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19.悠希 3 〜 雨

五月に行われる日枝神社のお祭りは、よく雨が降る。


雨乞いのお祭りだからだと、母さんから聞いたことがある。




子供の頃は、お祭りに降る雨は嫌いだった。


せっかくの屋台見物も雨が降ったら台無。


けど、今日の雨は恵みの雨。




望の家で二人の時間をもてたから。




逢う前は少しでも一緒に過ごせれば、それだけでいいと思ってた。


なのに、会えば会うほどずっとそばにいたくなる。

離れられない。


こんな気持ちになるなら逢わなけりゃよかった。



逢わなかったら






来週は検査入院がまっている。


簡単な手術で組織を調べるらしい。


その結果が最悪の場合、死を覚悟しなくてはいけないかもしれないって。


そうなったらもう望に逢えない。


そんなの耐えられない。


だけど、それは望のためなのだからと、ジレンマに陥る。





病気のことを望に話してしまえば楽になれるのだろうか。


そんなことをしたら、望を苦しめるだけ。


せめて、望との楽しい時を刻もうと思っていただけなのに。


一緒にいればいるほど好きになっていくのに、心は、どんどんすれ違う。


絶対交わることはないの?







「悠希の方こそ、自分の命より大切な人がいるんでしょ」


それって望のことだよ。

どうしてひとこといえないんだろう。


子供の頃は、素直にすきっていえたのに。


「焼きもち焼いてくれてるの? 脈あり?」


なんだかひねてる、俺。


「そんなわけないでしょ、悠希なんてぼくのタイプじゃない」


「じゃ、どういう人が好み?」


「それは……優しくて、控えめで、女らしくって、悠希とは正反対な人」


「この間のラブレターの彼女とか」


「彼女は……」



そのとき、初めて、望が時計を見た。



なんかさ、取り残された気分だったよ。


「お似合いじゃん、付き合えば」




幸せにね。


死ぬかもしれない俺なんかよりも、彼女の方が望のため。



素直じゃない。



「そうだね、きみよりよっぽど女の子らしくていいかもね」


否定してよ。


「俺、帰る」


「ぼくもこれから出かけるから、駅まで送っていくよ」


引き止めてくれないんだ。


だよね。




俺がどんなに思っても、望の心が手に入らないのはわかってる。


なんか、そんな気がしてた。


生まれた時から。


俺はずっと片思い。


きっと、生まれる以前から。








外へ出たとき、もう雨はやんでいた。


心は天気とは裏腹、雨が降り出した。




マンションの前で望に見送られると、駅の方へ歩き出した。


しばらくして振り向くと、駅とは反対方向に駆け出す望の姿が見えた。


望の後を追って駆け出していた。


慣れない下駄の上に浴衣の裾が絡んで走りにくい。




なぜ、俺、追いかけているんだろう?


どうしたいんだろう?





神社周辺は、望と歩いた時よりもっと人が増えていた。

歩くがやっと。


望を捜して鳥居まで来ると、望と浴衣姿の少女が境内の人ごみへと飲み込まれていくところだった。



ラブレターの彼女と?

どうして?

俺と約束の日に彼女とも?



今までの楽しかった時間が核爆弾で一気にぶっ飛んだ。


変わってしまったの?




お参りをした後、二人は楽しそうに屋台を見て回る。


金魚すくいのところで彼女が立ち止った。彼女は金魚すくいをするつもりらしい。


望にもいっしょにやるように勧めている。


二人だけの大切な思い出が消えていく。




俺のつかんでいる袋の中に、さっき望の捕ってくれた金魚が泳いでいる。



子供の頃、スポーツでは俺に何一つ敵わなかった望。


唯一俺に勝てるのは、金魚すくい。


いつも一匹もすくえない俺に代わって、望がたくさんすくってくれる。


なのに、何匹捕っても屋台のおじさんは、二匹しかくれないのが悔しかった。


かといって自分が一匹も取れなかったのを思い知らされるように泳ぐ自分の分の一匹をもらうのも嫌だった。


それに仲間はずれを出すのも気が引けて、望の二匹だけをいつももらって帰った。




彼女は結局一匹もすくえなかったらしく、おまけでもらえる一匹をもらっていた。


望のすくった金魚はいない。


思い出は、わずかのところで消えなかった。


俺が連れている二匹の金魚が、なんだか誇らしげに泳いでいるように思える。




俺、何してるんだ?

望の後をつけるなんて。

こんなのよくない。

だけど





二人は川沿いを歩いて行く。


神社から離れてくると、徐々に人通りも減ってきた。



しまいには、前を行く望たち二人と放れて歩く俺だけになっていた。


彼女が望の腕に手をまわした。


望はあわてた様子で腕を引き抜こうとした。


彼女に何か言われてやめた。




しばらく腕組みをしたまま歩いていた二人は、立ち止ると見詰め合った。


あまり背の高くない望だが、彼女はさらに背が低い。


彼女が背伸びをした。




やっぱりだめだ、そんなの……


金魚の入った袋の紐が俺の手をすり抜けて落ちた。


かすかな音に気付き横を向いた望の頬に彼女の唇が触れた。

大変ご無沙汰してました。

春に書いていた話が、載せるころには秋もめちゃくちゃ深まってしまいました。


これからもよろしくお願いします。

よろしかったらブログにも遊びに来てください。

更新はのろいですが……

http://ihori.seesaa.net/

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