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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第一章
8/73

マサエド領主

 そこはマサエドのハミ王が謁見する間であり、そこの座に座ることはハミ家再興の象徴のようなものだった。

「ハミ家当主、ハミ・クルエ様御入来!」 

会場はしいんとなった。

クルエは広間には入ってゆっくりと上座の椅子に座った。

 豪族たちはクルエを注視している。

「ハミ・クルエである!よくこのクルエの元へ参られた!」

 クルエは朗々と言った。

 すると豪族の中から一人歩み出たものがいた。

 白く長い髭を生やした老人で、微笑みながら一礼した。

「アイキ・ロダと申します。 

姫様にあらせられましては、かかる戦で武勇をお示しの段、まことに恐悦至極に存じます」

クルエはロダに微笑みかけた。

「祝着である」

「恐れながら、申し上げたき儀あり」

 ワーズ達家臣団は身構えた。

「申してみよ」

「率直に申し上げ奉る。姫様がまことにハミ家の忘れ形見かどうか我々はいぶかしんでおりまする。……何か、証の様なものをお持ちには?」

 ロダはにっこり笑った。

 クルエはぽかんとした。

 あまりにも遠慮のない申し分であった。 

ワーズ、サカヒは、クルエをじっと見つめる。

「貴様……!」

 フクサマが激高した。

「お主は姫様を愚弄するか!」

 カワデも同調する。

「いいのよ、二人とも」

 クルエは言う。

「私への忠義心故と免じて頂きたい」

「滅相もない」

 ロダは恭しく頭を下げる。

 クルエは天井を見上げた。

 そして笑った。

「それにしてもロダ殿、おかしなことを申されるな。あなた方は私を信じて従ったのではないか?」

「はは、信じたいのはやまやま……しかしながら偽物に忠義を尽くせましょうや?」

 ロダはぎろりとクルエを見た。

 クルエは呆れた表情をした。

「先のマタラの戦いではハミ家の家臣団は、私につき従い、死をも厭わぬ覚悟で戦に臨んだ。どうして偽物に命を捧げようか?」

 クルエはゆっくりと噛むように言った。

 ロダは驚いたような顔をする。

「それが根拠になりましょうや?」

 クルエはロダを指差した。

「ロダ殿は誰に従って挙兵し、そして今ここにおられる?」

「は?」

「ハミの姫クルエであろう?」

 ロダはまずいといった顔をした。

「さ……左様でございます……」

 ハミ家の権威を否定することは出来ない。

 仮に本物なら否定するのはまずい、そして偽者に従うということはハミ家への背信、そのうえダガールとも敵対し微妙な関係にある。

 偽者を担ぎダガールと敵対したという方が体裁が悪い。本物のハミ家の姫に従ったとした方が道はある。

「ならば私をハミ家の忘れ形見と認めるのだな?」

「皆の者良く聞きゃれ!」

 突然豪族の中からもう一人歩み出た。

 タカラ・オムであった。

「見苦しい限りだ!このタカラ・オム姫様に御奉公申し上げる為にここに居るのだ!もし姫様に弓引く者あらばこのタカラが打ち滅ぼしてくれようぞ!」

 そして豪族たちを見まわした。

 豪族たちはうつむいた。

「よく言ってくれた!」 

 クルエは言った。

「タカラ殿の忠義有りがたい!」

 ロダはクルエをばっと見つめた。

「ロダ殿も私の力となってくれるか?」

 クルエは微笑む。

 ロダも微笑んだ。

「まごうことなきハミ家の当主にて……身命を捧げる価値ありと踏み申した」

それを皮切りに豪族たちは口々にクルエに従う意思を示した。


「ダガールが兵を動かすやもしれず、領土が不安であろう。まずは戦の支度を為されよ」

 クルエは豪族らを見まわす。

「まずはマサエドで得た戦利品の分配が先であろう!」

 豪族の一人が言った。

「では、そち達への分配全て平等とする」

 クルエはそっけなく言った。

「あくまで功があったのは我がハミ家臣団である。そち達は戦が終わってから私の元へ集まってきた」

「それはあまりの仰せ!」

 他の豪族が言った。

「我らはマサエドの包囲に大いに役立ったはず!」

「だからこそ言っている。包囲というだけでは特別功のあった者を選べるはずもない。ならば全員平等に分け合う他なかろう」

 豪族たちは下がった。

「民を動かしダガールを追い出させたタカラ殿には特別の俸給を与える」

 クルエはにっこり笑った。

 

