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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第一章
9/73

ダガール軍東進

 3338年、11月も終わりの頃。

マサエドの西方ワミ、森の多い地帯では小部族が割拠し、そのなかでも大きなオイ族を治めているのがオイロンという男であった。

 彼はつい一月前矢傷が元で死んだ。

 その報告がダガールの陣にもたらされたのはすぐのことであった。

「このまま一気に」

 アレスという無骨そうな男が言った。

「うむ」

ダガーレン・アンミは頷いた。

 トクワの娘の中でも武勇に長けた姫は、その美貌がより神格性を発揮させていた。

「奴には娘一人。もはや降伏あるのみ」

 アレスが笑う。

「その娘が女傑であったら厄介ですな」

 その場の皆が大笑いした。

「このアンミ程の将軍はいはすまい」

 アンミは朗々と言った。

 家臣たちは頷く。

「姫様ご健在の内はダガールも安泰ですな」

 ヒゲを蓄えた抜けてそうな老人が声を上げる。

「待て、まだ兄上も父上もおる」

「はは、左様でございました」

 アンミはオイ族に降伏勧告を出し、他部族にも書状を送り、ダガールに敵対の意思を示さぬよう誓わせた。

 

 その翌日、森が燃えた。

 夜のことであった。

 アンミは宿舎で兵士の報告を聞いた。

「山火事でございます!」

「何!?」

 アンミは飛び起き、寝巻きで外の様子を眺めた。

「姫様!」

 アレスの声がした。

「アレス!」

 アンミは飛び出した。

「どういうことだ!」

 空は赤くなっていた。

「オイ族の者共が火をつけたものと……」

「何だと……?自分達の森にか?」

「宿舎にまでは火は移らないはずです。しかし奴らはこの火に乗じて何か仕掛けてくるやも」

「血迷ったか……」

 アンミは呟いた。

「火の近くにいる兵は退避させろ。万事に備え、兵を鼓舞しろ」

「はっ」

 すると大勢の怒号が聞こえた。

 アンミはこの声の正体にすぐ気づいた。

 姫将軍はばっと後ろを振り向いた。

 兵士たちは震え上がり、慌てふためくばかりであった。

陣の搦め手の方、そこから大勢の敵が迫ってきているのだ。

「恐れるな!迎え撃て!」

 アレスが声を張り上げた。


 オイ族を率いダガールの陣に迫りつつあったのは、オイロンの娘オイロンミであった。

 彼女は高笑いをした。

「ダガール、慌てているな!?」

 そして雄たけびをあげ走る。

 火矢を持ったオイロン族が矢を放つ。

 剣を持った者も突っ込む。

 オイロンミは大声で言った。

「ダガールよ!震えるが良い!我が大地の民は成り上がりの一族に恐れることはせぬ!

 よいか!ダガールに幾万の兵有りとも、勇者は一人としておらず!」

 

 ダガール軍は撤退した。

 オイロンミは、オイ族の者たちは歓声をあげた。

「オイロンミ様!オイロンミ様!オイ族!オイ族!不滅!不滅!」

 オイロンミは剣を振り上げ、「おーっ」と雄たけびを上げ続けた。

 

 

ほうほうの体で退却したダガールは朝までに陣を整えた。

 アンミは歯軋りした。

「口惜しいわ……これはアンミの不覚……」

「姫様、ダガールの名の下に容赦はいりませぬな」

 アレスが怒りを押し隠した声で言う。

 評定の場では皆元気がなかった。

 ひさしく経験していない惨めな退却であったからだ。

「このアンミの失敗は、敵に情けをかけ時間をかけ過ぎたこと。また時間をかけすぎた割には性急な兵の運びで敵の罠にかかってしまったことだ」

 アンミは沈痛な表情で言った。

「姫様の間違いなどではなく、我々の失態でございます」

 家臣は口々に言った。

 

 ダガールが出陣の準備を整え、今にも殲滅戦を開始しようとしていた時であった。

 アンミの父、トクワからの書状であった。

 アンミは書状を開いた。

 その内容に、アンミは衝撃を受けた。

「何と……?」

 アレスが言う。

「ハミ家の忘れ形見、クルエという者を討伐せよとのお達しだ。オイ族との戦いもひと段落したろうから、と言うのだ父上は」

「ハミ家といえば、オーエン王家の縁戚では?」

「そうだ。それにしてもまた女が相手か」

 アレスは笑った。

「姫様ほどの将軍がそうそういては困りますな」

「そうよ、オイロンミも所詮は仁義を解せぬ蛮族、故にこの度の恥知らずな行いが出来たのだ。しかしそんな者に私は負けん」

「姫様、左様でございます」

「書状いわく、このクルエとかいう者も、のらりくらりと父上との話し合いを無下にしておるという。その言い逃れは目に余る程であると。許されぬ。ダガールの威光にかけても討伐される者だ」

