マサエド入城
クルエらはボーザらが一時滞在したと思われる山城でいったん休んだ。
その際、中にいた城兵とひと悶着あったが、ボーザが敗れたことを知ると、命だけは助けてほしいとの旨を言ってきた。
クルエは了承した。
彼らを捕虜とし、入城した。
ハミの山城とマサエドの道程の途中通らざるを得ない城だ。
クルエは城の外廊下に佇んでいた。
これでマサエドを制圧すればハミ家の先祖以来の地を奪還するという目的は達成される。
外の風景は山々で、済んだ青空であった。
ワーズが彼女を見つけた時、近寄ろうと思ったが躊躇された。
だが彼は意を決して歩み寄った。
「姫様」
彼女は気付いて振り返った。
そして目をごしごしさせた。
「何?」
泣いていたのだ。
目は赤く、涙の跡は隠せていなかった
ワーズは口ごもった。
「何?」
クルエはちょっと笑った。
ワーズはいつもの生真面目な顔になった。
「この度ダガール勝利致しましたこと、お喜び申し上げます」
彼は頭を下げた。
「それも家臣皆の働きあってこそ。私は何も……」
クルエは答えた。
「何をおおせられます。姫様がおればこそ我らは一つになれたのです」
ワーズは恭しく再びお辞儀をした。
顔を上げた。
ワーズは驚いた。
クルエが涙を流している。
「ひ……姫様……」
ワーズは狼狽した。
「私……何も言えなかった……」
「何を……」
「ボーザには言いたいことあったのに……。でもいざとなると何も分からなくなって……。何度も何度も、何て言ってやろうかと考えたのに……」
「姫様……あれでようございました!」
ワーズは絞り出すように言った。
「姫様の威厳さらに高まったものと……」
クルエは泣きながら笑った。
そして頷いた。
「ハミの当主としてやるべきことはしたのよね?」
夜のうちにクルエ率いるハミ軍は山城を発ちマサエドへ向かった。
いちはやくマサエドを占領しなければならない。
クルエはとりあえず前に進むこと以外することが分からなかった。
ボーザをこの手で殺し、その後は、マサエドを占領した後は何をすべきなのか。
キロ村の皆の墓参りは出来るのだろうか。
でも、皆が私を許してくれるだろうか。
許してくれないなら許してくれるまで頑張るしかない。
近いうちにちゃんとした墓を立てることが出来るのだろうか。
マサエドに向かう際中、ダガールのボーザは敗れたと村々に言いまわった。
そうしながら進んでいくと諸豪族が次々とハミの軍勢に加わっていき、数千もの軍勢に膨れ上がった。
マサエドの城門に辿り着くと、中に立てこもる城兵が恭順を拒否した。
クルエはマサエド城外に陣を構えた。
「意地があるのでしょう」
とワーズ。
クルエは考え込んだ。
「姫様、城で持ちこたえたうえで援軍を期待しているのでしょう」
サカヒは言った。
「おのれえ」
フクサマは忌々しげにマサエド方面を見つめた。
「姫様ご登城の為にも中の奴ばらめを」
「ここは、城を明け渡せば取り立てて所領を安堵すると約束を」
とサカヒ。
「しかし、やる所領がどこにある!?」
カワデがすぐさま反論した。
「誰が守るかね」
サカヒはにやりと笑った。
「それが駄目なら、討ち取ったダガール兵の首を並べて見せつけるのでございます」
クルエの顔が強張った。
「お前らもそうなりたくなくば大人しく明け渡せと。なにしろ姫様、我々は悠長にしておれません。
どちらかといえば所領安堵のうんぬんより、こちらの方が望ましい程で……」
「そ……そこまでするの……」
「姫様、このワーズも同じ考えです」
ワーズが言った。
マサエドはハミ家が治めていたころより堅固になっていた。
落とそうとすれば骨が折れるに違いなかった。
今数千の兵が集まっているし、中の民衆を味方につければ容易いのかもしれないが。
であるから、出来れば城兵が城を開けてくれれば助かる。
クルエはマサエドの城を見つめた。
あれが私の故郷なのだ。
キロ村の思い出しかないが。
だからサカヒらがあそこまで熱を上げる傍らでクルエはどこか冷めていた。
故郷を取り戻したいというより父や母や兄、そしてキロ村の皆を奪ったダガールへの怒りの方が大きい。
ハミ家再興というのもそのおまけのようなものであった。
だが、彼女の生きる目的である。
ハミ家再興と仇打ちのみに生きるのだろうか。
クルエは考えた。
でも、それがなくては生きる意味もない。
「姫様」
ワーズの声に振り向いた。
「姫様にタカラ家のタカラ・オムがお目通りをしたいと申しております」
「タカラ家?」
「は、マサエドの豪族で先君とも懇意にしていたのですが……」