 マサエドの大広間でハミ家家臣団が残って話し合いがもたれた。

 豪族たちは既にマサエドを発っていた。

まずは今回の戦で得た、領土、金銀財宝、捕虜の取り扱いであった。

 200余名のハミ軍、民衆数十人への恩賞をどうするかである。

 数十名の討ち死が出ている。

「ふん、恩賞があっただけでもありがたいと思うべきだ」

 とフクサマ。

「あやつらは模様見をしておったのよ」

 一応、ハミ家にマサエドを取り戻した。無用な戦で豪族の介入を許せば、マサエドの切り取りをする羽目になっていたところだった。

 土地だけではない。人も。

 豪族達への恩賞も出来るだけ抑えたかったところだ。

「召し抱えるべき者もおるかと存じまする」

 ワーズが言った。

「誰が良いと思うの?」

 クルエは緊張が解けた様子だった。

「とりあえずダガールの捕虜も召し抱えられる者は召し抱えるべきかと」

「異論はない」

 カワデが言った。

「元々はダガールの兵よ?」

 クルエは言った。

「姫様、左様。敵だった連中を抱えることはありますまい」

 フクサマが勢いづく。

「とは言いましても人材が必要です」

 とワーズ。

「元は敵でも優れた人材を登用してこそ姫様の器量も天下にとどろくというもの」

「なら、登用すべき者の一覧を作るべきね」

「姫様、いつ裏切るか分かりませぬぞ!姫様につくはダガールを裏切ること、裏切る奴はいずれまた裏切るのです!」

 フクサマが吠える。

「確かに、それはもっともだ」

 サカヒは頷いた。

「しかし姫様、登用されない者は殺すことになりまする」

 クルエは目を丸くする。

「そうなるのよね」

「しかし、全員登用するわけには参りませぬ」

「そうよねえ」

 クルエは考え込んだ。

「裏切り者は利と生き残りをかけて裏切る。つまりダガールがもしこちら以上の恩賞と待遇を示せば再びダガールにつくと」

「さすがは姫様、聡うございますな」

「ならばどうすれば?」

「匙加減が難しいですな。疑り深く使えば待遇を不満に思いましょう。しかし信用し過ぎれば寝首をかかれますぞ」

 サカヒが唸った。

「そこは姫様の器量を以てする他ありませぬな」

 とワーズ。

「はあ……」

「部下を生かすも殺すも姫様次第というわけか」

 カワデが笑った。

「カワデ!」

 フクサマが怒鳴った。

「ご無礼をば」

 そして彼は頭を下げる。

「さて、姫さんはどうするよ」

 タダキが髭をさすった。

「お前もだタダキ」

「なんだフクサマ、気が立っておるのか」

「ふん、せっかくマサエドを取り戻したのにこんな政の話は気が滅入るだけよ」

 クルエは彼らの言い争いを無視して言った。

「さて、ハミ家の家臣も増えるわけだけどお家が上手く回るのも家臣の器量でもあるわけね」

「いえいえ姫さんの器量あってこそさ。主君の人柄が家臣一同の質も決めるってことさ」

そしてダガールの捕虜は取り立て志願の者は皆取り立てられた。それを拒んだ者は皆斬首となった。


 ダガール国王ダガーレン・トクワは報告を受けて驚愕した。

「まことか!」

「はっ……マサエドはハミ家が我が物顔で闊歩しておるとのこと」

 報告兵が言った。

 トクワは椅子から身を乗り出した。

「ボーザは死んだのか!?」

「残念ながら……ご立派な最期をお遂げになられ……」

 トクワは俯いた。

「どう死んだのだ?」

「ハミ家の姫クルエ自ら剣を持ちボーザ様を……」

「何てことだ……」

 トクワは目頭を押さえた。

「我が娘の婿にと思っとったのにのう……下がって良いぞ……」

 イーダン・マサリが歩み出た。

「確かクルエはまだ二十歳にも満たぬはず……」

「まさかのう……そうじゃ、きっと本人も優秀で部下も優秀なのだろう」

 トクワはぽつりと言った。

「だが後継はおらんな。おってもまだ赤子だろう」

「仰せの通りかと」

 トクワはゆっくりと顔を上げた。

 そして立ちあがり上座から下りた。

「まずは書状を送ろう。申し開きの為にここへ来いとな!クルエに味方した豪族連中にも送るぞ!」

トクワは扇子を床に叩きつけた。


 ダガールからクルエへの書状は6月下旬に届いた。

 クルエはばっと開いた。

『この度のマサエド占領はいかなる存念によるものか。マサエドはダガールの支配地であり決してクルエ殿のものではない。ハミ家はもう滅亡した家である。クルエ殿一人しか残ってはおられないではないか。

