7.悠希 〜もどりたい
夕べ俺は眠ることが出来なかった。
医者に言われたことが頭の中をグルグル駈け巡って。
ただの筋肉痛だと思っていた膝の痛みが腫瘍のせいだったなんて。
骨肉腫。
詳しくは検査のための手術をしなけりゃ判んないて言われたけど。
大概は良性で化学療法や手術で治るって。
だけど
もし
バスケ
出来なくなったら?
もし
死
の?
白み始めた空を見上げながら、家を出た。
―会いに行こう、俺の本当の身体に……。
俺の昔住んでいたマンションは、俺の利用する駅から三つ下った駅の近くにあった。
引っ越してから一度、行ったっきりだ。
だけど、たどり着ける自信はある。
ずっと戻りたいと願っていた場所なのだから。
いや、場所というより、戻りたい時間。
いつだって望に会いに行こうと思えば、会えたのかもしれない。
まして、4年前、駅みっつまで近づいたのだから。
俺達の心の距離は駅の数よりも遠くなっていたのかもしれない。
あの時以来
手入れの行き届いたマンションは、7年も経つというのにまったく変わっていない。
オートロックのドアを出て来た人と入れ違いに中へ入った。
オートロックの効果なんてこんなもんだ。
入ってすぐ目の前にエレベーターはある。
だが、俺はそれを利用せずに階段を使った。
バスケで鍛えているはずの俺の心臓が、たった一階分登っただけで苦しい。
永遠に望の部屋にたどり着けないんじゃないかと思った。
四〇七号室、これが昔、俺の家だった。
へー、今は中田って人が住んでるんだ。
ピンポンを押して『俺、昔ここに住んでたんですよ!』
なんて言ってみたい。
その隣が望の家……。
急に不安がよぎった。
今もまだ望の家族が、ここにいるのだろうか?
今まで考えもしなかった、
望の家族が引越しているかもしれないなんて。
俺は、おそるおそる目を向けた。
隣の角部屋
四〇八号室
……弘前。
よかった!
「いってらっしゃい!」
中から女性の明るい声がする。
中年の男性が出て来た。
望のお父さんだ。
慌てて帽子を深くかぶり階段を登りかけた俺に、おじさんが声をかけてくる。
「おはよう」
「おはようございます」
自然なおじさんの挨拶に俺は緊張気味に答えた。
階段を降りかけたおじさんは一度振り向いて俺を見た。
一瞬怪訝な表情を見せたがすぐに階段を降りて行った。
十年と言う歳月が、おじさんの髪をかなり白くしていた。
でも、老けたと言うよりも、渋さを増していい感じ。
さすが、俺の本当の親父になるはずだった人だ。