「しかし、姫様、オイ族は如何なさいますか」

「まずはオイ族。ハミの忘れ形見は後回しだ。オイの者どもは我が名誉にかけても殲滅する」

 そこから行動は速かった。

 早急に焼け払われた森をダガール兵が探索に向かった。

 だがどこかに霧散してしまったかのようにオイ族の者たちは見つからなかった。

「どこぞの部族に匿われているのだろう」

 アンミは推察した。

「ならば、オイ族の者を差し出すように書状を発す」

「はっ」

その推察は当たっていた。他部族たちはこぞってオイ族をダガール軍に差し出した。

 だが、ついぞオイロンミの姿は見つからなかったのである。

 女将軍ダガーレン・アンミはいちおう一区切りをつけた。

「姫様、如何なさいます。族長の娘を追うか、それとも陛下のご命令に従うか」

 アレスが言った。

「父上の命を無下には出来まい。かといってオイ族を許すことも出来ん。故に部族共にオイロンミを捕らえ差し出した場合格別の遇を以てすると約束することにしよう」

 アンミは立ち上がった。

「だがもしオイ族に協力しようというなら滅ぼすまで」


 数日後、ダガール軍は3分の1ほどの兵力を残して、マサエド方面に軍を進め始めた。

 これまでの部族達のダガールへの協力的な態度から、もはや逆らう気運もないだろうとアンミが判断したためである。

「とりあえずはハミ家の忘れ形見だ。奴はオーエンの流れも組み、厄介な旗印になる。取り除くのは急務」

 ダガール軍は兵を進めるごとにどんどんと膨れ上がり、もともとあった兵力、それもワミに残してきた兵力と合わせたもの以上の軍勢となっていた。


 

 マサエドにそれがもたらされたのはすぐのことであった。

「ついにきよった」

 フクサマが呟く。

「その数、ゆうに数万とか……」

 ワーズが言う。

 クルエは真っ青になる。

「勝ち目がない……」

「何を弱気な……」とサカヒ。

 クルエは立ち上がり、部屋をうろうろしだした。

「豪族を味方につければ、こちらも負けませんぞ」

 クルエはサカヒを見る。

「先君に味方せなんだやつばらが、このクルエに味方する道理はなしよ」

「姫様……」

 ワーズが悲しそうに言った。

「それでは、本当に負けまする。気は戦を左右するのです」

「姫様」

 とサカヒ。

「ダガールの軍勢、日増しに膨れ上がるは何故か?」

「強いものにつく。生き残りの策よ」

「左様、しかしそれだけでなく、ダガールの強気にあり」

 クルエは解せないという顔をした。

「何を言おうとしているの」

「もともとダガールの為にのみ働く兵がいかほどおりましょうや。多くはダガールの威光によるもの、その威光は何故か」

「ダガーレン家の名声」

「名声なきダガールなどただのいち一族に過ぎませぬ。このサカヒ、姫様の威光はダガールに劣るものではないと思うておりまする」

「つまり、この私に集う兵の数がダガールに劣らないと」

 クルエは苦笑した。

「先君夫妻に成し得えなんだことを私が成し得るとは思えない」

 

