11.悠希 〜バスケ部
「ざーけんじゃねえよ! そっちの方からぶつかって来たんじゃねぇか!」
二年の先輩に向かって俺は叫んだ。
「あんたがぼさっとしてるからよ。 だいたい生意気なのよ、一年のくせして」
ただ今バスケ部の練習試合の真っ最中、コートのど真ん中である。
部長に可愛がられている俺が気に入らないのか、部長がいないところでは嫌がらせがひどくなる。
部長が、普通の人だったら、あんまり問題なかったんだろうけど……
部長、朝霧涼華は、聖華女子のスーパーアイドルなのだ。
彼女に憧れて入った部員は数知れず。
よって、俺をうとましく思う奴もいるってわけ。
まあ、ごく一部の人だけなのだが。
いつもならこの位の嫌がらせ、受け流していたところだ。
だが、この時、俺は虫の居所が悪かった。
昨日、望とデート? をして楽しんだ分、その反動が彼と別れてから起こった。
もう、バスケが出来なくなるかもしれない、そんな苛立ちがあった。
望のためなら死んだってかまわない、その気持ちに嘘はない。
だけど俺、そんなに出来た人間じゃない。
「そっちが先輩だから我慢してやってたのに、反則ばかりしやがって。 審判も審判だぜ、これじゃ試合になんねえよ!」
「何も我慢してくれなくてもいいわよ、嫌ならやめなさいよ! なんならバスケ部もやめれば」
「ああ、やめたやめた、こんな部辞めてやる!」
こんなに明るいうちに学校を出るのは久しぶりだった。
まだ日の沈みきらないなか、マンションに灯る明かりを眺めていた。
溜息をつく
さっきから何度目だろう
らしくねぇ
「悠希」
「はい!」
名前を呼ばれて反射的に返事をしてしまった。
「なに溜息ついているの、こんなところで」
声をかけてきた髪の長いスレンダーな女性は、自転車から降りた。
「あっ、朝霧先輩」
学校での髪を後ろに束ねている姿に見慣れていたので、一瞬誰かと戸惑った。
「悠希の家ってこっちじゃないでしょ。 そっか、私に会いに来たの」
「えっ、まぁ」
「悠希が私に会いに来るわけないでしょ。 住所も知らないくせに」
「すみません」
切れ長の眼を細めて微笑む。
「聞いたわよ、安田さんたちとやっちゃったんだって」
頭一つ分ぐらい俺より背の高い先輩は、身体をかがめて顔を覗き込む。
「そうなんですけど」
「で、やめる気はないんでしょ、バスケ部」
すぐに返事が出来なかった。
「家すぐそこなんだけど来る? それとも、ここでそうやって彼氏でも待ってるの?」
「えっ、いや、つい懐かしくって。昔すんでたもんだから」
「ここにいたんだ。 奇遇ね、こんな近くに住んでたなんて。もしかしたらどこかで会っていたかもね」
唇の端が少し上がる。
「会っていたら先輩みたいなきれいな人覚えていますよ、俺」
「へー、悠希がお世辞言うの」
「お世辞じゃないです」
「ありがたく受け取っておきます」
「ホントですから」
「ありがとう」
「いえ……」
「で、初恋の人でも住んでいるのかな、ここに」
頷いてから、慌てて否定した。
「いえ、そんなんじゃないです」
「あんな顔してる悠希、初めてだったから、よっぽど辛い恋の思い出でもあるのかな?」
「やだな先輩、俺だっていつもへらへらしてるわけじゃないっスよ」
「わかっているわよ、悠希はみんなが思っているほど軽くないって。 だから、心配なんじゃない」
「朝霧先輩に心配されるなんて光栄だな」
「なに言ってるの。 可愛い後輩たちのことはいつだって気にかけているんですよ、先輩は。 じゃ、あんまり遅くならないうちに帰りなさいよ」
「もう帰ります」
「明日待ってるから」
「それは……」
先輩は俺の返事を聞かないうちに、長い足で軽々と自転車をまたぐと走り出していった。
すらりと伸びた手足で少し前かがみになってこぐ姿は、さまになる。
まるで自転車が、別の乗り物になってしまったようにかっこいい。