力なき者
「だからこそ、私たちはそうなる前にりりかを止める必要がある」
「殺すってことですか」
「そうだね、そうなるね。
君がどう思うかは後から考えるといい。私は君にはお礼の意味も込めて君の知りたいことを教えているけど、君の不平不満を聞く気も、八つ当たりされるほど暇じゃないから
その今にも溢れんばかりの感情の嵐を言語化するのだけはやめてくれよ。
そうなれば私たちの話はここで終わりだよ。、、、、良かったそれじゃ、最後にここまでの経緯の話をしようか、せっかくだ。何か飲むかい?」
灯の提案を、首を横に振って勇騎は拒絶する。
「りりかちゃんはこの世界にいた頃、決していい環境にはいなかった。父親の暴力におびえ、母親の吐き気を催すような悪意を受け、周りからは親族両親の事で蔑まされるような人生を歩んできた。りりかちゃんはそういう両親の事を恨んでいた。
殺したいほど憎んで、何度も殺そうとして、でもそれで自分の人生がこれ以上に台無しになるのが嫌で、じっと押し殺してきた。
コレ、見る?昔のって言っても二年前のりりかちゃんの写真。
本当ならゲンガーさんのに上書きされるんだけど、昔彼女が住んでいた家で見つけてね。
きっとりりかちゃんが異世界に言ってから誰も見つけなかったんだろう、上書きが起っていない。私が最初に認識したことで。これは変化する事もなくなった。
おそらく世界で唯一、陸奥りりかが確かに生きていた痕跡さ。」
そこに写っていたのは、襟首や袖から痣が見えるりりかだ。そしてそれ以上に衝撃的だったのが、白髪に今より老けて見えるその表情だ。
「ここまでのストレスさ、普通じゃ考えられない事だよ。彼女は異世界に来て初めて幸せに慣れたのかもしれないね。、、、、泣いているのかい?」
「だって、なんでこんなの、、、」
「君は優しい子だね。でも痛みに敏感なのは、損をするよ。辞めるかい?」
勇騎は再び首を横に振った。
「どういった経緯で異世界に来たのか明確ではないけど、社先輩の話だとりりかちゃんは天使と契約してこっちの世界に来たって言っていた。きっと君と同じように儀式的な何かをしてこっちの世界に来たんだろう。
でも、結局それでも彼女は救われたわけじゃない。頭のイカれたろくでなしの娘から、身元不明の家出少女になっただけ、それからしばらくはホームレスとして暮らしていたようだね。結局いくら親から自由に慣れたところで、子供の自由、何が出来るわけでもない。
この法治国家で、一人で生きて行けるわけもなく、警察から補導されないように逃げ回りながら、か弱い女の子、暴力におびえながら、炊き出しで食扶持を繋ぐ事しかできやしない。そんなりりかちゃんを救ったのが、私たちの、いや烈火先輩の親友だった社先輩だ。
出逢いの経緯は分からないし、私たちもその全てを知っているわけでもない。
そこは社先輩の日記にも書いてなかったし、異世界に来る前の彼女の痕跡からもたどれるものでもない。私たちは社先輩にくっついてやって来てからのりりかちゃんしか知らない。あぁ、ちなみに社先輩は、今のりりかちゃんと同じように、こっちの世界の人は認識できないフェイズまで異世界に定着した人さ。
社先輩は彼女の怒りを理解し、彼女の怒りを請負い、彼女の両親をボコボコした。
それだけじゃない、彼女の周りの人間もだ。」
「当然、周りは社君の事を認識できない、当時は謎の連続暴行事件として話題になったわ。」
「社先輩は彼女の怒りを理解し、彼女の為に躊躇わず力を振るった。
彼には抑えられない正義感があり、彼には揺るがない信念があった。
そんな社先輩をりりかちゃんは頼りにしていた。」
「少しだけ、聞いています。憧れの人だって、」
「そう、根は悪い人じゃないの、社君は暴力的で、ガサツだけど、嫌いには慣れなかった・
あの人はいつだって誰かの為に泣けるし、怒れる人だった。