 ダガール勢は日に日にマサエドに近づいていった。

 行軍速度はそんなに速いといえず、むしろ遅いくらいだった。

 クルエに与する者をあぶり出そうという魂胆かと思われた。

 しかし、ハミ家の為に立ち上がろうとする勢力はいまだ現れず、マサエドでは恐慌が生まれた。

「ダガールを迎え撃つ!」

 フクサマが吼えた。

「返り討ちにしてくれるわ!」

「しかし姫様があれでは……」

 カワデが言った。

「それよ、それが問題じゃ」

「先君夫妻のご最期をご存知のはずだが」

 ダガールは戦わず投降したハミ家を滅ぼした。

 ハミ家家臣にとっては選択の余地などなかったのである。


「民の混乱をご存知か」

 ワーズが諭すように言った。

 クルエは書類の山に目を通していた。

「無理もないでしょうね」

「姫様」

「マサエドの民には手を出すまい。ハミがここに篭る様なことをせねば」

「姫様、負け戦と決まったわけではございませぬ」

 ワーズは諭すように言った。

「このマサエドは私の父上と母上がお守りしていた都。この美しき都を守る為に我がハミ家は犠牲になった。私は絶対に守り抜かなければならない」

 クルエは遠い目をした。

「ダガールを迎え討ちましょうぞ」

 その言葉にワーズは力強く頷いた。

「このワーズ、不思議と負ける気が致しませぬ」

 クルエはへえ、と言った。

「呼びかけても駆けつける豪族もなく、まさに孤立しているのに」

「姫様がご出陣致せば豪族どもも馳せ参じましょうぞ」

 クルエは手に持っていた書類を置いた。

「なら、それに賭けてみたいものね」

 どこか不安げだが、覚悟はついた顔をしていた。

 ワーズはほっとした様に笑った。

「姫様、安心致しました」

 クルエはぽかんとした。

「何が」

「このまま全てから逃げ出すおつもりではと」

 ワーズはにやりと笑う。

「ワーズ」

「は」

「もし私が土蔵に篭っていても引きずり出し、または遠方にいても連れ戻し、果ては病に伏せても叩き起こす、そんな男が目の前に居る。逃げ出すなんてことは」

 クルエが今度は笑う。

「そこまでは致しませぬ・・」

 ワーズは戸惑った顔をする。

「何を言う、キロ村脱出後の私に悲しむ暇を与えず、そしていたいけな少女の私に折檻じみたしごきをし、吹雪の中を歩かせたじゃない」

「姫様がそんなことをおっしゃるようになるとは……、しかしあれはやむを得ぬ仕儀にて・・」

「うん、分かってる。この私が一番頼りにしているのがあなたなのよ」

 そしてにかにかと微笑んだ。


 マサエドの街から兵が続々と塀の外へ出て行った。

 民衆たちは皆興味深げに隊列を見送った。

 一方、クルエはまだマサエド城の中にいた。

「姫様、出陣でございまするな」

侍女のアーキがクルエに鎧を着せながら言った。

「万一の事あらば、姫様と運命を共にする覚悟でございます」

「アーキ、あなたはここに残るのよ」 

「たとえ離れていようとも姫様と共に」

 親子ほども年の離れた侍女は言った。

クルエは今回は死ぬ以外の未来が見出せなかった。

 降伏すればせめて周りの皆は助かるだろうか。

 しかしそれは彼らにとってあまりに惨めなものであろう。

 ならば仲良く死のうか。

 クルエがマサエドの街を発ったのは3338年も12月3日のことであった。

 

 軍議はマサエドからそう遠くないところに張られた陣中で行われた。

「この度はどうするんだ姫さん」

 タダキが髭をいじくりながら言った。

「豪族たちもダガールに恐れをなしている」

「そうよね」

「姫様」

 ワーズが苦々しい顔をした。

「戦は気持ちの勝負とも言いまするぞ」

 とフクサマ。

「その戦おうとする気持ちが豪族達にはない」

 クルエは言った。

「マサエド攻略の際はあそこまで味方したのが、この度の手のひらの返しよう」

「左様、豪族どもは恥知らずでございます」

 カワデが怒りを露にした。

「それにしてもタカラはどうした!?」

 タカラ・オムとその娘エーリはいつの間にか混乱の隙にマサエドから軍勢ごと姿を消していた。

 おそらくマサエドを出陣する振りをして立ち去ったのだろうと推測された。

「やはりあ奴は信用ならぬわ!」 

クルエはそれを聞きぽつりと言った。

「命を賭けるべきでないものに命を賭けるべきでないという考えは、むしろ当然といっていいわ」

「姫様!何を仰せです!?」

 フクサマが声を張り上げた。

 クルエはゆっくりと彼の方を見た。

「だからこそ、このハミが、命を賭けるに値すると思わせなければならない」

「して、その方法とは」

 とカワデ。

「思いもつかぬ」

 クルエはあっさりと答えた。

「むしろ大物らしいぞ姫さん」

 タダキが言った。

 

