21.望 4 〜金魚
黒と赤
金魚
バケツの中
泳いでる
ぼくの
落とした
パンくず
丸い口に
吸い込まれた
「金魚なんてどうしたの?」
父と一泊して帰ってきた母が尋ねた。
「金魚すくい」
「めずらしいわね。何年ぶり?」
「8年、かな?」
「ああ、お隣の悠希ちゃんが引っ越してからね、ふふ〜ん」
母の口をついてでた悠希の名前にドキッとした。
「意味深な笑い、気持ち悪いな」
「だれと金魚すくいしたのかな?」
「いいでしょ、だれだって。それより、飼ってもいい」
「いいわよ」
「ほんとに?」
「ええ」
「金魚だよ」
「いまさら何念押しているの?
いままでもいろんなの飼ってたじゃない。
まあ、金魚だけは、いつも悠希ちゃんにあげてたみたいだけど」
そういえばそうだ。
なんで金魚だけ悠希にあげていたんだ?
金魚すくい
それは唯一悠希に勝てる、ぼくの男である証だった。
金魚すくいが男の証なんて大げさだけど、
当時のぼくにとってそれはすごく重要なことだった。
男としてのプライドが保たれたのだ。
あやふやな記憶の中で
悠希は勝手にぼくのすくった金魚のなから黒と赤を選んでいた。
かたえくぼを作って笑う悠希の顔を見ると、幸せだった。
悠希が引っ越していった時
金魚すくいは、ぼくにとって意味をなさなくなった。
男の証もプライドもかたえくぼも
みんな消えてしまったから。
「悠希ちゃんどうしてるのかしらね」
「悠希ちゃんか……」
いままでそばで新聞を読んでいた父が呟く。
「双子に間違われるぐらい、いつも一緒にいたのにね。
実際、同じ日におなじ病院で生まれて、まるで他人とは思えなかったわ」
母は、含み笑いをした。
「男と女の性格がまるっきり反対で、男女よく間違われていたわね。
今でも望は女の子みたいな所があるけど」
「うるさいな!」
自分の一番気にしている所を指摘されて、ぼくはむっとした。
「一人で尋ねてきた時以来逢ってないけど
きっと素敵なお嬢さんになっているでしょうね」
父は新聞に眼をやったまま頷いている。
悠希の話題になってから父は、ぼくたちの話をずっと聞いていたのだ。
「少しも変わっていないよ、男みたいな性格」
ジェットコースター娘を思い出して言った。
「やっぱり逢ったんだ」
「いや、性格なんてそんなに変わるものじゃあないと思ってさ」
隠すほどのことでもないのに、なぜか彼女に逢ったことを言い出せなかった。