正しいやり方ではない、違法だ、でも、それで救われる人がいる。私が救えない人を彼はためらないなく救える人だった。でも、社君はやり過ぎたのよ。そして力に飲まれた。」
「社先輩が助けたのはりりかちゃんだけではない、多くの人が社先輩に助けられた、でも自らの正義の行使、悪の断罪こそが社先輩の本質だ。
社先輩はあちらの世界に行けた事を選ばれた存在だと信じて疑わなかった、
自ら断罪者を名乗り、人々に法外の裁きを与えていた。」
「でも、私たちはそれがただの喧嘩程度だと思っていたの、多少やり過ぎでも、それでも救われる人がいる。だから私たちはそんな社君の行為に目をつぶっていた。」
「だけど、それは間違いだった。社先輩の行為は次第にエスカレートしていき、私たちの知らないところで、その裁きは最悪の形になった。」
「殺人ですか?」
「そう、社先輩は私たちの知らないところでネットの掲示板を立ち上げ、自ら裁くべき対象者の書き込みを募った。そして自ら有罪だと判断したものには容赦なく死という裁きを与えて行った。次第にそれは頻度を増し、陰惨さを増した。」
「それこそ私の本職の方でも噂になるほどにね、姿なき闇の断罪者ってね。」
「最初の内は私たちの前ではいつも通りに振舞っていた社先輩だっけど、次第に目に見えて、暴力的になり、過激な発言が多くなった。」
「それでも、りりかの前ではいつもの社先輩だったし、私たちの前に一切の証拠は出さなかった。」
「でも、いつまでもという訳にはいかない。きっかけはあるNPOの皮をかぶった犯罪集団。洗脳を施した構成員を使い未成年を誘拐し、殺害。信者の身内にその殺した子供の臓器を高額で売りつけ、海外で手術をさせる。そういう狂気を行っていた組織で大量虐殺が起きた。表向きは、NPO内部の私情の縺れという事で12人が死亡したニュースで勇騎君も知っているだろう。」
「はい、、」
「あれをやったのが社先輩だ。
イルシードを宿していた社先輩だったが、ずっと強い意志でそれを抑え込んでいた。
でもいくら悪を滅ぼしても自分の中の怒りは収まらない、むしろそういう人の闇の部分だけを見続ける事で、徐々に徐々に濃く、暗く、彼自身も見えないところでイルシードは成長し、彼の心をむしばみ、彼の気づかぬうちに彼の倫理観や価値観を塗り替えて行った。」
「だからこそ、ボロもでる。きららが社君の裏サイトに気付いてすべての事が繫がった。」
「私たちは社先輩に自首を勧めた。もっとも、社先輩は既に異世界の人間だ。表向きには同行できるわけではないが、政府の中であちら側の世界に干渉できるのは五代さんだけじゃない。それなりの対応はできる。」
「正直、死罪は免れない。状況だったけど、それでも正式な手続きで彼に罪を償わせるために、私たちは説得をするつもりだった。でも、、、」
「その時すでに社先輩は人ではなくなっていた。社先輩が組織を襲撃した際、まさに生きたまま臓器を取り出される現場を見てしまった。そこにあふれる悪意と、あまりの怒りで、社先輩は心を壊した。憎悪だけが残り、悪意を受けるだけの器になってしまっていた。
想像できるかい?数日前まで人間だった存在が、悪意に飲まれ人の姿を失って文字通り悪魔になってしまう姿を。」
「だから烈火は、社を殺した。そうするしか方法がなかった。」
「罪は烈火先輩が背負う。そうすると彼自身が決めて行動した。
唯一の理解者であり、親友をその手にかけ、この憎しみの連鎖は止まるはずだった。
でも、人の姿に戻り、塵に消えゆく社先輩を、りりかちゃんが見てしまった。
何の因果か、社先輩を心酔する彼女にこの事を、この姿を見せるわけにはいかない。
だから彼女には何も話さず、何も見せず。社先輩は出て行った事にするはずだった。
でも彼女は奇跡のようにそこに現れた。
そして彼女は私たちの話を聞かずに、出て行った。
そして事はここに至り、彼女は社先輩と同じ道を辿ろうとしている。