 その夜クルエは久しぶりにタダキと飲んだ。

 クルエがこっそり呼んだのだった。

「思えば貴方は変わらないわね」

「どうしてだ」

「皆が接し方を変えてきているのに貴方だけ、最初と同じ。私に稽古をつけてくれた時のまま」

「それは褒められてんのか分からねえが、ありがたき幸せだ」

 そして立派な髭をいじくった。

「俺は学がねえし、礼儀も知らねえから」

 クルエはふふと笑った。

「そんなこと言うなら、礼儀も学も身に着ければ良い」

「学を身に着けてワーズやサカヒのように強情になりたかねえし、礼儀にうるさいフクサマやカワデのようになりたくもねえ。ただ俺は武勲を以て報いたいんだ」

「彼らにも良いところはある。素晴らしい家臣達よ」

「ああ、あいつらは姫様を立派に支えてくれるさ」

「あなたもね」

「ああ、もちろんさ」

 

 ハミ軍は迫り来るダガール軍に向かって進軍を続けた。

 谷を進んでいると、間近に迫る敵軍に関する報告を受けた。

「このまま進めばダガールの大軍とぶつかりまする」

 ワーズが馬に揺られながら言った。

「如何致しまするか」

「谷の出口で待ち構える」

 クルエが答えた。

「かしこまりました」

「姫様」

 サカヒが馬で走りよってきた。

「谷の内に姫様は布陣ください。谷の外のコハンには3分の1の兵数をあてまする」

「またあなたの策を通すつもり?他の家臣たちは?」

 クルエが目を細めて横目で見る。 


「やむを得まい……」

 カワデが渋々と言った様子で言った。

「ここは姫様をお守りしなければ」

 とフクサマ。

 新たに設けられた軍議の場では皆神妙だった。

 クルエは拍子抜けだった。

 余程皆は自信がないのか。

 マサエド攻略の際の勢いはどこにいったのか。

 クルエのそんな思いを察知したのか、サカヒが口を開いた。

「姫様、これは決して弱気にあらず。姫様が討ち取られればハミは終わりでござります。もしものときは我ら一同盾となってお守りいたす所存、この策もその一環とお考えください」

 クルエの思いはちょっと違った。

 自分の為にまた身近な者が犠牲になろうとしているのが嫌だったのだ。ならせめて一緒に死んだほうが良いと。

 そんなクルエの考えを突き崩そうとする彼らに納得いきかねたのだ。

「うむ、頼りにしているわ」

 クルエは頷いた。


 そしてとうとう、コハンの原というマサエドから数日かかる場所で対峙した。

 ハミ軍の後方には長い谷が続いている。

 クルエは絶句した。

 ダガール兵が横一面に並んでまさに巨大な壁のように立ちはだかっていた。

 1000程度の兵ならかつて見たことがある。それですら震えが止まらなかった。しかしその何十倍の兵なのだ。

「姫様、如何なされました」

 ワーズがわざとらしく訊いて来た。

「相手に不足なしといったところね」

「……左様でございまするな」


 一方、クルエと対峙しているダガール軍の本陣にはアンミが用意された馬に乗り、ハミ軍を眺めようとしていた。

 アレスは馬を横につけた。

「姫様、やはり敵は小勢ですな」

「当然だ。相手はたかだか小娘一人。いくらオーエンの血筋といえどダガールの威光には霞む」

「やはり一息に滅ぼしまするか?」

「いや」

 アンミはにやりと笑った。

「クルエという娘、会って見たい」

「何故にござりまする」

「まことにオーエンの血筋、ハミ家の生き残りか見極めたい」

「もし偽者なら?」

「迷いなく討とう」

「もし本物なら?」

「父上の失策をなじろうと思う。もちろん撃ち滅ぼした上でな」

 そして微笑んだ。

「使いを送れ!」


 クルエのところに使者が届いたのはしばらく後であった。

 近づいてくる数人の早馬にハミ軍は色めきたった。

「何事だ!」

「何考えてやがるんだ!?」

「罠だ!」

 クルエは使者の話を聞き、ワーズとサカヒをちらりと見た。

「姫様、なりませぬ。罠でござります」

 とワーズ。

 サカヒは黙って首を振った。

 クルエはふっと笑った。

「条件を出す」

「姫様!」とワーズ。

「互いに手を出さぬこと、連れて行く兵は3人まで、破るというのなら我がハミの矢がアンミというその女将軍を狙っていることを忘れるな」

 使者が帰ると、サカヒはため息をつき、ワーズはちょっと怒った様子だった。

 しかし、結局クルエについていくのはワーズであった。


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