万引き少女
僕は陽菜と仕方なしに浴衣を買いに来ていく約束をして、席を立ち、図書館に向かう。夏休みに入ってから毎週月曜の午後はクラスの『友達』と一緒に勉強している。
いや、実際は勉強とは名ばかりの、恋人がいる者同士でしゃべっているだけ、
今までの僕なら殺意を覚えそうな光景に僕も参加している。
でも僕でもついて行けない時間だ。何が楽しいのか理解できない。
ただの自慢話、ただののろけ話、そんなものを聞いたり言ったりして何が楽しいんだ。
お互いの秘密や自慢話の共有おべっかばかりの言葉のキャッチボール空虚で無意味。
勇騎は心で大きなため息をつき、空を見上げる。空は今日も快晴。
でもそれでも気分は晴れない。勇騎は憂鬱な気分のままで、ふと視線を横にし、スーパーで一人の女の子の姿を確認する。またあの子だ。
「陽菜、ごめん、ちょっと先に言ってて、すぐに追いつくから。」
勇騎は陽菜を先に行かせ、冷房の効いた店内に入ると、お店を出ようとする同じくらいの年ごろの女の子の腕をすれ違いざまにつかみ、彼女の歩みを止める。
「ダメだよ、会計済んでないよね。いつもここでそうしているよね。」
「、、、、あなた、私が分かるの?」
「知らないよ。でも万引きしている人を止めるのは当たり前だよ。」
彼女は夏休みに入ってここを通るようになって良く見かけるようになった女の子だ。
このスーパーだけではないが、時々、こうして堂々お店の商品を持ってお店を出ている万引き常習者だ。お店の人も無視しているし、声をかけづらい。
僕は正義の味方じゃないし、いつかは捕まるだろう、そう思って見逃してきた。
でも、バイトで接客業をするようになって、だんだんと万引きに対する憎しみが他人事ではなくなっていた。取られた金額以上に、こうやって盗んでいる人が得をし、のうのうとしている事による精神的苦痛は半端ではない。そして今日は何となく積もり積もった日常の不満が彼女に向けられ、無視できなくなった。それにこのままだと彼女の為にならない。
「いや、そういう事じゃなくて、、とにかく私には関わらないで。」
「嫌だよ、そういう訳にはいかないよ。人から物を盗んじゃダメだよ。」
「、、、、買おうと思っても変えないからしょうがないじゃないの。」
「貧乏なの?」
「、、、、そうね、現金は持っていないし、盗む以外に手に入れる方法はないわね。それなら、こうしてたくさんある方から盗んだほうが困らないでしょ。」
「そんな理屈通らないし、そもそも意味が分からないよ。それに食べるに困ってならジュースとかお菓子とかそんなのばっかじゃなくて、ちゃんと栄養バランスを考えて、、」
「ちょっと勇騎君、さっきから一人で何ぶつぶつ言って何やってるの?」
先に行こうとした陽菜だが、勇騎が何かを買うなら、一緒にお茶でも買おうと追ってきた。
「何って、この子が最近ずっとここら辺で万引きしているから、注意しようと思って、」
「?何言っているの、誰もいないじゃない。」
陽菜は彼女の事が全く見えていないと言わんばかりに怪訝な表情で勇騎を見る。
「これで分かった?つまりはそういう事、私は普通誰にも認識されない。」
「つまりは、、、どういう事なの?」
「はぁ、、あなたが私を認識している事の方が異常なの。私が何をしても、例えば、はい。」
そういって彼女は陽菜の手を掴み、手にしたペットボトルを握らせる。
「勇騎君、私の話聞いて、、、あれ、私いつの間に、、」
彼女は自分自身が手にしたジュースに驚く。
「だから言ったのよ。盗む以外に私がお金や物を手に入れる事なんかできない。
私が触れているは、、」
そう言って今度は勇騎の手を握った。
「あれ、勇騎君、どこ?」
すぐ横の棚にジュースを置くために一瞬、目を離した隙に勇騎がいなくなったと思い込み、陽菜は目の前の勇騎を無視しスーパーの奥に入ってく。
「これで理解できた?私を含め、私の触れた物を普通認識できない。
