20.悠希 3 〜俺も男?
ご、ごめんなさい。11話との設定にずれが生じていたことに気づきました。(^^;
そこで、11話とこの20話、若干変更させていただきました。
ただ歩いていた。
その場から立ち去りたくって
どのくらい歩いただろう。
突然の激痛と足のもつれでその場に倒れた。
「大丈夫?」
痛みのためにしばらくは、声をかけられたのもわからなかった。
「痛む?」
肩に触れられた手で、人がいることに始めて気がついた。
少し遠のいた痛みをこらえながら顔を上げた。
「朝霧先輩、な、なんで?」
「私の家、ここ」
ありえねぇっていうほど立派な門構えの家だった。
「先輩ってやっぱ、お嬢様だったんだ」
「そんなバカ言えるなら大丈夫ね。怪我の手当てしてあげるから上がって」
先輩の部屋はシンプルだった。
本棚に机、窓際のベッド。
部屋の中央に敷かれた白いふかふかのラグの上には、丸いガラステーブル。
どれもこれもかなり大きくて立派なものだ。
俺の部屋には、入りきりそうもないほどだ。
これだけの家具が揃っていながら、閑散として見える。
本棚には、医学書が沢山並んでいる。
そういえば、医者を目指してるって聞いたことがある。
ご両親も医者だとか。
「女らしくない殺風景な部屋でしょ」
「いえ、そんな、女の子らしい…です」
語尾があいまいになっていた。
「おやじくさいって思ったでしょ」
「うん」
頷いてしまってから、急いで付け足した。
「あっ、でも、俺の部屋に比べたら、ずっと女らしいです」
「無理しなくってもいいわよ」
「俺の部屋、散らかってるから、みんなに男みたいだって」
「悠希の部屋、入ってみたいな」
「じゃあ、片付けときます」
「それじゃ意味ないでしょ」
「ん?」
「散らかり具合を見てみたいんだから」
「先輩って悪趣味」
あまりに整ったハーフっぽい顔の朝霧先輩は、大人っぽくって近寄りがたく見える。
けど、今みたいに笑っている時は、ちょっと幼く見えて、かわいくって、親しみやすい。
男ってこういうギャップにほろりといっちゃうんだろうな、ツンデレとかさ。
案外と、先輩ってそれかもね。
普段はきりっとしていて、しっかり者でかっこいいけど、恋人と二人っきりになったら、ゴロニャーンて擦り寄っちゃったりして。
うっ、変な想像しちまった。
「もう痛くない?」
「わあ!」
「なに驚いてるの?」
落ち着け、落ち着け。
「先輩に傷の手当してもらったから、平気です」
「そうじゃなくって」
先輩は口ごもる。
「ありがとうございました。もう帰ります」
急いで立ち上がろうとしたところ、手をつかまれた。
かなり強い力で。
「病気のこと、顧問から聞いたわ」
「えっ、あっ、そのこと。大した事ないです。
検査してみなければわからないし、なんでもないってことになりますよ、きっと」
「そうね」
そんなに心配げな顔をされたらなんて言ったらいいのかわかんないよ。
「こんなところ他の人に見られたら殺されそうですね」
話題を変えようと口をついて出た言葉がこれかよ。
「先輩、人気あるから」
「悠希だって」
「桁が違います」
「そんなことないわよ」
「先輩の親衛隊、迫力あるし」
「ごめんなさい」
「いえ、先輩責めてるわけじゃ」
「私のせいで、いじめられてるんでしょ。退部のことだって」
「先輩のせいじゃないですよ。俺、生意気だから」
「そんなことないよ、可愛いもの」
「照れちゃうな」
声を立てて笑ってみたけど、先輩のマジな顔見たらひきつってしまった。
なにドキドキしてんだ
俺には望がいるんだぞ。
なんか望と二人っきりのときよりもやばいかも。
どういうことだよこれ。
「彼氏と何かあったの?」
「彼氏って? いないし」
「彼氏じゃないんだ」
「?」
「今日、見ちゃった、二人仲良く歩いているの」
見られてたんだ。
「あんなに楽しそうだったのに、さっきの悠希は辛そうだった」
「望とは幼なじみで。俺の片思いなんです」
望のことは親友のナオにも話したことがなかった。
今までは、完全に心のずっと奥に閉じ込めておいたから。
でも、今はだれかに話したい気分。
今までのいきさつをかいつまんで話した。
ただ、入れ代わって生まれたとかそういう部分は省略した。
話をややこしくするだけだし、先輩に変なやつと思われるのも嫌だったから。
「どうして、今まで会いに行かなかったの?」
「引っ越してすぐ、望の家に行ったんです。最初は望も彼の家族も大歓迎してくれて。俺も望の家は居心地がよかったからうれしかったんだけど」
もうずいぶん前の話だけど、思い出すと胸が痛む。
本当の両親となるべきだった人達と望に逢えて俺は舞い上がっていた。
望の両親もすごく嬉しそうで。
俺、調子にのっていた。
その時、望がどんなに淋しい思いをしていたかなんて考えなかった。
『ぼくのおかあさんとお父さんを取らないで』
望はあの日俺にそう言った。
望と俺が入れ代わったことによる両親との歪を感じたのか。
それともただ単に、望の両親に大歓迎された俺に焼きもちを焼いただけかもしれない。
どちらにしろ俺は、ただ、望に嫌われたくなかった。
愛されたいと思う以上に嫌われたくなかった。
嫌われてしまったら、俺の存在理由が無くなってしまうような気がして。
逢いに行くのをやめた。
逢いたかったけれど、その気持ちに封印して。
「好きになってもらう以上に、嫌われるのが怖くなって。
だから、逢いにいけなかった」
自分でも声が少し震えているのがわかる。
「死ぬかもしれないって思ったら、望のことしか浮かばなくって」
背中に先輩のぬくもりを感じた。
優しく先輩の腕に包み込まれた。
「忘れればいい」
耳元でかすかに空気が震えた。
「なにもかも」
この状況に戸惑いを覚え、ますます俺の脈は早まった。
先輩の手を無理やりほどくわけにもいかないし。
いやじゃないし……
なんだ、このもやもやするのは
これって、男の本能?
なんてやつだ俺って
望をこんなに想っているのに
心と生理現象は別って
いやってほど
俺も男?
自己嫌悪
しばらくすると、どきどき感から安らかな気持ちになってゆく。
こうしていると、何もかもなかったような気がする。
赤ちゃんに戻ったようだ。
赤ん坊に戻れたら。
だけど、望を想う気持ちは消えない。
だって、生まれる前から望が好きだから。
このままずっとこうしていたい。
そうじゃない
本当は望を抱きしめたい
望を感じていたい
やっぱ、望が一番で
「あー! 帰んなきゃ!」
「具合がよくなったら部に戻ってらっしゃい」
すぐに返事を返すことが出来なかった。
「退部届け私が預かっているから。私が卒業するまでにね」
笑ってごまかした。
なんて、答えていいのかわからなかったから。
玄関で別れを告げる頃になって、現実に引き戻された。
「あのー、駅までの道、教えてもらえますか?」
イケてねぇー!