24.悠希4 ひとめぼれ
「ひどいよ! 悠希! なんでいってくれなかったの」
俺の唇が真理の頬にかすかに触れたとき、大きなドアの開く音と同時にナオの怒鳴り声がした。
真理はドアが開くと同時に立ち上がった。
「あっ」
かすかな声とともに開かれたナオの口はしばらく閉まることはなかった。
「こいつ、従兄のまり、いや、真理」
「はじめまして、小向ナオです」
「あっ、どうも」
二人ともなんだかぎこちない。
真理はともかく、人見知りしないナオの様子までなんとなくおかしい。
ひょっとして、見られたのか?
「じゃ、俺、失礼します」
「もうお帰りになられるちゃうのですか?」
なんだ、この変な敬語は?
「はい」
「残念ですわ、せっかくお会できましたのに」
「失礼します」
まるでロボットのようなギクシャクした動きで真理は出て行った。
「ごきげんよう」
満面の笑みをたたえてナオは見送った。
「さすが悠希、あんなかっこいい人が従兄にいるなんて。ああ、あたしも欲しいな」
しばらく呆けた顔をしていたナオが、早口でまくし立てた。
「かっこいいねぇ……」
そういえばナオはゴリラタイプが好みだったっけ。
「悠希! どうして黙ってたのよ」
いままでハートだったナオの目が、いきなり細くつりあがった。
「真理のこと?」
「それもあるけど、じゃなくって、勝手に部をやめちゃったこと、
それに病気のこと隠してたなんて、あたしたち、親友じゃないの!」
「ごめん」
「あんな嫌がらせぐらいで大好きなバスケやめちゃうなんておかしいと思ってたんだ。
ねえ、検査でなんでもなかったら、部に戻ってくるんでしょ。顧問もみんなも心配してるよ」
「うん」
「だったら明日、退部届け撤退に行こうね」
「それは」
「まあ、大変な病気の可能性もあるから悩むのはわかるけど、ねっ、いいほうに考えようよ。
そうだ、朝霧先輩に相談しようよ」
「うう〜ん」
朝霧先輩と聞いてなんだかドキッとした。
あの時、先輩の自分に対する気持ちをなんとなく感じちゃったから、すごく意識しちゃう。
それに、先輩のフェルモンにあてられたっていうか、次にあんなシチュエーションになったら俺、我慢できる自信ないし。
「決まりね。明日、朝霧先輩に相談するってことで」
「まった!」
立ちかけたナオの足にしがみついた。
うっ、なんてとこつかんでるんだ。急いで手を離した。
「あ、あ、あの、検査結果がわかってからってことで……」
「そうよね、悠希も結果が出ないことには心配でほかの事考えられないよね。
わかった、とりあえず保留にしてもらえるように先生に頼んであげる」
「あっ、そのことなら」
「まかせなさいって。それより、従兄のシンリさん、彼女いないの?」
「たぶん……」
俺を口説こうとするぐらいだからな。
「じゃあ、今度セッティングしてよ」
「なにを?」
「合コンとか、その〜、キャッ、デ・ー・トとか」
「はぁ?」
「それで、今回のことなしにしてあげる。よろしくね」
そういい残すとナオは帰っていった。
そして俺は、すでに退部届けは保留状態になっていることをいいそびれてしまった。