よってマサエドの支配権を主張なさるのは道理に合わぬこと。

クルエ殿はダガーロワに上られてダガールに釈明をすべきである。

立ったひとりの生き残りの女子がハミ家当主であるということ事態尋常に有らざるもので、ハミ家としてマサエドの支配権を主張することは出来ぬものである。

クルエ殿には寺院に入られることをお勧めする。

どうしてもマサエド統治の当主が欲しいなら家臣はそのままにこちらから新たな当主をよこしてもよいと考えている』 

クルエはワーズに渡した。

「これは……!」

 ワーズの顔色が変わった。

「何が書いてあるのだ!」

 フクサマが言う。

「おのれええ!」

 彼は書状を破らんばかりであった。

「姫様」

 とサカヒ。

「ダガールの論理であって、我々の論理にあらず。姫様はハミ家そのものでございます」

「そ、そうね……ありがとう」

 クルエは元気なく笑った。

「姫さんを挑発しているのだな」

 タダキが言った。

「そうだな、ここは冷静にならねば」

 とカワデ。

「ダガーロワに下るのは危険です」

 ワーズが言う。

「罠に違いありませぬ」

「無礼な奴め……ダガーロワに上るだと……新たな当主を用意するだと……」

 フクサマは怒りが収まらぬ様子だった。

 首都ダガーロワに上れというのはダガールが上だと示しており、ハミ家としてはあえてダガーロワには下るという言い方をしたいのだった。

「さて……返事は……」

 とワーズがおずおずとクルエに尋ねる。

「無視すれば攻めてくるんでしょうね」

 クルエは言った。

「何かしらの返答はせねば……」

 彼女は椅子の縁をどんどんと叩いた。


「もしダガールが兵を挙げれば、マサエド攻略に与した豪族も寝返るやもしれませぬ」

 サカヒが静かに言った。

 クルエはちっちっちっと舌打ちをし苛立っていた。

「マサエドは取り返した!でも結局滅ぼされた?」

「姫様、冷静になられませ」

 とワーズ。

「マサエドを占領した以上、こうなることは避けようがなかったのでございましょう?それも御覚悟の上でマサエドを取り戻した。

 大事なのは、これからどうするかでございます」

「分かってる」

 クルエは語気強く言った。

「みんなはマサエドを手放すくらいなら斬り死に致すと」

 と家臣一同を見渡した。

 彼らは頷いた。

「ならば時間を稼ぎましょう」

 その夜にクルエとワーズとサカヒは返書の草案を練った。

 返書は高僧のアザムという者が届けることになった。

 マサエド在住の僧であり、僧ならば気兼ねなくダガールに使者として送れるのである。

 返書の中身はおおよそいかようであった。

『ハミ家の姫クルエは偶然生き残りキロ村で謹んで暮らしてハミ家のこともダガールのこともゆめゆめ考えたことすら無かった。にも関わらず、村を襲われ追いかけまわされた為にハミ家臣団の生き残りが不憫に思い引き取り当主に据えた次第。

この度はダガールに兵を向けられた為やむなく挙兵に及んだまで。

マサエドは民がこちらにすすんで開け渡そうとしたものでダガール軍もやむなく降伏したに過ぎない。

 とりあえずしばらくは様子見をして頂きたく、クルエがマサエドを占領したは止むを得ぬ仕儀にて、戦いにてマサエドは荒廃し民は混乱し、ダガールの兵捕虜のの取り扱いなど問題は山積みなり。

 ダガール殿からあのような書状が届くとは驚き入りかつほとほと困り切っておりまする』

 アザムはダガール・トクワに書状を届けるためその翌日の早朝旅立った。


 7月上旬、アザムはトクワに謁見した。

 トクワはクルエからの書状を流し読みした。

「アザムどの、御足労であった」

 アザムは頭を下げた。

「これがハミ・クルエの返答であるか?」

「は、左様で。わたくしめは預かっただけにございます」

「僧ならば手荒な真似はせんと踏んだな。この書状は無礼極る。家臣をよこしていたら手討ちにしておっただろう」

 アザムは再び頭を下げた。

 トクワはにやりと笑った。

「クルエ殿に申し伝えよ。そち自ら弁明に来いとな」

 

