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25. 望 5 〜葬儀

ラブホの話が出てくるのですが、なんたって望と悠希ですからちっともエッチじゃない。

それでも気になる方は避けてください。

といって、期待されても困るのですが(f^^)


まりちゃんから悠希が病気だと聞かされた次の日、彼からメモを渡された。

悠希の住所。


彼がどんな気持ちでぼくに渡したのか。

それを思うとそのままゴミ箱送りにはできなかった。



そうなの・か・な?




悠希の家へ近づくにつれて多くの喪服の人々を見かけるようになった。

ぼくはだんだん不安になってきた。


道の両側に並べられた多くの花輪を目にしたとき、胸を締め付けられる思いだった。




―おばさん?

多くの喪服にまぎれて悠希のお母さんがいた。


「ひょっとして、望ちゃん」

ぼくと目が合うと懐かしい声とともに近づいてきた。

「望ちゃんでしょ、弘前さんちの」

「お久しぶりです。この度は……」

おばさんの後ろから現れた人影に言葉をあわてて飲み込んだ。


「よっ! なに望、泣きそうな顔しての? 大石のおばさんと知り合い?」

場違いな明るい声音ににぼくは細かく首を振った。

「もしかして、俺に逢いに来てくれたの?」

「まりちゃんが変なこというから」

「なんて?」

「あっ、いや」

悠希が亡くなったと勘違いした、なんて、本人前にしていえないよ。


悠希は耳元で囁いた。

「俺が死んだとでも言った」


心臓がバクバクした。

悠希の顔が近づいたからか、それとも、彼女の死というものを身近に感じたせいか?


「俺、望と話しあるからちょっと遅くなる」

「話なら家ですれば。わたしだって望ちゃんとお話したいもの」

「母さんは、まだ手伝い残ってるんだろ」

「ゆっくりしていったっていいじゃない、ねえ、望ちゃん」

「俺たちこれから行くとこあるの」

「そうなの?」

 おばさんは名残り惜しそうにぼくたちを見送った。






「どこ行くの?」

黙ったまま歩く悠希の後にぼくは続いた。

「身体の方はいいの?」

「まあ」

曖昧な返事をする。


彼女は後ろのぼくを気にする様子もなく、ただ歩いていく。

ぼくがこのまま立ち止まったとしてもそのまま気づかずに行ってしまうのだろうか?

にじんでくる涙を暗くなった空を見上げることでかろうじて止めるられた。

なんだろう、この気持ち?



いきなり立ち止まった悠希の背中を目前にぼくも止まることができた。



「なあ望、望が嫌だって言うなら、俺、もう逢いに行かない。

だから、最後にひとつだけ頼みきいてくれる?

おれを覚えておいて」

「なにいってるの」

そのときは、悠希の本当の言葉の意味を理解していなかった。




悠希にぼくは手を強くつかまれ派手な建物の中に引きずりこまれた。


「な、なにするんだよ!」

大声をあげたかったが、そんな雰囲気の場所でもなかったのでなるべくこらえた。

「子供の頃、約束したじゃん」

うつむいて口をとがらせてぼそぼそとしゃべる。


「約束なんかするわけないでしょ。ここって、あの……いかがわしい場所でしょ」

「く、くっ、くっ、くっ、いかがわしい場所だって」

悠希はつぼにはまったらしく必死に笑いをこらえながら体中を震わせている。


「帰る」

「お・し・ろ」

「なに?」


ぼくの質問に対して一呼吸おいて、やっと笑いがおさまったのか悠希は話し始めた。

「望が子供のころ、『お城だ!』といってよろこんでたろ」


幼稚園の頃だろうか、ここができたのは。

両親に連れて行って欲しいといって断られたことがあった。

今考えるとあたりまえなんだけど。


「俺にいったじゃん、連れてってくれって」

そ、そういえばそんなことがあったかもしれない。


あの頃、親でだめなときは悠希に頼んでいたような気がする。

悠希はまるでぼくのスーパーマンだった。なんでもかなえてくれる。


だけどあの日は、あっという間に作戦は失敗した。

冒険だ! といって勢いよく飛び込んだぼくらは、すぐ従業員見つかってに追い出された。

大人になってからおいでって。


うん?

