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それはよくある絶望の日常①

『僕たちに昔からある噂、異世界に行く方法、それは所謂都市伝説の一種。

それは色々な方法があり、色々な体験が存在しているが、そのどれもが得体のしれない怖い話ばかり、でも皆が疑い、皆が怖がり、そして心のどこかで信じたいと思っている。

でもそんな事あるわけない。そう僕は確信している。』

市井勇騎はいつものように8時10分に家を出る。

学校まで近い訳ではないが、これくらいに出る方が、ギリギリつくことが出来る。

彼は学校でいじめられているわけではないが、人とコミュニケーションをとる事が極端に苦手だ。自分とそれ以外の人の間に埋めがたい距離感を感じている。彼は全ての事において、相手が盛り上がる程に冷静になり、相手の感動や興奮を感じる程に、自分は冷めてしまう。文化祭で、体育祭で、修学旅行で、卒業式で、彼はいつだって周りが盛り上がる程、こんな茶番で、泣く程、彼らが別の生き物に感じされた。

だから冗談も真面目に返す事しかできないし、人の悪口に乗ることだってできない。

そんな彼を、空気を読めない。そう揶揄されるかもしれないが、自分のせいで雰囲気が悪くなっていることくらい理解できている。

だから、彼はごく自然にみんなを避けている。ごく自然、と言っても、彼が周りを引かせている自覚があるように、周りも彼が意図してそうしている事くらいわかっている。

ここでいう自然とは、お互いにあえて踏み込む必要のない、その事に触れなくても違和感のない程度の、自然さ。干渉は最低限という暗黙の了解が成立している。

この今の関係は、適度に居心地が悪いが、彼にとって最善の選択だ。

彼は登校中も、話しかけられないようにイヤホンをつけ、ネットラジオを聴きながら、目を合わせないように携帯でゲームの情報や漫画の情報をチェックする。

情報と言っても、個人が書き込んだ批判的な意見ばかりのスレッドだ。

それでもこれが彼にとって一番世間とつながっている彼の世界の『リアル』なのだ。

今日も勇騎は時間ぎりぎりに教室に入り自分の席に座り、窓の外を眺める。

挨拶をされれば、返しこそすれ、それ以上の会話は成立しない。

今日も、いてもいなくても同じように気配を消して、ただ時間の経過だけを望んでいる。

友達に会う必要もない、先生に相談する事もない彼にとって、学校は無意味なものに感じられる。いつも学校帰りに通る学習塾。仕切られた自分専用の机で流される映像を見て自分で勉強する、自分一人で努力できる彼にとってはこっちの方が魅力的だった。

彼は今日も一言も喋る事もなく、ただ黒板を見て、写すだけの『作業』を繰り返し、授業を過ごし、体育に続いて苦痛な時間の昼休みを迎える。

彼はクラスメイトから何かの拍子に話しかける事を恐れ、再びイヤホンをつけ、今日も逃げるように屋上に続く階段へ向かう。

屋上は鍵がかかっている為、上がる事は出来ないつまりは、ここは行き止まり。

だからここが彼の居場所だ。時々死角のここは、いじめや逢引の場所として人が訪れる事があるが、結局一番上まで上がってくる事はない。

そこで彼は毎日、下から誰か現れないか怯えながら、時間が経つのをただただ待っている。

何もない日常。劇的な変化も何もなく、誰からも必要とされず、ただただ日常。

だが、そんな日常も、1か月前から、今まで以上に低い位置で安定している。

小学生の頃から好意を抱いたクラスメイト、天城陽菜。

彼女は小学生の頃、一人だった彼に、当たり前のように話しかけてくれて、優しくしてくれた。その後も彼に何かにつけて仲間外れにならないように気にしてくれていたこの学校の特進クラスで唯一の同じ中学校の出身の女子だ。

読書が好きで、おとなしくて、猫が好きで、元気ではないが明るく、優しい女の子。

それにサッカーにも興味があり、よく10分休憩に僕以外の男子にサッカーの知識を教えてもらいまじめに聞き入っていた。

そんな彼女が、クラスの女子から、彼氏とデートしているのを見たと話しかけれたのが、1か月前。彼女は興味本位の質問に、恥ずかしがりながらも嬉しそうにそれを認めた。

相手は近所に住んでいる大学生の幼馴染。高校受験の際に家庭教師をしてもらってから親密になり、高校に入ってからも二人の関係性は続き、それが2年生になったタイミングで、ちゃんと付き合始めたらしい。

相手は、高校時代はサッカーでインターハイに出場するほどの実力で、大学に入ってからもサッカー三昧、先週日曜日はたまたまサッカーの試合がなく、二人でデートしてそれを目撃された。

長身で、目撃者曰く超カッコよく、大学の卒業生と一緒に、輸入雑貨屋を経営して、英語も話せる、嘘ではないかと思える、とんでもないリア充野郎らしい。

昨日は彼氏の車で水族館へ、さらに今週末には二人で、泊りがけで旅行に行くという。

聞かれてもいない事を楽しそうに、饒舌にクラスの彼が毛嫌いする『馬鹿女』と楽しく話す彼女を見て、彼女に幻滅しながらも、良からぬ妄想を思い描いていた。

結局、彼女はそういう『つまらない』女性だった。これでよかったんだ。

そう自分言い聞かせる。

そうする事でしか、彼は現実を受け入れられない。

彼女にとって自分は最初から眼中になかった。

彼女の優しさもただの同情、が全て嘘に思えた。

そうして、彼は思いを伝える事なく失恋した。

何もしていないのに、いつか彼女から好きだと言われないかと期待していた。

そんなものは全部幻想、自分には何もない。そうとことん思い知らされる出来事だった。

そしてその日から灰色の彼の日常が真っ黒になった。でも、そうなったのは何かの行動の結果じゃない、彼自身何もしていない、それに彼が何かに巻き込まれたわけじゃない。

一人の女の子が幸せそうに笑った理由を知ったそれだけだ。

でもそれで彼は本当にダメになった。何もできない自分、何もない自分。

必死になれることも他人に負けないようなこともない。

好きなゲームでさえ、最近は、人と対戦して負けるのが嫌で、対戦もしていない。


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