 クルエはアザムからの報告を受けたのは八月中旬であった。

 アザムに丁重に迎えられしばらくダガーロワ見物をもてなされていた。

「役目大義であった。さぞトクワ殿は礼を尽くされたのであろう」

「それが……」

「それが?」

 クルエは慎重に聞く。

「早く申さぬか!」

 カワデが催促した。

「姫様自ら弁明に来いと……」

「何じゃと……らちもない……」

 カワデの横のフクサマが呟いた。

「姫様……」

 ワーズはクルエをじっと見つめる。

「いかがなされます……?」

「姫さん、罠かもしれねえぜ」

 タダキが髭をさすりながら言う。

「ならば代役を立てられませ。もしくは無視」

 サカヒが強く言った。

「代役を立てれば向こうはこれみよがしに使者を殺すわ」

 クルエは考え込んだ。

「無視が肝要……」

「異論はございませぬ。しかし何かしらの示しをせねば」

 とワーズ。

「それならばマサエドの特産物や金銀などを献上致す」

 クルエは顔を上げた。

「そしてこのクルエは病で床から起きれぬ身体である……」

  

 八月下旬、トクワはアザムから書状を受け取った。

 彼はほとんど目を通さずちらっと見て書状をくしゃくしゃにした。

ダガール・トクワはかつかつと笑いだした。

 そしてアザムを指さす。

「マサエドよりクルエを召しだせ!引きずりだせ!這ってでも来させろ!」

「お……恐れながら……」

 アザムは恐れおののき言う。

 目の前のトクワは烈火のごとく怒っていた。

 一代でのし上がった覇者、その威圧感、存在感、常人ならざる雰囲気を前にしては目を合わせるのも恐ろしいというのに。

 トクワは周囲の空間を一気に張りつめらせてアザムを睨みつけた。

「このアザムが説得して御覧にいれまする」

「ふん、お前がか。ハミ家如きの使い走りとなっている拙僧の分際で」

 トクワは鼻で笑った。

「この、トクワの為に働いてくれるのか?」

「はっ……」

「……本当か?クルエの為ではなく、このトクワの為にか」

 トクワは急に口調が優しくなった。

 彼は上座から下りてきた。

「時間稼ぎなど小賢しい真似をしおって」

 アザムは頭を下げっぱなしであった。

「顔を上げよ」

「はっ」

 アザムは恐る恐る顔を上げた。

 トクワは柔らかい表情になっていた。

「よいか、お主はマサエドに書状をしたためよ。病なら仕方ない。しっかり養生なさるがよろしかろう。さればマサエドをいずれ引き渡すと考えてもよろしいか?決して無理をなさらず病が回復した後にゆるりと引き渡す準備をなされよ。とな」

 トクワは目をぎらりと光らせた。

 アザムはダガーロワに止め置かれ、旅行商にその役目が任された。

 クルエにその書状が届いたのは十月に入ってからである。

 その隙にトクワはマサエド近辺の豪族に書状を送りまくっていた。

 ついでにクルエも同じく豪族を取り込もうと書状を送っていたのだが。


 マサエドを引き渡せば行き場所がないのはクルエである。 

 九月の下旬、クルエはマサエドの民の間を練り歩いた。

 民心を掴む為である。

 周りは武装した兵で取り囲んであり、民は熱狂をもって彼女を迎えた。

 ハミ家の忘れ形見がマサエドに凱旋した。

 その事実はかつてのハミ家のもとでの繁栄を懐かしむには充分であった。

「クルエ姫万歳!」

 人々は口々に言った。

「姫様、皆が姫様を待ちわびていたのでございます」

 とサカヒが小声で囁いた。

 クルエは民の熱狂する様子を見渡した。

 そして行脚を続けた。

 仰々しく宮殿に入ると、民が宮殿にまで押し掛けてきた。

「これは凄いわね……」

 クルエは驚き呟いた。

「姫様の人望にございまする」

 とフクサマが笑いながら言った。

「姫様……」

 とワーズ。

「分かってる」

 クルエは宮殿の庭に設置された丘を利用して作られた岩の高台に立った。

 民は歓声を上げた。

「マサエドの民よ。ハミ家の正当な跡継りとしてこのクルエがマサエドを治めよう。ハミ家が先祖伝来のこのマサエドの地を代々治めてきた。ハミ家のもと、マサエドは繁栄し、民はハミ家に尽くしてくれていた。

 それにハミは応え、慈しみを以て、我が先祖はマサエドの民を守り、愛してきた。

 かつてハミ家とマサエドの民との関わりは美しかった。

 ダガールは自らの野望の為にこの美しき流れを絶った。

 しかし今やハミ家は再びマサエドにある。

 私は誓おう!

