3.望 〜俺という彼 2
ぼくには、彼の後を追うのが精一杯で、ボールを奪うことなどとうてい出来なかった。
その間、何度となく彼は器用に同じ枝と枝の間にボールをくぐらせる。
彼の目には、ボールとバスケット代わりの枝しかはいてっていないようだった。
ぼくという存在が忘れ去られているように。
だが、しばらくすると彼は、ぼくのペースに合わせてくれるようになった。
彼の背中しか見ることの出来なかったぼくを、やっと、前へ回り込ませてくれた。
右、左、右
フェイント!
彼はぼくの攻撃を軽々とすり抜ける。
彼のボールが取れそうで取れない。
まるで彼の手とボールが強力なゴムでつながれているようだ。
いつしかぼくは、このゲームが楽しくなっていた。
なんだか懐かしい感覚だった。
ひょっとした弾みに、ぼくの足が彼の足を引っ掛けてしまった。
あっという間に、彼は地面に倒れた。
「ごめん」
謝りながら差し出したぼくの手につかまろうとして、彼は急に手を引っ込めた。
砂にまみれた手と体をはたきながら、彼は立ち上がった。
彼がパンツの裾を少したくし上げると、砂のついた右膝には血がにじんでいる。
ぼくは近くにある水飲み場へ彼を連れて行った。
「ちょっとしみるかも」
ぼくは、彼のけがをした膝に水をかけるまえに声をかけた。
かがんでいたぼくは、彼を見上げた。
のぞきこんでいた彼の顔が、すぐ目の前にある。
まじかで見た彼の顔は、長いカールのかかったまつ毛に縁取られた二重。
しかも黒目がちの大きな眼をした女顔である。
ぼくなんかより、彼の方がよっぽど可愛い顔をしている。
きっと、彼もぼくと同じように幼少時代には女の子と間違えられていたに違いない。
ひょっとして、今もかもしれない。
なんとなく親近感がわく。
まあ、ぼくはといえば、もう女の子に間違われることもなくなったが。
彼の膝に水をかけながら、ぼくは以前にもこんなことがあったような気がした。
「しみる?」
彼をもう一度、見上げながら聞いた。
「大丈夫」
言葉とは裏腹に眉根にしわをよせている彼が、なんだか微笑ましかった。
彼は洗い終わった手足をハンカチで拭きながら、ぼそっとつぶやいた。
「ありがとう」
語尾は聞き取れないぐらい小さかった。
傷口からは、まだ血がにじんでいる。
ぼくが鞄から絆創膏を取り出そうとすると、チケットが落ちた。
彼はそのチケットを拾い上げた。
「二枚? この映画、確か今日までじゃん」
「一枚は友たちの分だったけど、もう要らなくなった」
彼の膝に絆創膏を貼ってあげた。
「彼女と行けば」
「そういう人いないよ!」
思わずぼくは声を荒げてしまった。
みんな同じだ、彼女、彼女って。
なんだかがっかりした。
彼だけは、そんな普通の人が言うようなきまり文句を口にしないと、勝手に思っていた。
「ふ〜ん、じゃあさ、俺と行かない?」
こんな可愛い顔していて、彼も自分を俺って言うんだ。
なんとなく、顔と言葉のアンバランスさを感じた。