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自分の意志で変わる自分

彼女が暮らしていたのはこの町のビジネスホテル、観光地でもなく、中心街からも遠いこんな場所のビジネスホテルが埋まる事はない。

彼女はこの部屋の一番奥の部屋を無断で借りていた。人から認識されない彼女は当たり前のようにエレベーターにエレベーターを使うが、まだどっちつかずの僕は彼女と手を繋いでいないと、自由に出入りさえままならない。

結果、僕はいつも彼女と一緒に行動していた。

彼女の部屋は彼女の影響なのか、彼女が不在の時でも、意識の狭間に落ちているかのように、誰からも認識されず、部屋を訪れる者はいない。

ここで彼女に色々な事を教えてもらいながら、彼女のお蔭で怯えることなく眠れる。

少しでも、恩返しがしたいと、彼女の為に役に立ちたいと、僕に何が出来るか、彼女に聞いても、彼女は何もしなくていいよという。

だから僕は考えてまず思い立ったのが、毎日の食事だ。

僕たちは、彼女が盗んできたもので食事をしている。

それを何とかしようとしても、手持ちのお金もとっくの前に底をつき、身元不明の未成年を雇ってくれる所なんて当然ない。

まっとうな生活を彼女に、いくらそう願った所で、僕は手詰りで、だからと言って犯罪に手を染めるのは気が引ける。

でも、結局彼女が盗んできたものを盗品だと知って食べている時点で同罪。自分の中の良心の問題だ。

彼女は、「自分はもう人の世界のルールで生きていない」、「罪悪感なんて遠の昔に捨てているから」、そういっているけど、彼女自身もそこには罪悪感があるのだと思う。

だからこそ、欲しいものを盗むわけではなく必要なものを盗む。

それで考えた挙句、僕が行き着いた結論は、彼女と一緒に盗みを働くという選択肢だった。

彼女は僕の為に、僕に不自由をさせないようにと、今まで以上に盗むようになったし、自分は今まで以上に我慢するようになった。

そんなのはお互いに損をする選択肢、だから、痛み分け、傷のなめ合い、罪悪感の軽減、お互い納得いってはいないが、それでも、彼女だけに背負わせるよりかはマシな選択だ。

いっそ、二人で、この町を出て、人里離れた田舎で自給自足を始めるという方法も考えては見た、甘い子供が描く夢物語。

何とかなるかもなんて期待を抱きもしたが、僕も彼女も、この町周辺から離れることが出来ない。街の外に出ようとしていたはずなのに、出口のない迷路のように、気が付けば、町に戻されてしまっている。

この世界がこれはそういう限られた物なのか、それとも、まだ何か、出られない理由があるからなのか、それすら分からない。

ただ彼女はこの事実をありのままに受け入れている。

彼女はそういうありのままを受け入れることが出来る強い人間だ。

諦めてばかりの僕にはなかった世界観を持っている。

そんな彼女との日常、お互いを知るために、僕は何かにつけて彼女の事を聞こうとする。でも、彼女は好きなものや、嫌いなものは教えてくれるが、自分の過去の事に関しては教えてくれない。嫌な思い出しかない、そういって彼女はその腕に自分でつけた傷を見せてくれた。だから、僕はそれ以上何も聞けなかった。

