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世界が変わる。僕が変わる③

次に勇騎が意識を取り戻したのは、その体に触れた事のない暖かくて柔らかい感触と、甘いシャンプーの匂い。そして意識が遠のくような耳にかかる吐息。

「勇騎君、本当にありがとう。」

勇騎の体に触れていたのは密着していた陽菜の体。ここはどこだと勇騎が見渡すとそこは運動公園の遊歩道の先にある人の来ない休憩場。

外灯が灯り辺りは薄暗い、7時頃か、この照明の下であればそうでもないが、遊歩道は木々に囲まれ、真っ暗だ。抱き着いていた陽菜はゆっくり勇騎の体から離れていく。

「あの、泣いてるの嘘っぽくなかったかな、勇騎君には事故だって嘘をつくように言われたけど、本当の事を言った方が効果的かなって、駄目だったかな。」

「え、あ、えっと、」

「やっぱり駄目だった?」

「い、いやそんな事は、」

事情が分からないが、勇騎は陽菜に同意する。

「あ、ごめん、付いちゃった。動かないで、、、」

陽菜は勇騎の顔を見て、ハンカチを取出し、勇騎の顔を拭く

「ごめん、化粧が移っちゃった。」

そう言って陽菜は青く染まったハンカチを見せる。

「陽菜さん、その怪我、、」

陽菜の顔についていた、痣が広がっている。

陽菜はそのハンカチで自分の顔も拭くと痣が消えていく。

「ごめんなさい。でも、もう学校から離れてるから大丈夫だよね。私の両親は私の事に興味がないから、痣の化粧をしててもしてなくても気づかないから。」

余計に訳が分からない。だが、この訳が分からない状況、既に普通に考える方がおかしい。

「ねぇ、陽菜さん。僕、今ちょっと意識が飛んでて頭が混乱しているんだけど、、、」

「陽菜さんじゃなくて、陽菜!ちゃんと呼び捨てで呼んで、私はもう勇騎君の彼女なんだから、約束したでしょ。」

「僕が、陽菜さんの彼女?」

「?勇騎君変だよ。急にどうしたの人が変わったみたいに」

人が変わったみたいに、、おそらくそれで当たりだ。勇騎は確認の為に口にする。

「ねぇ、陽菜さん。僕は土曜日に君に何をしたの、それに今も僕は何をしてたの?」

「?」

『簡単な事さ、お前が望んだままだよ。陽菜を助けて、陽菜を守った。そしてこれからも守る為に都合がいいように従順にいう事を利かせやすい関係にしただけの事さ。』

頭の中に響く言葉、そして勇騎の頭の中に勇騎の記憶にない勇騎の記憶が蘇ってくる。

これを本当に僕が、いや君が、、

『お前の望んだ事だ。お前はいつだってそうやって助けを求めればいい。俺はお前だ。

お前が拒絶しない限り、お前の敵になる事はない。お前が出来ない事を俺がやる、お前が望むことを俺が叶える。俺もお前だ、お前が描く理想のお前だ』

これは嘘じゃないんだよね。君があの赤い影、、、

『そうだ、お前は進んだ人のその先に、お前はその資格があっただから開いたこちら側の世界が、お前にはそれだけの力がある。お前はそういう人間だ。何もする必要はない望む事それだけで事足りる。お前はそういう存在になったんだ』

でも、、

『ほら、いつまでぼけっと自分と話しているつもりだ、てめぇの女を待たせんじゃねえよ』

「勇騎君、大丈夫?」

陽菜はかなり近い距離で勇騎の顔を覗き込む。思わず勇騎はのけぞり後ずさりする。

「ご、ごめん。大丈夫。」

「そうよかった。私は勇騎君だけが頼りなんだからしっかりしてよね。

それじゃ、明日からもよろしくお願い。全部勇騎君のいうとおりにしていれば間違いないんだから、また明日からも命令して。私勇騎君だけしか頼る人がいないの。」

自分だけが頼り、よみがえった記憶ととともにその言葉の真意を確認したくなる。

「燿平兄ちゃんの事はもういいの、」

「うん、当たり前でしょ。私には勇騎君が入るもの、あの人にはもう二度と近づかない。電話番号もほら消したし、あの人にもらったものも、今日中に全部処分するね。

私は、もう勇騎君のものだから、このチョーカーがその証、これは私を縛るための首輪、これがある限り私は勇騎君の望む私でいるから、だからなんでも命令して」

命令して、そういって彼女は笑った、自分は勇騎のものだ、と何度も主張する。

自分という存在の押し売り、恋人以上の何か重いものを感じる。

それ自体を、勇騎は心から嬉しいと思うが、彼女の中に狂気のようなものを感じていた。

あれだけ好きだと言っていた男を、彼女はこんなにもあっさりと捨てられるのものなのか。

もちろんそうなった原因は燿平だ。

悪いのは完全に彼で、彼女に否はない。

寧ろこうしてきっぱりと縁を切れる彼女は正しい事の出来る人間だ。

彼女を違法な道に引き入れようとし、彼女以外にも女をつくり、あまつさえ、彼女を者の様にして扱い、めんどくさくなって他の男に売ろうとさえしていた本物の下種だ。

そんな燿平の本質を見抜けなかった彼女の落ち度があるというのには酷な事だ。

恋は盲目。初めて恋をし、初めて本気で人を愛した彼女にそれを見抜けなかったと責める権利は僕にはないし、それを責める気なんてはなからない。

どうやっても彼女も犠牲者なんだ、何も知らず騙されてしたがって好きになってもらうためにそうせざる得なかった。一途なだけだ。

でも、重ねてしまう、いつか自分も同じようにならないかを、同じように別の男が出て来てあっさり捨てられないかを、

その為には演じなくちゃいけない、彼女の理想を、応えなくちゃいけない、彼女の期待に、

ならなくちゃいけない、もう一人の僕に僕自身が

そうして高校2年生の夏休みが始まろうとしていた。受験勉強もない、一番自由な夏休み。

空白だった僕の夏休みの予定は、彼女の都合で埋まっていった。

それは一生忘れられない夏休み、僕の『世界』を、『僕』自身を変えた一夏の思い出だ。


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