4.望 〜映画館
彼に引きずられるように、ぼくは駅近くのシネコンへやって来た。
この一角はイタリアをイメージしたとかでちょっと異空間に迷い込んだかの錯覚を覚える。
それはともかく、だいたい、なぜ初めてあった人とぼくは映画を観にこなくてはならないのだ。
そう思いながらも、なんだか彼には逆らえないものがある。
ぼくは押しに弱い。
これは生まれた時からかもしれない。
「映画にはやっぱりポップコーンだよね」
甘い香りのするキャラメルポップコーンを、彼は口一杯に頬張ると満足そうな顔をした。
まるで子供みたいだ。
ぼくはコーラを飲みながら、なんだか盗み見るように、彼のおいしそうに食べる顔へ目をやった。
ポップコーンを三分の一ぐらい食べたところで、彼は急にぼくの前にポップコーンの入れ物を差し出した。
「ごめん、気付かなくって」
「ゴホッ、ゴホゴホ」
ぼくはまるで、いけないことをしているところを見とがめられたかのようにびっくりして、口に入っていたコーラの一部を気管に流し込んでしまった。
「大丈夫?」
「あっ、う、うん」
まだすりむいた様にひりひりする喉で答えた。
「欲しいならさ、手ぇだせよ。俺、気利かないからさぁ」
彼はスクリーンを観たまま、ぶっきらぼうに言う。
「あっ、いや……」
ぼくが彼の方を時々見ていたのを、どうやらポップコーンが欲しいのと勘違いしたらしい。
そんなに、もの欲しそうな顔をしていたのだろうか?
物欲しそうな顔って……?
なんだかはずかしくなって、うつむいてしまった。
本編が始まっても、隣の彼が気になってなかなか映画に集中できないでいた。
彼は何者なのだろう?
突然ぼくの目の前に現れ、何のためらいもなくぼくを自分のペースに引きずり込んでいる。
だがそのうち、その疑問も忘れて、ぼくは映画の世界にのめりこんでいった。
そして、主人公を助ける為に恋人が撃たれて死んでしまう場面で、ぼくは不覚にも目に一杯の涙をたたえてしまった。
でも、その涙は主人公に同情してのものでも恋人に対するものでもないような気がする。
なんていうのか。
まあ、どっちにしろ内海くんと一緒でなくてよかった。
涙しているところなど見られたら、また、彼にぼくをからかうネタを提供してしまっただろう。
いや、案外、内海くんのほうが先に泣き出していたかもしれない。
以外に彼は、ぼくより涙もろいほうだ。
内海くんは、そんなとき、必ず言う言葉がある。
『男は女より情が厚いのだ』と。
でも、ぼくは情が厚いか薄いかと涙の関係は無いと思うのだが。
涙を流さずとも悲しいときは悲しいし、空涙というものもある。
ふと、彼のことが気になって右側を見た。
あちらこちから響いてくる鼻をすする音とは反対に、彼はあくびをしていた。
映画が終わる頃には、彼は映画ではなく夢を見ているようだった。