然と無視されて、採血された血は奇妙な道具の中へと溶けていった。
……なんだアレ?
不思議な道具は血の様な光を出すと同時に、ポン、なんて軽い音と同時に空を舞った。
──あ、これがギルドカードか。
「どうぞ、これで仕事が受けれますよ」
「ありがとう」
さて、これで仕事が出来る。仕事が出来ない時と比べれば一歩前進だ。
一人ガッツポーズをしていると、何故だろうか。周囲から視線を感じる。
生暖かい目だ。それはもう、今すぐにでも頭を撫でようとするその優し気な視線は一体何だ。