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23.悠希4 むくわれない想いに

「かあさんて、ふられたことあるの」

「まあね」

横で洗濯物をたたみながら母さんが、さらりとかえす。


「いがい。ふったことあっても、ふられたことなんてないのかと思った」

「ありがとう」

「誰にふられたの?」

「ないしょ」

かあさんは微笑んだ。



俺は、洗濯物の山からトレーナーを取るとたたんでみた。

びっくりした顔でかあさんは、俺を見た。

「な、なにも、そんな、おどろかなくったって」

急に母さんは含み笑いを始めた。


「気持ち悪いなぁ」

「だってねぇ。なにがあったのかなって」

「なにもないよ」

「今度、望くんを連れていらっしゃい」

「いきなりなんだよ」

「最近、悠希が変わったのって、望くんのおかげでしょ」

「変わってねえよ」

「望くんがお婿さんに来てくれたらうれしいわね」

「ありえないって、だって俺……もう、会わないから」

「なぜ?」

「望の迷惑だから」

「そう」

「そうって、他に言いようないの?」

「迷惑なんでしょ?」

「べつに、望がいったわけじゃないよ」

「でしょうね、あのこは悠希を傷つけるような言い方しないでしょ、ほかのこにならわからないけれど」

「ほかのこって?」

「望くんて、誰にでも優しいようでいて意外と冷たいところがあるのよ」



そうかもしれない。


小学校のときも、バレンタインにほかのこからもらったチョコを相手に返していた。

まわりに誰がいようがお構い無しにだ。

しかも “もらう理由無いから”たったこの一言を添えただけなのだ。

なかには泣き出してしまうこもいたけれど、この時ばかりはなんの慰めもなく立ち去っていく。


ほかの子には悪いけど

そんな望の態度、俺はうれしかった。


俺はバレンタインにチョコをもらうことがあってもあげることはしなかった。

俺は男だからといきがっていたけど、本当はこわかったのかもしれない。


望にとって自分もほかのこたちと同じだったら……




俺とかあさんがのどかなひと時を過ごしていると、まりがやってきた。

神妙な態度のまりを部屋に通した。



俺はベッドに腰を下ろした。

まりは俺の部屋に来たときの定位置、学習机のイスに腰掛けた。

といっても、最近はせいぜいメールのやりとりぐらいで、部屋にくることはなかった。


「まり、話ってなんだよ」

「まりって呼ぶな」

「そんなこと? ただでさえ怖い顔なのに、真剣な顔してるからなにかと思った」

「なあ」



真理(しんり)は右手を軽く握って人差し指を親指ではじいている。


何かいいにくいことがある時、決まってこのしぐさをする。

単純でわかりやすい。

ほっといたら何時間でもそうやっているかもしれない。

身体はでかいくせに意外に気は小さい。


「何がいいたいんだよ」

まりはたぶん望のことで来たのだ。

俺が望と逢ったのを知ってから、頻繁にメールをよこす。

そんなにまめなやつじゃなかったんだけど。



「悠希が望のことを好きなのはわかってる」

そんなことはみんなが知っている。

子供の頃、望が好きなことを公言してはばからなかったから。

「だけど、あいつはどうなんだ」

「関係ない」

「関係なくないだろ」

「俺が好きだから、それだけでいい」

「よくない!」

真理は立ち上がると俺を睨んだ。

「声でかすぎ」

「す、すまん」



俺の隣にゆっくりと腰を下ろし、真理はうつむいたまま再び指をはじき始めた。



「まりは相手が自分を好いてくれてるから好きになるの?」

「そ、それは」

「自分の気持ちは、相手の気持ちと関係ない」

真理が一番わかってるはず。



いきなり俺を真理は抱きしめた。

「なにすんだよ!」

あわてて真理の手を振り解こうとするが、真理の身体はびくともしない。

いつの間にこんなに逞しくなったんだろう。


「俺はおまえが」

 俺は動きを止めた。

「……すきだ」

大きな図体からは想像がつかないほどか細い声だった。



真理の気持ちには、子供の頃から気がついていた。

けど、いつも彼の言葉をさえぎって、その言葉を聞くのを先送りにしてきた。

聞いてしまったら今までの関係が壊れてしまいそうで。


なのに、今、俺はさえぎらなかった。



「あいつのことは、忘れろ」

なんで、真理の言葉を止めなかったんだろう。

「だめか? 俺じゃ」

厚い真理の胸の中で、なぜだか涙が溢れてきた。




真理のTシャツを濡らしてしまったのではないかとわずかに顔を離した。

真理の顔が迫ってくるのを感じる。

やばい。


いきなり下げた俺の頭が真理の顔面を直撃した。

「いてえ!」

 真理が悲鳴をあげた。

「ご、ごめん」

「ゆるさねえ」

「だ、だって、し、真理がわるい!」


真理は顔を赤くした。

色黒だから赤くなったのかは定かではないが、やましいところがあるのか、一瞬たじろいだのだ。

しかも、俺が『まり』ではなく『しんり』とよんだことにも気づかないほど動揺したのだから。





「あ、あのさあ、来週から検査入院だって」

「まあね」

「話さなくっていいのか?」

「誰に?」

「いや、いいんだ」

「望には関係ないだろ」

「そのために、逢いにいったんじゃないのか」

「逢いたくなったから逢いにいった、ただそれだけ」

真理は眉間に皺を寄せる。



「病気のこといってどうなるわけじゃないし」

真理に視線を向けると彼は顔を背けた。

「そ、そうだよな。い、いわないほうがいいかも。

無駄な心配かけるのもよくない。

今回はただの検査入院だし、なんでもないってことになるさ、きっと」

棒読みなセリフ。



俺は真理の頭に左腕を回し、思いっきり右手で最近伸ばし始めた髪の毛がくしゃくしゃになるほど頭をなでてやった。


「や、やめろよ」

「真理ってほんといいやつだよな」

「今頃気づいたか、

って、今、なんていった」

「二度といわねえ」

「名前、よんだよな」

「さあね」

「なあ、なっ、もう一回」

手を合わせて俺を拝む。



「そんなことより、絶対望にはいうなよな」

「そ、それは……」

「命令だ!」


「……いった」

「なに?」

「病気のこと、あいつに話した」

「なんで。望が傷つくじゃないか」

「あいつは悠希のことをなんとも思っちゃいないんだ。だから、忘れろ」

「わかってる」




今にも泣き出しそうなぐらい顔をくしゃくしゃにして真理は俺を見つめる。


俺の心を鏡で映したらきっと今の真理の顔と同じかもしれない。


真理の今の気持ちを俺が一番わかっていて、

俺の気持ちを世界中で最も理解しているのが真理だ。



「俺たち、バカだな」

俺は苦笑した。


想っても想っても振り向いてもらえないのはわかっているのに。



真理を見ていたらなんだか自分がかわいそうになって。

自分をそんなふうにいままで思ったことなかったのに。


真理のことが好きだったら

どんなに楽だろうね。


俺は優しく真理の頬にキスをした。

彼と俺の報われない想いに。

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