 かつてのようにハミ家としてマサエドの民を慈しもう。

 そして民も約束してほしい。

 ハミ家の為に尽くしてくれるか?

 ダガールの脅威はまだある。

 いずれ対峙せねばならない。

 その時は、ハミ家の為、マサエドの為戦ってくれることを誓うか!?」

 クルエは右手を高く突き上げた。

 

 数日後、クルエはワーズを伴ってある場所へ向かった。

 馬を走らせ、昼ごろには着いた。

 クルエの顔は強張っていた。

 ワーズはちらりと彼女の顔を覗き込んだ。

 キロ村は寂れ切っていた。

 馬から下りてクルエは一人歩き始めた。

 死体が転がってすらいなかった。

「野犬などに食い荒らされたのかも」

 ワーズは重々しく言った。クルエはぎろりと彼を見た。

「この分では、マブの死体もないと。そう言いたいのね」

「……はっ……」

 二人は歩いた。

 クルエはぽつりと止まり、じっと見た。

 かつてクルエが住んでいた人家だった。

 さびれ、ぼろぼろになっていた。

 ダガール兵に荒らされたのかもしれなかった。

 クルエは戸を開けて入った。

 中は色々な物が散らばり、ほこりっぽかった。

 二人は馬を走らせ山の中を探し回った。

「ここ……」

 クルエはちょっとした洞穴の前で止まった。

「ここで……」

「やっぱり……」

 どこを見渡してもマブの姿はなかった。

 服の破片のようなものも残っていなかった。

「うくっ……」

 クルエが胸のあたりをぎゅっと握った。

「うう……」

 彼女は座り込んでうずくまる。

 地面をがんがん叩きながらクルエは泣きだした。

 ワーズは何も出来ずじっと見ていた。

「ワーズ……」

「はっ……」

「皆には山城のものを移すだけでなく、高僧を以て供養をするわよ」

「はっ、手配いたします」

「至急ね」

「はっ」

 クルエはゆっくりと立ちあがった。

 ごしごしと目を拭いて、ワーズの方に振り向いた。

「さて、戻りましょう」

 クルエはにっこりと笑った。

 ワーズは頷いた。

「では」


 マサエドではハミによる領地経営が行われつつあった。

 城塞の点検、修復、もしくは増強。

 志願兵を募り、軍の強化、組織化を図っていた。

 税制の緩和も厳しいが行った。

「さて、サカヒ、ワーズ、タダキ、フクサマ、カワデは軍団長として留任として、タカラを我がハミの家臣とすべきか……」

 クルエはぽつりと呟いた。

「戦の準備もせねばならんのに、税制を緩和するのは痛い……」

 カワデがぼやいた。

「姫様……兵糧を買い占めねばなりませんぞ」

 フクサマが言った。

「しかし、民心を掴むためでござる。姫様がそうお決めになった」

 とワーズ。

「マサエドの民の姫様を慕うこと天を突くほどなり。戦の時には民がこぞって戦の手助けをしましょうぞ」

 フクサマが軽蔑するような目をワーズに向けた。

「言いたいことがあるのか?」

「ない」

「タカラには死んでもらうという手もござります」

 サカヒが言った。

「サカヒ。存念を承る」

 クルエは目を丸くした。

「いや、これは姫様がお決めになること。タカラは一度ハミ家を裏切った身、またいつ裏切るやら……」

 サカヒは苦笑した。

「しかし、何の理由もなく死罪にするというのはまずいのではないか?」

「左様でございます」

「されば一度タカラを召しだそう」

 クルエは椅子の縁をとんとんと叩いた。

 サカヒはにやりと笑った。 

 

