君の望んだホントノボク
『それ以上陽菜を傷つけて見ろ殺すぞ!』
久しぶりに聞くもう一人の僕の声、その声は憎悪に満ち、怒っているのは明確だった。
『彼女はお前の為に努力している。だが、何もできないお前は、彼女の為に何をした。』
「僕は、彼女が望むように、、、」
『陽菜は、今日の為にどれだけお前の為に、時間を使ったと思っている。
なのにお前は、何もせず、結局ただの受け身、所詮はそれが結論。
陽菜が考えて陽菜の望むままに?そんなの自分で考えられない都合のいいわけだよ。
お前は何をしてあげられる?何を一緒にしたい。
言ってやろうか、何も考えてないんだよ、お前には陽菜が見えていない。
お前に陽菜の何が分かる?お前は陽菜を分かろうともしないくせに、見ようともしないくせに、お前は陽菜に自分の気持ちも伝えずに分かってくれると、素のままの自分を好きになってくれるだなんて失礼を通り越して呆れるな。お前は対等なんて望んでいないのさ。
お前に陽菜はふさわしくない。
お前といる時、陽菜はずっとつまらなそうだったぞ、お前と一緒に帰りたくて、何気ない会話をしたかったのに、お前はいつだって自分勝手で、だから陽菜は自分からきっかけを作ろうとしたんだよ、そのことごとくをお前は無視した
結局お前が欲しかったのは陽菜なんかじゃないだろ、自分を愛してくれるだけの都合のいい女が欲しかっただけだろうが、クズが
お前は俺に彼女を守りたいと言ったな、俺はお前から彼女を守るさ、お前を二度と彼女には近づけさせない。彼女にもう悲しい思いをさせはしない。』
今の2重人格というものは存在しないというのが定説だといった。
でも誰の心にだって、建前の自分と本音の自分がいる。
そして時としてそれはまるで別人であるかのように、考え方だって変わる事がある。
僕は陽菜が本音の僕を好きになってくれると思っていた。でも、僕も建前の陽菜を好きになっていて、本当の陽菜を嫌っていた、都合のいい話だ。
どこまでも自分勝手で、分かり合えるはずなんてない。
拒絶していたのは僕だ。傷つけようとしたのは僕だ。
誰だって、好きな人には理想のままでいて欲しいそう望むのは当たり前で、
僕は彼女の期待に応えようともしなかった。それどころか僕はそれにも気づけなかった。いつもがいつも完璧である必要はない。だけど特別な夏、一度きりの高校2年の夏の思い出。それを彼女は欲しかった。最後最後、彼との決別の瞬間。僕は彼から教えられた。
でも、結局その事を分かったのも、世界で一人になって取り返しがつかなくなってからだ。
僕はどうしようもない馬鹿だ、後悔さえもまともに出来ない。
「ごめんお待たせ」
勇騎の横を知らない男が通り過ぎ、陽菜に話しかける。
「遅いよ、何してたの」
「ごめんごめん、少し混んでて、はいこれ、陽菜の分。」
「ありがとう、どうして私がこれ好きだって分かったの?」
「さっき、見てたよね、それに陽菜を見てれば分かるさ、陽菜の好きなものくらい」
彼は当たり前のように陽菜に手を差し出すと陽菜はその手を嬉しそうにとる。
「誰だよお前、」
勇騎は男に向って口にする、長身で、細身でありながら筋肉質で、整った顔立ちの男。
「誰?知り合い?」
「えっと、、、この人は、、、ううん、知らない人、いきなり話しかけられて困ってた所。
行こう勇騎君、早くしないといい場所取られちゃうよ。」
陽菜は知らない人を見るようにして、僕を一瞥し二人でいなくなろうとした。
だから僕は思わず、彼女の手を握った。
彼女は声を上げ、本気で嫌がり、突き飛ばされた。
「なんだよお前!陽菜に何するんだよ!」
「お前こそなんだ?市井勇騎は僕だ!そうか、君はもう一人の僕か、どうしてここにいるんだよ。君は僕で、僕の中いるはずだろ、なんでいるんだよ消えろ、消えろ!」
「はぁ、何だよお前。」
「勇騎君、早く行こう、」
留まろうとする彼の腕を陽菜は必死に引っ張り僕から引き離そうとする。
「陽菜も陽菜だよ。僕だよ。勇騎だよ!僕が分からないの!!」
もう一度陽菜の手を握ろうとした瞬間、僕はたぶん生まれて初めて殴られた本気の暴力。
「いい加減にしろ!陽菜大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」
暴力と大声、あたりが騒然となり僕に注目が集まってきた。
正義がどちらにあるか周りの空気が語っている。
恋人を守る男と、頭のおかしな男、誰の目にもそう映っているのは理解できた。
今、自分の目の前にいるのは自分が思い描いていた理想の自分。でもそれは自分ではない。
僕はいつもの様に逃げ出した。でも、逃げたところで、今の僕に逃げ場なんてなかった。
家に帰った僕は、母親から拒絶された、「あんたなんか知らない、今すぐに出て行かないと警察を呼ぶわよ」と、リビングに飾られている写真も、僕じゃないあの男が映っている。
自分の部屋という最後の砦を無くした僕、本当に何もなくなった。
トケンの人たちは全部自分の思い込みだと言った、でも、思い込みだなんて嘘じゃないか
僕の事は本当だった、僕の感じた不安は当たっていた。
その日、僕は自分の居場所と、自分という立場、全てを失った。




