荒垣宗十郎、転生する
荒垣宗十郎にとってそれは寝耳に水どころか、覚醒状態で脳天にアイスピックを突き刺されるような出来事だった。
ありふれた日常に唐突に訪れた死と言う現実。原因は会社の上司によるグーパン三回だった。今までも何回も殴られた蓄積もあったのかもと思ったけれども、──解せぬ。
そうして死んで、気が付けば顎髭の長い自称神様と出会っていたのだけれども、──なんというか、衝撃の事実を突き立てられて固まったのはしょうがないと思う。
ちなみに何を伝えられたのか、──簡単だ。どうやら死ぬのは俺ではなく、同姓同名の別の誰かだったらしい。
偶然と言うかなんというか、不幸な事にその同姓同名な誰かさんは、その日その時同じ時間帯に死亡する予定だったのだが、コンマの差でこちらが早かったせいで間違われ、そのまま死神にさっくりとやられちゃったらしい。ふざけんな。
しかもこちらは嫁さんとラブラブ生活2年目だ、本当にその死神の胸元掴んで顔面殴打何十発としてやりたいくらいだった。──ちなみにその死神、新人で仕事のミスが多かったとか。前科が無いのが不思議な程だった。
そんな話の末、とりあえず転生が云々と言う話になったのだが、どうにも元の世界には戻れないらしい。まあ、これは今まで読んできたネット小説でもテンプレなので問題ないが、一点だけ粘って無条件で嫁さんの人生がこれから幸福に満ち溢れた物であるように勝ち取った。幸運は譲渡性だったので死神が本来生涯得る筈だった幸福分を全て嫁さんに譲渡させたのでよほどの事がない限り幸福な人生が約束されたとか。ちなみに弟がいるのだが、そちらはとりあえず何やかんやでどうとでもなるので頑張れと声援だけ送っておいた。まあ、届かないだろうけど。
「転生させるに当たってお主には言わねばならん事がある」
神様の話は所謂異世界テンプレである。
①転生後の世界は地球世界と比べて命が軽い、死と隣り合わせの生活が待っている剣と魔法のファンタジー世界。
②魔物が存在するが、魔物と呼ばれるのは所謂人間以外、──エルフやドワーフも魔物扱いの世界らしい。なので間違えて仲良くしたりすると異端扱いされる可能性もあるとか。
③送れる容量の影響で現在の年齢では遅れないらしい。最低でも15歳まで戻さなければ無理だとか。
④この容量に余裕があればチートプレゼント出来るとか。それ以外にも一つだけはくれるらしいけど、もし自分で選びたい場合は10歳児以下にして欲しい。
⑤魔法の才能はランダムなので悪かったらごめんね。──以上。
「これは結構厳しくないか?」
「しょうがなかろう、咄嗟に起きた大事件だからのう。
対応が後手後手で此処までどうにか融通してもらったが本来は別世界への転生は相談してから決める物だからの」
「なら地球で」
「生憎と地球は枠がない──ああ、ちなみに同姓同名の者が辿る筈だったのは違う世界で虫として転生する予定じゃったぞ」
「──それは、なんというか」
可哀そうでは、と言いそうになったがどうせ今は生きているのだし関係ないか。
どうせ赤の他人の事だし、現在はどうせ生きている相手の事よりも、死んでしまった自分の来世の方が遥かに大切だ。
なのでどのようにするのかを考えてみた、のだが。──なかなかいい案が考えられない。
こういう時、弟なら即断即決で解決するのだが、生憎と優柔不断な俺である。一生に関わるモノだろうし、早々簡単に決めれる訳もない。
年齢云々を下げるとチートプレゼントと言われたけども、問題は子供になった場合どの程度筋力とかが下がるのかが問題だ。死ぬかもしれない可能性はなるべく勘弁願いたいし。
それにしても、俺の子供の頃ってこんな感じだったのか。──可愛くないなぁ。目付きとか今と同じで鋭いというよりも悪いし。
「神様、顔とかどうにかできないか」
「お前さんを送る際に要望通りになおしてやるわい」
「ならもうちょいかっこよくしてくれ」
「あい、分かった」
年齢を5歳まで下げると二つのチートを選択できるらしい。その代わり命の危険もマシマシだ。何せ思考能力も落ちるとか背後でぼそりと言われたし。ただでさえ頭が悪いのに今より悪くなったら死ぬ自信がある。危険な森と言われたら、ロマンを求めて走りかねない。と言うか間違いなく走り出す。昔それで怒られた記憶があるし。──あれ、弟も一緒だったのに怒られた時隣にいた事あったか?