「あ、あれは」

悠希は首を傾げて、どぎまぎしているぼくをみる。

このしぐさにぼくは弱い。


「俺、望との約束は必ず守る。お嫁さんにするのは無理だけど婿さんならいいよ」

「あたりまえでしょ」

「結婚してくれるの?」

「そうじゃなくって」


「望、部屋に入ったことある?」

悠希の話は、昔からコロコロネコの目のように変る。

「決まってるでしょ!」

「入ったことあるって」

「あるわけない!」

声を張り上げると同時に、中年の男女が入ってきた。


ぼくと悠希は、回れ右をするように後ろを向いた。

ぼくは学校帰り、悠希も葬儀ということで制服を着ていた。

ぼくたちのことを話しているらしいぼそぼそとした女性の声が通り過ぎるのを確認してから、ゆっくりとぼくは振り返った。

受付に立ち止まっている女性がちらりとこちらを見るのと視線が合った。

彼女は急くように男性の腕を引き消えていった。



「なあ、部屋、気になんない」

興味がないといったら嘘になる。

外観がこんなに派手なのだから部屋はさぞかし立派なのだろう。

「やっぱ気になるだろう。なっ、社会見学と思えばいいじゃん。みるだけだから。なにもしないよ」

う〜ん、男子が女子にいわれる言葉でないような。

まあ、ぼくと悠希の間はいつもそうだったのだけど。

「なっ、いいだろ」

甘えた声を出す。




悠希の言葉に押し切られる形で部屋を借りることにした。


部屋に入った悠希は首を一巡させると丸い大きなベッドにダイブした。

「うへー! なにこのボタン」

ベッドのリモコンをいじくり始める。

「わっ!」

ベッドが回り始めたり、カラフルなライトが点滅した。

悠希は、ぼくを巻き込んでひとしきり遊んでいた。


しばらくして、暗い天井に一面の星を映しゆっくりとベッドが回る状態に落ち着いた。

彼女はベッドの真ん中で大の字になって天井を見つめている。




「のぞむ。俺をみてくれる?」

ぼくはベッドの端に正座をして星を見上げていたが、彼女のほうに目線を落とした。


「俺を覚えていてくれる?」

悠希はジャケットのボタンを外しブラウスのリボンに手をかけた。

「なにして#$%&@*??!!!!!」

悠希から視線を外した。


「望には覚えておいてほしいんだ」

「精密検査これからなんでしょ、だったら」

「傷が付く前の本当の望の身体」

「どうしてそんなことをいうの。

ぼくを恨んでるわけ、ぼくの代わりに死ぬかもしれないから。だから今頃になって現れたの!」


悠希がそんなこと思っていないことぐらいわかる。

だけど、今頃現れて死ぬかもしれないなんて話を聞かされて、ぼくはどうすればいいの。



もし、悠希が昔いっていたようにぼくが間違えて本当の彼女の身体に入ってしまったのだとしたら。

本当はぼくが死ぬはずだった。


「きみが女の子になっちゃったのも病気になったのもぼくのせい」

悠希は困っている。

ぼくが困らせている。



沈黙が怖い。


さらにひどいことをぼくはいってしまいそうで。





「なんかさ、男だとか女だとかもうどうでもよくなった。俺は俺だし」


俺は俺だと言い切る悠希がうらやましかった。

ぼくはなんなんだろう。


「それより、この身体守れなかったことがくやしくって……ごめん」

両腕で悠希は顔を覆った。



「だったら守ってよ……」

悠希まで届くかどうかのボリュームの声にはかすかなビブラートがかかっていた。




「最後まで守ってよ。

もとに戻るまで。

いつだってそうなんだから悠希は! 勝手に引っ掻き回してなにもいわずにどこかへ消えちゃう。

引っ越していったときも今度だってきっと。


それに、

  それに、

引っ越してすぐに遊びに来たときも黙って帰っちゃって」




いつ起き上がったのか悠希はぼくをみている。

「あれは」

「なに」

「望に嫌われたくなくって」

「どうして?」

「盗るな、っていったろ」

「なにを?」

「おばさんたちを」

「えっ?」

「俺がおばさんたちと話してたら、不愉快そうにしていて、それから、盗らないでって」



そういえばそんなこといったかもしれない。



「だから俺、望に嫌われると思って」

「あ、あれは」


悠希とせっかっく逢えたのにお母さんたちとばかり話しているから。

ぼくは悠希と話したかっただけなのに。


「なんだよ」

「あれは、その……」

口が裂けてもいえない。



「いつも、望を苦しめて、ごめん」

「そんなことないよ」

「俺、望をすきなだけなのにな」



「ぼく……」





「なあ、後ろから抱きしめてくれる? あっ、い、いやだったらいいんだよ、べつに」

悠希は顔を桜色に染め目線を合わさないようにした。

いつでも悠希の提案は唐突でぼくを驚かせる。


そして、いつもぼくはそれに逆らえない。



ぼくはおそるおそる彼女の背中から両手を前に回した。

悠希の身体は一瞬強張ったが、力が抜けると細いわりに柔らかかった。


本当は、ぼくが入るはずだった身体。


悠希は生まれる前の記憶があるという。

ぼくが間違えて悠希の身体に入ってしまったと言っていたけれど、それが本当か嘘かぼくにはわからない。

ただ、今、それは大したことはないいような気がする。





「友だちがいってたんだ。こうしてもらうと、女の子でよかったなって幸せ感じるって」

「悠希は男の子なんでしょ」

なんだか照れくさくって、わざと意地悪を言ってしまった。

でも、ほのかに伝わってくる暖かさは、ぼくのかたくなだった心を少しだけ溶かしていくような、そんな気がする。

「い、いや、あの……だから、男だとか女だとかじゃあなくって」

「自分でいったんだよ、女の子でよかったって」

「それは」

悠希の顔は見えないけれど、彼女の口をとがらせて丸く膨らんだピンクのほっぺたが目に浮かぶ。




ぼくはいつも、自分の居場所がここではないと感じていた。

それは子供の頃悠希がいつも『ぼくが男で望が女の子だよ』そういていたせいだと思っていた。


それも、今は違う気がする。



自分の居場所は心の中にあるのかもしれない。


だれかの

そして

自分の




「すきだよ」

髪をかすかに揺らほどの囁き


ちいさい、だけどピンと張った弦の音色のように透き通った響きは、

ぼくの心もほんの少しふるわした。


今までのがむしゃらな悠希の思いよりも


「ぼくは……悠希が想ってくれるほど、想うことできるかわからない」

「そんなのかまわない。望が望であれば」

 ぼくはぼくと胸をはって言える日がぼくにもやってくるのだろうか。


残すところエビローグのみになりました。

あとしばらくお付き合いをお願いします。

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