 数日後タカラは悠々とした様子でクルエの前で跪いた。

「お前を召しだした理由は分かるか?」

 タカラは顔を上げた。

「はて、何でございましょう?」

 この怪物とも呼ぶべき男は首を傾げた。

 油断も隙もないとはこの男を指すのであろうか。

 クルエは淡々と言った。

「タカラ殿は先代に仕えていたと言った。そしてこのクルエにも忠誠を誓う覚悟だとも。その言葉信ずるに足るものなりや?」

「信ずるに足りぬ」

 フクサマが言った。

「こ奴はいつまた裏切るやもしれませぬぞ」

 カワデも同調した。

「このクルエは裏切られたことはない」

 クルエは言った。

「姫様、このタカラ、必ずや御役に立ちましょうぞ」

 タカラが朗らかに言う。

「その証を見せてもらおう」

 ワーズがタカラを睨みつけた。

「証をここで見せろと言われても困る」

 タカラは笑った。

「まあ待て、タカラ殿は姫様に従うと仰せだ。ならさっそく何かさせてみればよいのではないか?」

 サカヒが髭を弄びながらにやついた。

「サカヒ殿……わたくしは構いませぬが……」とタカラ。

 クルエは考え込んだ。

「……。ダガールと戦の際には兵馬を提供するのは当然として……」

「は、姫様、このタカラ先陣を務めとうござりまする」

「先陣だと!」

 フクサマが声を荒げた。

「先陣か」

 クルエはタカラを見る。

「そちの言葉嘘偽りはないな!」

 彼を指さした。

「毛頭ございませぬ!」

 タカラは力強く答えた。

 クルエは目を細めて彼を見た。

「先陣を務める功を我が家臣から奪う気か?」

 タカラは笑った。

「このタカラ、既にクルエ様、もといハミ家の家臣のつもりでございまする」

「何を勝手な!!」

 フクサマが激こうした。

「姫さん、こいつは……」

 髭をいじくりながらタダキが呟いた。

「ならばそちの城を姫様に献上なされ」

 じっと聞いていたサカヒが微笑みながら言った。

 タカラはぎょっとしたようだったが、すぐに身を整えて答えた。

「姫様の仰せのままに!」

 クルエは考え込んだ。

「サカヒの言う通り城を譲ってもらえぬか?協力すると言っていざとなった段に裏切られたら困る」

「何をおっしゃいます!」

「タカラ、そちは城をこのクルエに献上し、かつ兵は……」

「姫様、タカラの兵は再編成し、それぞれ配属させ、タカラ殿自身はマサエドの屋敷に御滞在頂き、有事の際先陣でも切らせてばよろしいでしょう」

 ワーズが声を挙げた

 クルエは椅子の縁をバンと叩いた。

 タカラは跪いた。


 タカラは妻子と共にマサエドに滞在する旨が決定された。城はワーズが接収に向かった。

 タカラの家臣達は先に知らせが届きそのことを知った。

 ワーズは城門に兵を並べた。

「開門されたし!」

 彼は大声で叫んだ。

 すると門の上で一列に並んだ兵達がいた。

「何用じゃ!」

「ハミ・クルエの遣いで参った!コレニヤン・ワーズである!この城を接収にし参った!」

 すると門上の兵達が一斉に笑った。

「何を馬鹿な!?」

「見よ!」

 ワーズは懐から紙を取り出した。

「タカラ殿の書状である!」

 兵たちはざわざわし、そして門が開かれ一人の女性が現れた。

 ワーズは馬上から降りた。

 女性はワーズから書状を受け取った。

「確かに父上の書状です」

 

「ハミ家の家臣、コレニヤン・ワーズと申します」

「タカラ・オムが娘、タカラ・エーリでございます」

 二人は恭しく頭を下げた。

「母上が亡くなり、今はわたくしが留守を任されております」

「左様で」

 ワーズは姿勢を正した。

「姫様はタカラ殿の忠義を試しておいでなのです」

 ワーズは部屋に通され茶で一服しながら言った。

「左様ですか。父上も思いきったことをなさいました」

 彼女は聡明さがありありとしていた。

(さすがはタカラ殿の娘……)

