26. エピローグ
あの日以来、悠希に逢うことはなかった。
お見舞いは、彼女が拒んだからだ。
『映画のことなんだけどさ、好きな人がいたらやっぱり死にたくないって思うよね。二人とも生きられる方法を考える。だから俺、絶対に病気に負けない。でも、望に逢っていたらそれだけでいいって思っちゃうから、治るまでお預け』
別れ際のふざけたような言い方とは裏腹に、それは悠希の本心だとわかったから。
彼女の意思に副おうと思った。
そうじゃない。
なにより、ぼくが彼女に逢いに行ったら、昔のように突然彼女が消えてしまうのではないかって、そんな不安を感じていたからだ。
だから逢いにいけなかった。
あの日以来の生活は、まるで悠希に再会する前に戻ったようだった。
真理先輩もなにもいってこないし、ぼくからも聞かない。
それは悠希が生きている証拠だって思うから。
高2になった始業式の帰り道、いつもの公園を歩いていた。
満開の桜の下を入学式に向かう新入生や母親たちとすれ違う。
桜のトンネルの向こうは真っ白に輝いていた。
まるで新入生達の希望が光っているように。
希望か
『悠希の希は望と出会って希望になるんだ』
そんなキザな台詞を小さいころから悠希は恥ずかしげもなくいってた。
桜吹雪の向こうに、また人の形が現れた。
光の中から生まれ出たように。
目を細めてその姿を仰いだ。
同じ高校の制服を着た少女が駆け寄って来る。
肩より少し長めのストレートヘアー。
「おひさしぶり」
ぼくは平静をよそおった。
「ちぇっ、わかっちゃった?」
ちょっこっと頬を膨らませている。
どんな姿で彼女が現れようとも、もう見間違えることはないと思う。
「元気になったんだ」
「うん」
彼女は大きく頷く。
「でも、これカツラ。まだ短いから」
照れくさそうに前髪を引っ張る。
「望の趣味にあわせました」
「ぼくの趣味?」
「そう」
「どうして? ショートもすきだよ」
「えー、そうなの。望は絶対ロング派だと思ってたのに」
ぼくはかすかに微笑んだ。
「それも似合ってるよ」
「だろう、絶対いけてると思ったんだ。奮発したんだぜ」
悠希は首を振って髪を空中に泳がせた。
「その制服」
「一年の悠希です。先輩、よろしくね。うふっ」
スカートの左右を軽くつまんで小首をかしげ、右足を後ろに引いて軽くポーズを取る。
「俺にまかせとけ。悪い虫は追っ払ってやるぞ」
俺の後ろからうわずった声がする。
「真理!」
悠希がうれしそうに声をあげる。
「さっそく、こいつを追っ払ってやろうか?」
「望はいいんだ、ぼくの大切な人だから」
?
「た、た、た、大切な人! お、俺は認めねえからな」
「うるせえな、真理はあっちいってろよ。ぼくは望と話がしたいんだから」
? ?
「毎日見舞いに行ってた俺よりも、一度も来なかった薄情なこいつがいいのか?」
「あたりまえじゃん。好きな人には元気な姿しか見せたくないの、ぼくは」
? ? ?
「? ぼ、ぼく??」
「“わたし”だと、まだちょっと抵抗があってさ。俺よりいいだろ、ちょっとは女の子らしくってさ」
「まあ……」
五十歩百歩というか、“ぼく”とか“俺”とかの問題よりも話し方の方が問題?
一年近く経ったぼくの身長は、彼女より少し高くなっていた。
そして、今彼女は自分のことをぼくといい、いつの日かわたしというようになるだろう。
たぶん…かな?
やがてぼくも俺に変わるときが来るかもしれない。
ぼたん雪のように降り注ぐ桜の花びらを身にまとった彼女を見つめていたぼくの心臓が、一瞬ドクンと大きく波打った。
今まで読み続けていただきましてありがとうございました。