でもある夜、窓の外を眺めていた僕の膝の上に唐突に頭を置き、少しだけ話してくれた。

「私は、捨てたのよ、元のくだらない世界を、世界はね、君が思うよりもずっと簡単で、

ずっと腐っているわよ。大人は嘘をついて、最低で、気持ち悪くて、最悪。

大人だけじゃない皆、クズばっかりで、うそつきばかりで、自分の事を考える馬鹿が、幅を利かせて、卑怯で、自分勝手な人だけが幸せになれる。そういう世界

人を傷つけてて笑う。人を蔑んで、自分の居場所を確認する、そういうのばっかり

だから捨てたの、そしてこっちに来た。

そして君にも私と同じ資格がある。これは、私たちが選ばれた証拠なの、

こうして私たちは彼らの世界に自由に干渉できるけど、彼らは私たちの事を認識する事も出来ない。同じ人間なんかじゃないよ。

私たちは、そういう人から進化した存在、選ばれた存在なの。」

彼女は確かに僕以外の人間を見下すように見ている節がある。

それが君の考え?そう僕が口にすると、少し間を開け言葉をつなげる

「私を地獄のような世界から救ってくれた人の受け売り、もうその人はいなくなっちゃったけどね」

「男の人?」

「そう、たぶん結構、年上の人かな、見かけとか態度とかはそうでもないけど、」

「やっぱり、頼りになる年上の人の方がいいの」

「別にそういう関係じゃないわよ。たぶん舎弟が一番近いのかな、それとも捨て猫を憐れんでとかそういうのだと思う。何、気になるの?」

「気になるよ。だって好きな人の事だもん。」

「!!」

彼女は驚き固まって僕から離れた。

「あれ、意外だった?」

「、、いや、そりゃまぁ、、というか、それ以上に勇騎君ってそういう人だったけ、」

「自分の気持ちには素直になろうって思っただけだよ。せっかくの機会だし、」

「、、、ちょっと意外かな、、で、でも勇騎君そういうの良くないよ、この間まで、、べ、別の人好きだったんでしょ。」

「うん、でも、結局、僕が僕として気持ちを伝える前にフラれた訳で、そんな経験からも、僕はもうそんな後悔したくないんだ。確かに僕は陽菜の事が好きだった。でも、今はりりかさんが一番好きだよ。というか、一番とかそういうのでもないね、僕の世界にはもう、りりかさんかそれ以外だし、」

不思議だった、今までの自分じゃ考えられない痛い言葉が少しも淀みなく、迷いなくでてくる。それに頭の中は冷静だ。それはきっと僕の望むような形でないにしろ彼女の中に、僕に対する好意はあるという自信。彼女は僕の事を嫌いじゃない、それだけ十分だ。

「ちょ、な、何どさくさに紛れて下の名前で呼んでるのよ。」

「うん、この機会にお近づきになりたいかなって、それにりりかさんは、僕の事下の名前で呼んでるし、不公平だよ。」

「そ、それは、、、わ、分かったそこは妥協する。でも、私の事を好きだっていうのはなし」

「そう言われてももう言っちゃったし、」

「だめ、だめ、私何も聞いてないし、そういうのはまだ自分の中にしまっといて、」

「そんなむちゃくちゃな、」

「むちゃくちゃなのは君の方でしょ、熱でもあるのかっていうほど、いつもの勇騎君じゃないよ。」

「それは、そうでしょ、愛は燃え上がり、のぼせるものだよ。そして恋は盲目、愛は人をダメにしますから、、愛におぼれるってそういうの憧れるよね」

あまりに真顔で言うので、りりかは思わず声に出して笑ってしまう。

それでも、勇騎は真顔を続けるものだからりりかは笑うのをやめた

「、、、君、ホントこの数日で別人みたいに変わったね。」

「でしょ、努力してるんだよこれでも、嫌いな自分を変えようって、」

「ふふ、何それ、、、、、でも、ほんとごめん、素直に勇騎君の気持ちは、その、いやじゃないけど、今はまだ無理、、まだそういう事は考えられないの、勇騎君の事が嫌いじゃないの、でも、私は恋だとか、そういうのは、今はいい。私はそういう事を全部捨ててでも、やらないといけない事があるの、そういうの考えてたら気持ちが揺らぐかもしれないから、お願い私を迷わせないで、」

「やらなくちゃいけない事って、」

「それは言えない私の問題から、勇騎君を巻き込むわけにはいかない。」

「なんでだよ、僕の事を巻き込んでよ、言ったよね、僕はりりかさんのものだって。それに僕はりりかさんの事をもっと知りたくて、」

「でも、私にも知られたくないことだってあるの、捨てた過去ならなおさら、」

そう、それは、彼女自身がまだ捨てられていないことの証。

「せめて勇騎君の前では綺麗とまではいかないけど、今のままの私でいらせて、、お願い」

たぶん、このまま続けても僕は得をしない

「分かった。それじゃ、今日の事は全部なし、でも、僕はどんなことがあってもりりかさんの味方だ、っていう事は覚えておいて」

「ありがと、、」

「それと、りりかさんって呼びたい。」

彼女は少し照れながらその事を許可してくれた。

全てを失った市井勇騎。それでも彼の中で、その失ったことよりも得た者の方が大きいと考えている。立場は失っても経験は失っていない、それに彼女に出会えた。

勇騎にとってりりかは、返せないほどの恩を受けた恩人だ。

何の見返りもなく、何の打算もなく、ただ助けたいと思ってくれた事が何よりうれしく、

彼女のためのなんて恩着せがましい思い込みだが、

それでもそう思う事で勇騎は変われたし、彼女の為だと思えば、頑張れる。

窃盗という手段で生きている今の生活を続ける事がいい事だとは思わないし、変わりたい、いいや、変えたいと考えているが、現状を打破するための策を思いついてもいない。

そして、勇騎は彼女の過去を知らない。

そして彼女の【人間】という漠然としたものに対する憎しみの正体も、それを取り除く方法も彼は知らない。

ただ今はこの彼女と一緒にいる時間が彼の人生にとって貴重な幸せな時間であり、この世界から脱出する方法よりも、彼女を笑顔にする事ばかり考えてしまう。


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