彼女はりりか、ボクノキボウ
それから3日、夜、不良の笑い声に怯えて息をひそめ、公園の隅で眠れない夜を過ごす。体中が痛い、、、それにあの日から、僕はこの赤い空の世界から抜け出せなくなっている。
勇騎は今日も、ラジオ体操が始まる前に公園の水道で顔を洗う。
この3日、どうしていいかもわからない状況で、ただ今までの事を想い出して、後悔して、そして諦めるには十分な時間だった。夏の暑さで体中がべとべとするが、着替えもない状況ではどうしようもない。もうこの状態ではまともに店に入るのもはばかられる。
最悪で、最低で、とにかく気持ち悪くて、イライラする。
でもそんな事は関係なく、自分がいなくてもみんな楽しそうにしている。
自分がいないのが当たり前みたいに、誰も、何も、変わらない。
あの日から僕は自分を取り戻すために、もう一人の僕に何度か接触した。でも、あいつは僕の事を知らないと、だから僕があいつを殺せば僕が戻れるのではないかと思った。
でも、僕は負けた。何もかもが僕の上を行く。
そして決定的だったのは、陽菜が身を挺してもう一人の僕を守ろうとした。
それで、僕は諦めがついた。だからもう十分だ。もう、終わりでいい、
世界は僕を望まない、僕がいない世界でみんな笑っていられるんだ。
だから僕は、もう、いらない。世界が僕を拒絶する、陽菜が僕を否定する。
死を望み、一歩を踏み出そうとした瞬間、細い手が僕をこの世界に引き留めた。
「なにが、連絡してよ、相談が必要なのはあなたの方じゃない。泣きそうな顔してるわよ」
「君は、、」
そこにいたのは以前スーパーで出会った女の子だ。他の人には見えないあの子、
「死のうって考えてた?駄目だよ、死んだら、何にもならない。それじゃ負けだよ。
いいじゃないアンナ尻軽バカ女の事なんか忘れちゃえば。」
彼女はゆっくり僕の手を離す。比喩ではなく、僕はその手に救われた。
「市井勇騎君、でよかったかな」
「君は僕の事が分かるんですか?」
「もちろんよ。あの日、花火大会私もいたから、見てたよ、君の事。
もう少し、早く助けた方がよかった?
でも、私が助けちゃうと色々まずいから、私が助ける事はこちらの世界に引き込む事、でも死ぬよりはマシでしょ。だから私が助けるって決めたの、死ぬのは諦めなさい。」
「君は一体、、」
「私は陸奥りりか。よろしく」
そう言って彼女は軽いノリで笑いかけてくれた。
「よろしく、、、」
「そんな顔しないの、この状況に不安もあるかもしれないけど、ま、気を楽にとりあえず。私のウチにおいで、ずっとお風呂もまともに入れてないんでしょ。私昔しょっちゅう家出してたからわかるけど、夏場の夜はね。まぁ、冬は冬で寒くて死にそうだけど、夏場は寝れないし、ホントべとべとして気持ち悪いし、蚊もよってくるしね。さ、行こ、ん、」
そう言って彼女は、少しも嫌がらず手を差し出す。
「あの、、、」
「あの時と同じ、私に触れば、君の姿も誰からも見えなくなるから、そっちの方がいいでしょ、今の君、人の目気にしているから。」
「あ、いや、そうじゃなくて、僕今、汚れていますし、、それにどうして、僕なんかに優しくしてくれるんですか?僕なんか助けてもいい事なんてないですよ。」
「何言っているのよ、それを言ったら、あの時のあなたもでしょ。私なんかに構ってもいい事なのに、優しくしてくれたでしょ、」
いや、僕はただ、声をかけただけだ。それも君を僕の正義感を振りかざすためだけに
「でも、これは選択。私の手を取れば、私はあなたを守ってあげる。
だけどそれはもう、戻れなくなる事になるかもしれない。あなたは私の世界と今までいた世界の狭間にいる、、と思う。たぶんだけど、だから私といれば君は私と同じ世界に来る事になる。そうなればきっと今までいた世界には戻れない。
次第に、私みたいに誰もあなたの事も誰も見えなくなって透明になっていく」
「、、、、」
「、、、迷っているなら、それもいい、私は消えるだけ、今ならまだ引き返せるはずよ、もう私はあなたの前に現れない。」
彼女は差し出した手を引いた、駄目だ、それは嫌だ。
「あ、あの、、」
なんで僕はそう口にしたのだろう、
「陸奥さんはどうしてほしいですか、」
何も自分じゃ決めきれない、もしかしたらそういう気持ちも全くなかったわけじゃない。
「どうしてほしいって、、それは、自分で決めなさいよ。自分の事でしょ」
でも、僕がそう言ったのは、
「だから決めたんです。僕を助けてくれたのは陸奥さんです。だから陸奥さんに従うって、」
彼女に求めて欲しかった、僕の居場所はもうどこにもないし、もし、戻れるのだとしても、結局、僕のいない世界を知った僕が元に戻ったところで元通りじゃない。
僕は僕を否定した人たちを何事もなかったのように接する事なんてできない。
「私に従うって、、いいの」
「えぇ、もちろん。」
今この出会いを、
「後悔、しない?」
「するわけないでしょ。」
偶然なんかで済ませるものか
「会ったばかりの人なのに、、、」
「でも、命の恩人です。」
彼女は文字通り女神だ、たとえ、この選択が間違っていて後悔はしない。
「でも、、、、私が、」
もう逃げようとも思わない、そもそも逃げる必要なんてない、全部なくなって、これ以上失うものなんて何もない、さっきまで僕は本当に死のうと思った。そして本当に、死ぬ事さえも、受け入れた。だから、もう怯える必要もない。遠慮する事なんてない。
「陸奥さんが一人でいいなら、僕は身を引きます。でも僕は陸奥さんが寂しいそうに見えるから、僕はそういう女の子を放ってはおけません。だから陸奥さんが決めてください。
僕の命も心も陸奥さんのものです。邪魔なら、消えます。そうでないなら、、」
後は手にいれるだけだ。だから、まずは僕に居場所、そう、生きる理由が欲しい。
人は人生の半分を過ぎると手に入れる事より失う事が多くなる、僕はまだ両親の半分も生きてはいない。まだだ、まだこれからだ。求め、欲し、手に入れる。
死んだように生きるのではなく、死ぬ気で生きる。これは言葉じゃない、覚悟だ。
「一緒に来て!」
少し恥ずかしそうに彼女は即答した。
今の僕には、もう後悔したくない、もう、流されはしない。自分の意思で決める。
「悪いようにはしないから、もし、その、君が生きる希望が見えないなら、私が希望になるから、もう死のうなんて思わないで、、私と一緒にいて」
誰かの為に、それが僕の事を助けてくれた人の為なら、何の迷いもない。
「えぇ、もちろん。今日からお世話になります。何もできないと思いますけど、なんでもできるようになりますから、よろしくお願いします。」
それは与えられたものではなく、初めて自分で手に入れたもの。
これも見方によっては与えられたものに見えるかもしれない、でも、彼女のその言葉を引き出したのは僕だ。僕の意思だ。
「今まで、ずっと一人で、寂しかったんでしょ。大丈夫、これからは僕がいます。」
「ちょ、ちょっと、何を言っているの、私は別に、寂しくなんか、、、私はそういう感情は人間をやめた時に、全部おいてきたの」
「嘘ですよね。そんなの、だって一人が好きな人なら、さっき僕が一緒にいたいって言った時、嬉しそうな顔しませんよ。そうじゃなくても、そう思わせてください。」
その日から、僕と彼女の共同生活が始まった。