……まあ、いいか。今更だ。
それよりも、チート能力を選べるのは最低でも10歳まで若返らせなければ駄目らしい。
現在の俺は23歳、身体を再構成して異世界へと送る際に削る情報量が8年分。それからチートを得るには更に5年分の情報をそぎ落とさなければならないのだとか。
厄介なものだ。普通の小説みたいにもう少し融通がきいたらいいのに。土下座くらいならいくらでもするけど容量の問題とか言われたらどうしようもない。──外付けとかできない? ……あ、出来ない。そうですか。
しょうがない。身体能力と異常能力を天秤にかけた場合、どちらが上かを考えるとやっぱりチートが上になる。
一つは貰えるらしいし大丈夫かと15歳にしようと思えば、背後でそんな状態で大丈夫かと言われ、思わず大丈夫だ問題ないと言いそうになり、これ、死亡フラグだと気が付いたので取りあらず10歳に決定した。チート能力は二つ、これだけあればどうにかなるだろう。
「そういえば、貰えるチートって何? 言語とかステータスとか?」
「いや、そういうのは最低限の情報として刷り込む予定じゃ。わしが渡すのは<魔力炉>と言う能力、──と言うよりも魂の改竄行為じゃな」
そもそも地球に魔力と言う概念はない。存在しない。想像したところで全てが現実になる事はないらしい。最も、先の時代では似たような別の物を天才が作るらしいけど。
その為魂に魔力を生成する機能がないので転生した場合、周囲の魔力を吸収する以外で魔力を使う事が出来ないのだとか。その為に生成能力を後から追加する必要があるのだけれども、それを能力として付加した方が俺の負担が少ないらしい。──それって本当にチートなのだろうか?
「地球人のお前さんからすればまさしく改竄行為じゃろう?」
「チートってそういう、……えー」
はっきり言って微妙以外の何物でもない。けれども神様はこれしかくれないようだ。
まあ、一応。貰える物は貰ったのだから文句は言わない。もうちょっとこう、誠意が云々と言ってもよかったけど、そもそも目の前の神様は死神の尻拭いをしているだけで、本人じゃないので欲張って負担を掛けるのも違う気がする。──弟辺りなら馬鹿じゃないのとか言いそうだ。
まあ、老人虐める趣味もなし。有用な能力は自分で選択すれば問題ないだろう。
そうして考えた末に一番いい能力は何か、──助けて弟。俺、考えるの苦手なんだ。
弟ならどんな物を選ぶか、そう考えた結果、俺は数あるチートの中からとある能力を選択した。
能力名<I tame master?>──何故これにしたのか、なんとなくだった。
弁明を言わせてもらうなら弟が何を選ぶのか、多すぎて分からなかった。そして最後にハテナマークが付いているのがちょっと気になってしまった。
いや、だってほかの能力はちゃんと説明文があるのにこれだけ説明文がバグっていたというのもポイントだが高い。面白そうじゃないか。
「さっきまで命云々言っていたのは誰じゃったかの」
「さっきはさっき、今は今」
「それいう奴は大概ろくな事をしんのじゃが、──まあ、よいか。
それでは送るので目を瞑りなさい。いいと言うまで開けてはいかんぞ?」
言われた通りに瞑った途端、全身に衝撃が走った。
痛い、と言う事はない。気持ちの悪い、なんて感覚もない。血液が別の何かに書き換えられるかのような息苦しさだけを感じている。
それが終わると同時に、声を掛けられた。どうやらまだ終わっていないらしい。
それから暫く、身体が膨れたり縮んだりと言う特殊な経験を味わって、どうやら俺は10歳児になったらしい。顔が酷く熱かったが、格好良くなっているだろうか。
「目を開けなさい」
言われた通りに目を開けて、──周囲の景色が変わっている事に驚いた。
先ほどまでは何と言うか、空間、としか言いようのない場所だった。認識できないけど部屋、みたいな感じ。
対して此処は外だった。言ってしまえば森だった。更に言うなら遠くに人が歩いている道が見える。──ああ、いい景色だな。
そう思って周囲を眺める俺に、神様の声が届いた。
「好きに生きなさい、──ではの」
返事をしたが返事はなかった。もう完全に切れたらしい。
さて、本当に異世界に来たらいいのだけども、とりあえずどうしようか。
──とりあえずステータスでも確認しようかな?