「わたくしは父上に従うのみです。ですが城を明け渡した後、我々はどこに行けばよろしいのでしょう?」

「……姫様の沙汰を待つのみです」

 ワーズは言葉を濁した。


 クルエは気が気でなかった。

 ワーズにはある程度兵を持たせたが、返り討ちにあったりはしまいか。

「姫さん、落ち着け」

 タダキが言った。

 彼はいつもこの調子で遠慮がない。

「城を明け渡したうえ、兵や家臣達は散り散りなんて・・」

 クルエは頭を抱えた。

 フクサマと、カワデもいた。

「何をおっしゃいます。タカラ相手には当然!」

 フクサマは高らかに言った。

「少々厳しすぎたかもな……」

 カワデは髭をいじった。

 クルエは机をとんとんと叩いた。

「サカヒには悪いけど妥協も……!」

 フクサマがばんと膝を叩いた。

「姫様、いつまでもサカヒの申すままにしてはなりませぬ!あ奴は我が物顔で当主面をしておりまする!」

「いや、しかし姫さん諸侯に舐められてはいけない。強く出ることも大事だ」

「タダキ貴様もいつもなんだ姫様にその物言いは!」

「落ち着けフクサマ!」

 カワデがいらついて言った。

「使者を取り急ぎ送った方がいいかも……」

 クルエの言葉に皆、頷いた。


「なりませぬ姫様」

 サカヒが言った。

 翌日、話を聞きつけたサカヒが参上したのだ。

「今さら、前言を撤回なさっては姫様の沽券に関わりまする。ここは譲ってはなりません」

 サカヒは毅然としていた。

「しかし」クルエは机の紙を折りたたんだ。

「主君には寛容も欠かせぬのではないか?」

「上に立つ者における寛容とは、相手がそれに見合う心掛けを示した場合のみ示せばよいのです。軟弱な君主と呼ばれてもよいのですか?」

 クルエは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「それに、タカラの書状を見せれば城も瞬く間に開城致すでしょう。タカラは並みの人物ではございませぬ」

「サカヒとどちらが凄い?」

 クルエが笑いながら言った。

「は、こと信用のおけるのはこのサカヒでございましょう」

 サカヒはにやりとし答えた。

「よく言う」

 クルエは頬杖をついた。


 その年の11月、ワーズはタカラの一族を伴ってマサエドに帰還した。

「大義であった!」

「は、有りがたき幸せ」

 ワーズは微笑んだ。

 クルエは上機嫌だった。

「タカラの姫よ、そちの父の忠義には必ず報いようぞ」

「は、姫様にお仕え出来る喜びを噛みしめてございます」

 タカラの娘、エーリは恭しく言った。

「姫様のご慈悲に報いるがよい」

 クルエは何か言おうとしていたのだが、サカヒが口を挟んだ。

「サカヒ」

「は」


「あのままでは、姫様は『タカラ家にはそれ相応の待遇を』とおっしゃりかねなかったので」

「何を言う」

 クルエがむっとした。

「ダガールの動きですが」

「ん、」

「諸侯たちにダガールからの書状が多く届いている模様」

 クルエは神妙な表情になった。

「孤立させようと……」

「は、諸侯も所詮時勢次第ではダガールにつきかねない存在」

 クルエは唸った。

「姫様、もはや猶予はございませぬ」

「ならば、皆を集め意見を聞こう」

 クルエはサカヒに向かって言った。


「さて、このままではハミは孤立し滅びるだろう。それもやむなしではあるが、このクルエの悲願はハミ家再興である」

「ならば討って出るべし!」

 フクサマが声を張り上げた。

「もはやそれしかあるまい」

「後手後手にまわってはまずい」

 カワデも同調した。

「ならば、諸侯たちに根回しをするが……」

 とワーズ。

「どう根回しするのだ」

 カワデが言った。

「我らは少勢だぞ……」

「諸侯たちの利に訴えていく他ないですな」

 とサカヒ。

「おい、タカラ何かないのか?お前はハミ家に伏したのだろ」

 隅に控えていたタカラが進み出た。

「このタカラがお見受けするに……姫様のご威光天を突くばかりかと思いきや、諸侯までは届いておらなんだというのでござりまするか?」

「なんだと!」

 フクサマが声を張り上げる。

「貴様の軍にどれだけ迷惑しておるか!獅子身中の虫め!」

 事実、タカラの軍は徒党を組み、ハミの軍とは一線を画して時々揉め事が起こっていた。

「姫様がタカラの軍の再編成を行わんだ為に」

 サカヒが愚痴るように呟いた。

「そういうことになろう……」

 クルエが重々しく言った。

「いや、そのはずはございませぬ。ハミ家は代々このマサエドの地を治め、豪族に威光を放っていたはず。そして豪族も代々マサエドの地を治めてきたのでございます。姫様の威光は今もなお光り輝いて居るはず」

