12.望 2 〜ラブレター 1
バスケ好きの少年に出会って、十日程経った朝だった。
あれから随分経ったような、すべて夢だったような、不思議な感じだ。
あの日も今日みたいによく晴れていた。
いつものように、反対側の電車に乗る勇気も無く、人の波に乗っていつもの満員電車に乗ろうとしていた。
「あの〜」
一瞬、あの時の少年かとドキッとした。
まっすぐ伸びた艶やかな長い黒髪は明らかに彼とは違う少女のものだった。
隣のクラスのアイドル的な存在の少女だ。
ぼくらのクラスでも時々話題にのぼる。
たしか……
ぼくの前に桜の押し花がついた封筒が差し出された。
反射的にぼくはそれを受け取った。
さくら
「あっそうだ、桜木亜紀!」
へんな名前だって思ってたんだ、春と秋が一遍に来たみたいで。
ぼくが手紙から視線を上げると、そこにはほのかに甘い香りが漂っているだけだった。
次の瞬間、いきなりぼくは肘をつかまれ人の波から引っ張り出された。
そしてそのまま、反対の電車に引きずり込まれそうになった。
ドアは無常にもぼくをはさんだが、ゆっくりと開くとぼくを飲み込んで再び閉じた。
車内アナウンスが流れる。
「無理なご乗車はおやめください」
ぼくは辺りの冷たい視線に小さくなりながら、顔のほてって行くのを感じていた。
しばらくして我に帰り、自分を引っぱってきた人の顔を見た。
あの日の白いトレーナーの少年だ。
「座ろう」
ぼくの通う高校とは反対方向に進む電車の中はすいていた。
「あっ!」
思わず大声を上げてしまい、今度は耳まで熱くなった。
ぼくは初めて気付いた、彼が女の子であったことに。
今時、誰もが制服のスカート丈をとても短くしているなか、膝の辺りまであるスカートをはいた彼、いや、彼女が目の前にいる。
「きゃっ、どこみてるのよ〜ん」
ぼくの目線がスカートにあることに気付くと、わざとらしく彼、いや、彼女がスカートの裾を鞄で隠した。
彼女は兎がぴょんとはねるように座席に座り、隣の席を手で叩いてぼくにも座るよう促した。
隣にぼくが座ると彼女はぼくの耳に囁いた。
「男だと思ってたんだろ」
すぐさまうなずいてから後悔した。
普通、こういう時は否定すべきではなかったのだろうか?
今、目の前にいるこの人は、紛れも無く女に見える。
でも、始めて会った時は男だと疑わなかった。
まあ、見た目は女と言った方が自然なんだけど……
だけどそれは、容姿というより雰囲気だった。
「正直だね。でも、気にしなくていいよ。俺、全然気にしてないから」
少しは気にした方がいいんじゃないの……口まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
もったいないな、女の子としてかなり可愛い部類に入るのに……
「俺、本当は男だし」
「……?」
「きみは考えたことない、女だったら良かったのにとかさ」
「ぼくは男だ」
大声を出しそうになったが、抑えた。
小さいころにはよく女の子に間違われ、女の子だったら良かったのにと言われ続けた身としては、こういった会話には過剰に反応してしまう。
「きみは本当にきみなの?」
「ぼくは……」
言いかけて言葉に詰まる。
なんて言っていいのか分からない。
本当に、ぼくはぼくなのだろうか?
いつもの疑問が心をかすめた。
今の生活になんの不自由も不満もない。
なのに、なぜか分からない居心地の悪さ。