普通は私に触れられても、私に触れられている事を認識できないはずなんだけど、
あなたはどうやらこっちの世界が見えている、見た感じ、望んでそうなったわけじゃないさそうね。なにその表情、やっぱり自覚なし、今まで幽霊とかそういう見た事のないの」
「幽霊なんですか」
「違うわよ、でも、こっちの世界を認識するというのはそういう感覚でいいわ。あなたの知らないもう一つの世界。よくあるでしょそういう物よここは、
悪い事は言わないわ、私の事は気にしないで、こっちの世界のものは無視しなさい。
そうしないといつかはあなたもこっちに来てしまう。そうなれば、彼女にも気づいてもらえなくなるわよ。可愛い彼女ね、あの子の為にも、私の事は気にしないこといいわね。」
「、、事情は分かったよ。でも、万引きは、良くないと思う。」
「あなたね、人の話聞いてた?私の事は気にしないで、自分の心配をしなさい。」
「気にするなって言うのは無理だよ。だって見えてるんだし、
それに万引きをするのも良くないけど、君誰にも気づかれずに、一人で生きてるって事だよね。寂しいでしょ。君みたいな子どもがそういうの良くないよ」
「君何歳?」
「17だけど、、、」
彼女は勇騎のほっぺたを思いっきりつねる。
「同い年じゃないのなんで子供扱いされなくちゃいけないの。私そんなに童顔じゃないよね。それ上から目線だよね。」
「ご、ごめん、で、でも未成年が万引きして一人で生きているなんてよくないよ。
こうして見えたのも、何かの縁だよ。ねぇ、僕にできる事何かないかな。」
昔の勇騎ならこんなに他人に干渉する事も女の子と話すこともできなかったが、陽菜と行動するうちにそういうものになれ、当たり前のように心から心配している。
「余計な心配よ。私は望んでこうなった。」
「でも、、寂しいでしょ」
勇騎は真面目な声でそう語り、真摯な目で彼女を見つめる。
「、、、、大丈夫よ。私は一人でも生きて行ける。あなたにできる事は私の事を忘れること。いいわね。それがお互いにとって一番いいの。、、、でも、ありがと。」
「あの、これ、僕の電話番号、、」
勇騎はカバンからノートを取出し鉛筆で走り書きをし破って渡す。
「これでも僕、バイトしてるから多少ならお金あるし、万引きしなくてもいいように協力する。それに寂しかったりしたら、電話しているでもでるから、」
「君、ホント変わってるね。なんでそこまでするの?」
「なんでかな、うーん、最初は万引きを止めようとしただけだし、、、あえて言えば、君にも幸せになってほしいからかな。君いつもつまらなそうな顔してたよね。
僕はそれを見てずっと不良少女が、って誤解してた。
だからその罪滅ぼしも含めて、君には幸せになってほしいって思うから、
こうして近くで見ればわかる。お菓子ばっかり食べてるのは感心しないけど、その靴とかもボロボロだし、服だって、盗むのはいつも必要最低限なんだよね。
つまりは生きる為に仕方なく、本当はそんな事はしたくない、君はいい子だ。」
そういって勇騎は笑う
「いい子には優しくしたいし、それに何より、君みたいな女の子が一人でそんな事をして生きているっていう事が嫌なんだ僕が、、あれでも、ひょっとして君は本当に幽霊とか」
「幽霊だったら、物を盗む必要はないでしょ、それに足もある。心配してくれてありがと、でも、私はあなたが思うような人間じゃない。罪悪感なんてとっくの前に捨てているし、今のままで十分楽しいし、一人もつらくなんてない。私は自分勝手に好きにやってるだけ」
「そんなの嘘だよ。君はそういうクズとは違う」
「彼女が探してるわよ行ってあげて、、分かったわよ。電話するから、話はその時に、ね。」
勇騎は彼女が嘘をついているのはすぐにわかった。だから食い下がろうとした
「あ、勇騎君。いた!どこに行ってたのよ」
だが、陽菜に気を取られた僅かな間に、彼女はいなくなっていた。
慌てて店の外に出ても姿はなく、案の定、それから電話はかかってこなかった。