 クルエがタカラをじっと見つめ考えこんだ様子だった。

「ハミ家の名のもとに豪族たちは土地を治めていたとでも」

「左様でございます」

「それがどうしたというのだ。いまいち合点がいかぬ」とワーズが割って入る。

「先の戦争では裏切ったのですぞ。そして先君夫妻を死に追いやった」

「ならば土地を保証してくれる者につくということではないか……」

 クルエがため息をつきながら言った。

 タカラが居住まいを正した。

「ダガーレン・トクワは齢60である。後継問題はいかがなりや?」

「60歳なんて、私の生まれ育った村じゃ、元気も元気よ」

 クルエが言った。

「姫様、冗談なんかではありませぬぞ。いずれ継承問題は大いに揉めてもおかしくはありませぬぞ。その時、マサエドの豪族が果たしてダガールに与していて無事で済むかどうか」

「つまり……?」

「親ともなれば、子供には多く残してやりたいもの。それが財産であり、地位であり、土地であり……。そうでなくともトクワの子の立場にしてみれば、一代の傑物であった父ならともかく自身にとって敵ともなるものは排除していたいはず。

 さらには継承戦争がもし起こるとなれば、味方を募ろうもの・・さすればマサエドの豪族が巻き込まれるのは有り得る話……」

「ここは素直にハミ家に与すれば安泰と豪族に思わせることが大事か……」

 サカヒが呟いた。

「だがどうする?」

「とりあえずは所領安堵の保証をなさいませ」

 タカラがしぶしぶと言った感じで言った。

 クルエがふっと微笑んだ。

「つまり、起死回生の策はタカラといえど思いつかないというわけね」

「申し訳しだいも……」

 クルエは吹き出したように笑い出した。

 皆がぎょっとしたような眼で見る。

「道は険しい。でもこれがハミ家が、そしてこのクルエが生き残る唯一の道である。より良い道を選んで死するは仕方なし」

「我ら家臣一同姫様と共に」

 サカヒがわざとらしいくらい非常にうやうやしく跪いた。

 周りが冷たい目をサカヒに向ける。

 しかしこの老人は意にも介していない様子だった。 


 クルエは寝室で麦酒を飲んでいた。

 部屋の外では兵が見張りをしている。

 自分の人生はあのキロ村の悲劇の日を境に実感が乏しくなっていた。自分の意思を越えたものに動かされる自分。

(キロ村の頃が懐かしいなあ……)

 クルエはため息をついた。

 あの頃ならば自分はもっと自由だった。

 もし仮にハミ家を再興させたとしてもハミ家当主たる自分にはあの頃の生活に戻ることは出来ないだろう。

 しかし、キロ村壊滅の際自分は一度死んだもの。そう思ってやってきた。

「これでいいのよ……」

「姫様、エーリ殿がお見えです」

 クルエは扉のほうを向いた。

「通して」

 エーリはタカラの娘であった。

「よく来たわね」

 クルエは微笑んだ。

「麗しき尊顔に拝謁し恐縮の至り……」

「堅苦しい挨拶はいいのよ。このクルエは少々酔っている」

「左様でございますか」

 エーリがにこりと笑った。

 クルエはエーリの器に酒を注いだ。

「周りには同じくらいの年の娘がいないから、エーリが来てくれて嬉しく思うのよ?」

「わたくしなど、無力でございます。ですからこうして姫様の話し相手になるしか」

 クルエは酒をぐいっと飲んだ。

「酒に逃げなきゃ……やってられない」

「姫様、いけませぬ。まだお若いのに」

 エーリが優しそうに微笑んだ。

「ワーズ達からも厳しく言われてる。こうして目を盗んで飲むに限る」

「弱気では皆がついて来ませんよ」

「だから皆の前では強く振舞ってるつもり」

「コレニヤン様からは窘められてるのではないですか」

「ワーズはね」

 クルエはため息をついた。

「彼は禁欲的すぎる」

「姫様、そんなではこのわたくしにですら寝首をかかれますよ」

「エーリ」

 エーリは声を出して笑い出した。

「古来酩酊した英傑が討たれる例は数多ありまする」

「私は英傑じゃない・・」

「姫様を慕うものは既に多うございまする。マサエドの民も・・」

 クルエはぐいっと飲んで机にどんと置いた。

「このままダガールに攻められればマサエドの民も無事じゃすまない……。それもこれも私のふがいなさのせい・・」

「姫様……」

 エーリはクルエに手を伸ばし彼女の手を握る。

「迷いがあるのは当然です。迷うてこそ王者、迷わぬ王などそれは暴君暗君でございます。されど迷いすぎるのは多くの者を不幸にします。姫様はそんなお立場なのです。大小あれどわたくしの父もわたくしも同じ立場、常に肝に銘じて参りました。姫様もどうか」

クルエは唇を噛み締めながらエーリの手を握り返した。


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