22.望 4 病気
「望! 悠希とデートしたんだってな!」
ものすごい剣幕でまりちゃんがぼくの教室に怒鳴り込んできた。
「好きなのか!」
ぼくの胸倉をつかむ。
「そ、そんなんじゃないよ」
「じゃあ、俺が悠希と付き合ってもいいんだな」
「彼女がよければ、いいんじゃない」
「ホントだな。 後から口出しするんじゃねぇぞ」
「はい。 でも……」
「なんだ!」
もともとドラマの刑事かヤクザと紙一重の怖い顔に凄まれて、
次の言葉を口にしていいものかますます迷った。
「まりちゃん」
「その名で呼ぶな! なんだ、新堂か」
「そんなおっかない顔で脅したら、いいたいこともいえなくなっちゃうでしょ。ねえ、望くん」
ぼくは小さく、でも素早く頷いた。
胸倉をつかんでいるまりちゃんの手を見てから、おそるおそる視線を顔に移した。
「ほーら、その顔」
まりちゃんは、副会長の緊張感のない声に手を下ろすとそっぽを向いた。
開放されたぼくは、少しずつ後ずさりをしながらまりちゃんの手が届かない範囲まで離れた。
「何かいいたいことあるのでしょ?」
ぼくはうつむいた。
いうべきか、いわざるべきか?
昔、まりちゃんが悠希を好きだっていうのは、小さかったぼくにもばればれだった。
なんに対してもストレートな彼が、悠希にだけはコクらないのが当時不思議だった。
そんな彼にいっていいものか?
「こういう男には、はっきり言っておいたほうがいいよ。 単純なわりに、恋愛に関してずるずる引きずるタイプなんだから」
「うるせえ!」
「あのー、彼女には好きな人がいるらしいです」
「おまえだろ」
「自分の命より大切な人がいるって」
「だからおまえ」
「違うと思う」
「デートしたんだろ?」
「あれは、傷心デートで」
「なんだそれ」
「彼女の好きな人がはっきりしないから彼女の傷ついた心を癒すためにというわけで」
「どあほう、傷つけた張本人が、傷心デートしてどうすんだよ。 ただでさえ悠希、傷ついてるのに」
押し殺した声が、胸に響く。
「病気なんだ、死ぬかもしれない」
死?
「検査してみなけりゃはっきりしないけど、もしかしたら命にかかわるかもしれない」
悠希が…
「…だから?」
死ぬかもしれない?
「ぼくにどうしろっていうの?」
まりちゃんは、眼を見開いてぼくを凝視する。
「ぼくは医者でもなんでもない」
言葉は淡々と口からこぼれ出た。
心は彼の言葉を理解しきれていなかったから。
「わかった。
悠希は絶対におまえだけにはわたさない!!」
ぼくの側にあった机を蹴飛ばすと彼は教室を出て行った。
副会長は肩を落とすとゆっくりと左右に首を振ると彼の後を追った。
ぼくらのやり取りに聞き耳を立てていたクラスメートたちも、先生が入ってくると急いで席にもどっていった。