クルエはいぶかしんだ。
「していた……?」
「先君夫妻一家の悲劇の際、真っ先に裏切りダガールに取り入った男です」
ワーズは淡々と言った。
「とすると、信用ならぬ者ということ?」
「左様でございます。毅然とした態度で、かつ油断なく振る舞われますよう」
「分かっているわ。マサエドに帰還した暁には決して舐められることのないように、ハミ家の姫ここにありと示さなければね」
ワーズはにやりと笑って頷いた。
さて、タカラ・オムがクルエに面会を求めた件はあっさりと実現した。
「ご拝顔の栄に浴し、恐悦の極みに存じます」
タカラは跪き言った。
「祝着である。顔を上げられよ」
クルエは力強くを心がけ答えた。
考えてもみれば家臣相手にはよくやったが、そうではない外の人間にやったのは初めてだ。
であるから、余計失敗は許されない。
タカラは顔を上げた。
目は鋭く油断なく光り、顔つきは細面であった。
「タカラ殿、この度は御参陣感謝いたす」
「勿体なきお言葉」
タカラは恭しく頭を下げた。
「ところで」
クルエは首を傾けながら言った。
「は」
「タカラ殿は、我が先君夫妻がダガールに攻められし折、真っ先に裏切ったと聞いたが……」
タカラははあはあと言った。
「その物言いは心外にございまする」
タカラは佇まいを直した。
「我がタカラ家は代々ハミ家に御奉公申し上げてまいりました。ダガールによる侵略の際、タカラ家はダガールにいちはやく攻められ申した。
わたくしは幾度も援軍を求め申した、しかし先君はそれどころではなく、仕方なく我らを切り捨てたのは分かっておりまする。
我らもお家を守らねばなりません。ダガールに降ったのは決してハミ家への背信からではなく、やむを得ぬし仕儀にて、断腸の思いでのことで」
「だまらっしゃい!」
フクサマが怒鳴った。
「よくもいけしゃあしゃあと!」
「よせ……アリ」
カワデが言った。
「なんだチリ」
「そちは、やむを得ずのことと言ったが、兼ねてからダガールに取り入ろうとしていた事実をこちらは掴んでおるのだぞ!」
ワーズが語気強く言う。
「ダガールから誘いが繰り返しあったのは事実でございますが、こちらから働き掛けたことは一度とてないわ。
ならばこちらから申し致すが、その方らも、殉死せなんで先君夫妻の忠臣とは片腹痛い」
タカラは笑った。
「おのれえ!」
フクサマがカワデに抑えられる。
「あなたの言い分、分かったわ」
クルエが静かに言った。
彼女は椅子に座りなおした。
「で、話しとは何?」
タカラは頭を下げた。
「マサエドの内部に私の息のかかった者がおります。その者に扇動させ、マサエドの門を開けさせるというのは如何でしょう?」
「出来るのね?」
「姫様、結構な話しにござりまする」
サカヒがやっと口を開いた。
「やらせてみればよろしいでしょう」
「うん、お手並み拝見といこうかしら」
「は、ありがたき幸せ。それでは成功しました暁には、所領の安堵とをお約束いただきたく」
クルエはサカヒ、ワーズ、フクサマ、カワデ、タダキを見まわした。
「では、成功を祈っているわ」
「は」
タカラは陣中から去って行った。
「姫さん、良かったのかい」
タダキが言った。
「ええ、まあ、……」
クルエは言葉を濁した。
「よいのだ。あれで」
とサカヒ。
「姫様は何の約束もしてはおらん」
「何を言うか!?」
タダキが立ちあがった。
「姫様はお手並み拝見と申しただけで、所領の安堵の約束はしてはおらん」
サカヒがにやにやしながら言った。
タダキは膝をばんと叩いた。
「そは重畳至極!さすがは姫様!」
タダキは感心しながら言う。
「あのような奴にはちょうど良いわ」
フクサマが毒づく。
クルエは口をぱくぱくさせた。
「姫様?」
とワーズ。
「いえ」彼女は笑う。
「では、討ち取った首を並べるというのは、どうすべきかしら?」
「諸将皆はやり血気盛んでおります」
クルエはううんと唸った。
「やむを得ないのかしら?」
「姫様、我々がボーザを破ったのだと強くお示しになるのです」
とサカヒ。
「首を晒せと」
「左様でございます」
打ち取られた数百の首はマサエドの城門の前に並べられた。
そして再度城門の開放が要求された。
ついにマサエド城はその門を開けた。
民の蜂起もあり、門兵はクルエらと民に挟み打ちとなる形で投降した。
そしてついにハミ家の忘れ形見クルエのマサエド入りが叶った。
3338年5月の21日のことであった。
城兵も慌てて投降し、クルエはマサエド城に登城した。
民衆はクルエらを歓迎し、歓声が上がった。