もちろんこうなってしまったのは私たちのせいで、私たちには彼女の救う義務がある。」
「違う、りりかを助けるのは僕です。灯さんは専門家なんですよね。もう一度僕に彼女を見えるようにしてください。彼女は僕が助けます。僕じゃないとダメなんです!」
「、、、、ぷ、君は面白いな、そういう事を恥ずかしげもなく言えるとは、何なのかい、君はりりかちゃんの事が好きなのかい」
「そうですが、変でしょうか」
「、、、、いいや、まるで昔の少年マガンがヒーローみたいだ。弱い所を除けばね。
でも、もし、万に一つ、君が彼女を助けられたところで、君では彼女は手を焼くよ。彼女は今まで、ロクな人間にあってこなかったから、人を信用できない、その癖寂しがり屋だ。
はっきり言おう、君のような、愛どころか恋もろくに知らないような子供な男にりりかは荷が重すぎるよ。おとなしく手を引きたまえ、余計な事をするべきじゃない。
君のはりりかの過去を背負えるのかい、いいかい、りりかは君が考えるよりも何十倍何百倍も非凡で不幸な人生を歩んできた、人の、両親の醜く浅ましい部分だけを見て生きてきた。平凡な人生を生きた君には理解できない世界だ」
「その通りよ、私たちなら、、」
「無理ですよ。あなた達じゃ、だってまるでりりかさんを子ども扱いしている。それじゃ対等じゃない、それじゃ無理なんですよ。全然無理。
それに知られたくない事を勝手に穿り回してそれで理解したつもりですか、いやな事は知られたくないんですよ誰でも、僕はりりかさんの過去を知りたいんじゃないんです。
僕はりりかさんといっしょに笑える未来が欲しいんです。
大人ぶって何か知った気にならないでください。結局彼女の気持ちが分からずに、あなたたちから離れる事の方が、いいと思ったそういう事でしょ」
「何を偉そうに。」
「なんなんですか少し否定された位で、感情的になって、もっと大人になりましょう。五代さん。何のために僕の倍近く生きてるんですか。」
「っな」
「時計の指し示す時間と、その人が生きた時間は違います。個人の資質に年齢は関係ないでしょ。僕は今まで空白な生き方しかしていません、
でも、僕はこの夏の間に変わりました。色々考えて、考えて、ほら、若白髪ですよ。
つまりですね、僕の言いたいことは、りりかは俺の女にするんだ余計な手を出すんじゃねえってことです。」
「本気で言っているの」
「僕は冗談や遊びで人好きになれる程大人じゃありませんよ。さっき士条さんはりりかさんの事を悪い面を僕の手に余ると言いましたが、
可愛いじゃないですかそういう女の子大好きですよ。
折角の御忠告はありがたいんですけど、
僕はあぁ言う、少し厄介なところがある女の子を可愛いって思っちゃうんですよね。
きっとマゾ気質なんでしょうね。そういう事はじっくり話して分かり合えれば、よりお互いを理解しあえるって思うんですよ」
「勇騎君、それは完全にSだよ。調教願望だね。好きな跳ね返り娘を自分のいう事だけを利かせるようにする」
「灯、下品ですわ。」
「では最後に勇騎君。なぜこんな込み入った話を君にしたかわかるかい」
「お礼だと、」
「それだけじゃない、君は決してたどり着けないからさ。これでお別れだ。勇騎君。
正直、君が私たち以上にりりかちゃんと親密になっているのが気に入らなかった。
ぽっとでの君がりりかちゃんを呼び捨てだなんて、呼び捨てで呼んでいいのは社先輩だけだ。だから、これは嫌がらせさ。それじゃね。」
「まって、、」
勇騎が立ち去ろうとする二人を呼び止めようとした瞬間、勇騎の体は自由を奪われ、呼吸以外、言葉を発する事も出来ない。
「私の力は本物で、別に妖魔専門という訳でもない、これは本物の拘束術式というやつさ、
何心配ない十分、二十分程度さ、明日の筋肉痛程度だよ。家に帰ってゆっくり休むといい。
久しぶりの帰宅だろう?家族が待っているよ。」




