15.望 2 〜ラブレター 4
朝からなんとなくクラスメートのよそよそしい雰囲気を感じてはいた。
始めのうちはごく一部のひそひそ話を見かける程度で、それがぼくに向けられているものとは思ってもみなかった。
放課後まじかになると、ぼくのことを噂していると感じるようになった。
「よう、聞いたぜ、望!」
隣のクラスの男子と前のドア付近で話をしていた内海くんが、ぼくの所へやってきた。
「なにを?」
「すっげーな、望。 恋人いない暦十六年から、いきなりあんなかわいこちゃんゲットか」
「えっ?」
「俺もさあ、適当なとこで妥協するべきじゃなかったな」
「なに言ってるんだよ、内海くんには可愛い彼女いるじゃない」
「それがさあ、ここんとこうまくいってなくってさ、って、俺の話してるばあいじゃないつうの。 で、どうなんだよ」
「あ、彼女は、ただの知り合いで……」
「聞いてないぞ、そんな話」
「別に話すようなものでもないし」
「親友の俺にぐらい話したっていいだろ、そんなおいしい……いや、大切な話」
「そうかなあ」
「そうだよ、俺にだってチャンスがあったかもしれないし」
「なんの?」
「そりゃー、なんだなあ、お友達になる、だよ」
「彼女はやめておいた方がいいよ。 口は悪いし、乱暴だし、それに女っぽいとこ全然ないし」
ぼくは、彼女の悪いところばかりを並び立てた。
でも、悪口を言ってしまった罪の意識から、申し訳程度の褒め言葉を蚊の鳴くような声で付け足した。
「まあ、顔は、かわいいけど」
「亜紀ちゃんて、そんな娘には全然見えないけどなあ」
「あき……あっ! 忘れてた」
「なんだよ、誰の話してたんだよ。 他にも女いるのか? 絶対許さねえ、こいつ!」
内海くんの怒りをよそにぼくは、制服のポケットから少し皺の付いた封筒を取り出した。
「へー、これか」
内海くんは、ぼくの手から封筒を奪い取った。
「う〜ん、いい香りだ。 なんだ、まだ開けてないのか? 俺が開けちゃうぞ」
「どうぞ」
女の子からの手紙、そんなものはぼくにとってどうでもいいことだった。
と言うより、逆に気持ちいいものではなかった。
なんだか、ぼくの知らないところで勝手に自分のことを考えている人がいると思うと薄気味悪い。
「本当にいいのか?」
内海くんの拍子抜けした声がする。
「手紙なんてどれもいっしょでしょ」
「ラブレターだぞ! ラブレター! 恋文!」
「どれもこれも集約すれば、好きです、付き合って下さい、この二つ」
「そんなこと言って望、ラブレターもらったことあるのか?」
ぼくはうなづいた。
「まあ、一通だよな」
「もう少しかな」
「三通ぐらい……」
内海くんは指を五本、六本と増やしていく。
「……えー! なんだよそれ! いつの間にそんなにもらってんだよ。 なんだか無性に腹たってきた」
内海くんは封を切り、中に入っていた便箋を取り出そうとしている。
『失礼なんじゃないの』
突然、彼女の言葉が思い出された。
「返してよ!」
取り戻そうとしたぼくの手は虚空をつかんだ。
「ふ〜ん、これが、今話題の恋文ねぇ」
見慣れない男子が、ぼくのつかむはずだった手紙を持っている。
「だ、誰だ、おまえ?」
内海くんが大柄な見慣れぬ男子を見上げながらたじろいでいる。
「望の幼なじみ」
疑わしげにぼくを見る内海くんに、ぼくは首を左右に激しく振った。
「どいつもこいつも、どうしてこんな優男がいいんだろうね」
「ぼくはわからないでもないけど」
体格のいい男子の後ろから長身で細身の眼鏡をかけた男子が現れた。
「副会長!」
内海くんとぼくは一斉に声を上げる。
「光栄ですね、時の人に覚えていてもらえるなんて」
どう考えたって、ぼくより新堂先輩の方が有名人だ。
なんてったって会長よりも知名度が高い副会長。
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗。
眼鏡は伊達でヨン様のように美しすぎる顔を隠すためという噂もある。
「岩城が、弘前望という名前に聞き覚えがあるっていうから、ついてきました」
岩城? どこかで聞いたような……
ベース型の顔に太い眉毛。
どこか人を威圧する態度と身体。
「悠希の再従兄妹だ」
ゆうき? ゆ・う・き……
ゆうきちゃん?
そうだ、小学二年まで隣の部屋に住んでいた男の……いや女の子。
そういえば彼は、たしか、悠希ちゃんの家によく遊びに来ていた。
あーっ!
「まりちゃん!」
「その名で呼ぶな!」
ぼくが女の子と間違えられていたのが嫌なように、彼も外見には似つかわしくないこの名前にコンプレックスを持っていた。
と言っても、本当は『まり』ではなく『真理』と書いて『しんり』と読む。
「へー、まりちゃんねえ」
副会長が茶化す。
「悠希が勝手に呼んでいただけだ」
「初恋の人にはそう呼ばせていたんだ」
「うるさい!」
「彼女、こっちへ…」
「あっ!」
副会長の言葉を遮ってぼくは声をあげてしまった。
「会ったのか!」
まりちゃんが声を荒げる。
「たぶん」
ぼくは、弱々しく答えた。
ぼくと同じ日に同じ病院で生まれた、オテンバでガキ大将のような女の子。
反対にぼくはいつも悠希ちゃんの後ろに隠れているようなおとなしい子供だった。
だから大人達には、男と女反対に生まれてくればよかったのにねと言われた。
そうだ、あのジェットコースター娘は悠希ちゃんに雰囲気がそっくりで、顔も面影がある。
なぜ今まで気付かなかったのだろう。
「たぶん?」
「彼女、名乗らなかったから今まで気付かなかったけれど、たぶん、彼女が悠希ちゃんだと思う」
「なに話したんだ!」
岩城さんがぼくの胸倉をつかみかかった。
「べつに」
彼女とまた会う約束をしたなんて言ったら、彼はぼくを殺しかねないほどの殺気を放っている。
「べつにって」
岩城さんが唸る。
「今朝まで彼女のことを男だと思っていたくらいだから……」
「プッ、やっぱり悠希ちゃんて、男の子みたいな娘なんだ。 ますます会ってみたいね」
「新堂にだけは会わせねえ」
「でもまあ、岩城が心配するようなことは二人の間には無かったようでよかったじゃないか」
副会長の言葉にあまり納得した様子ではなかったが、まりちゃんは教室を出て行った。
「あのさあ、本当の本当にラブレターそんなに沢山もらったことあるのか?」
内海くんは聞き取るのがやっと出来る位の声をかけてきた。
「まあ、バレンタインのチョコと一緒にとか……内海くんはないの?」
「そんなこと、俺に訊くなよ」
「でも、みんなもらっているのが当たりまえかと思っていたから」
ぼくのおなかに内海くんの軽いパンチが入った。