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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
最終章
69/73

即位

 クルエの文化面での功績を挙げるとすれば、まずは「宝物院」と「宝書院」の設立にあるだろう。

 かつてダガール王国は、オーエン王国から接収した宝物などを保管していたが、クルエはそれを引き継ぎ、さらに、国中の諸将に命じて、行方の分からない宝や書物を探させた。しかし、贈呈を拒んだ諸将も多かった。曰く「先祖代々の品」だとか「かつてオーエン王から授かった物」だとかの理由で拒否したのだ。

 だが結果として、貴重な品や書物が、オーエン王国末期から続く混乱による損失の危機からようやく救われる形となった。

 記暦3360年6月にはマサエド大学を設立している。優秀な者は身分問わず学べる場であり、王国中から学者や秀才が集う場へと発展していく事となる。古くから信仰されているキト教を主に、天文学や数学や哲学等が教えられていた。

 ことにクルエ自身は関知していないが、マサエドでは芸術が盛んになりだした。都に国中から芸術家が集まるのだから当然だが、ダガール時代の豪華絢爛さとは趣向を変え、質実剛健な趣が、この頃の絵画や彫刻にはある。ダガール王トクワはよく芸術を愛し彼の為に多くの芸術品が残されたが、クルエにはその半分もない。後世で失われたというよりも、元々数が少なかったようである。

「見事な出来でございますなあ」

「王女殿下の美貌は、絵を以てしても伝わるものですな」

 従者が口々に誉めそやす。

「褒美を」

 タニアは手をぱんと叩いた。

 従者が恭しく皮袋を差し出す。

 それを受け取ると、目の前で跪く男に手渡した。

「そなたの絵は見事であった。これは王家の宝となろう」

「有難き幸せ」

 事が済むと、タニアは絵を片付けさせた。

 自分を眺める趣味は無い。

 時を同じくして、バイス王子も肖像画を書かせている。

 これは、母からの贈り物ということらしい。

「今この時は、今しかないのよ。今のこの姿を書いてもらいなさい」

 母はにこやかに言ったが、乗り気ではなかった。そもそも「自分」を貰って何が嬉しいのか。どうせなら、神話や物語の一場面や、どこかの景色の方が良かった。

 我侭を言ってもしょうがないので、母の厚意を受けるしかない。

 それよりも、風の便りで流れてきた噂の方が、気になって仕方なかった。

(大丈夫だろうか……)


「女王陛下が御退位あそばし、王子殿下に王位を譲る」との噂は、宮中を駆け巡り、無論当の王子の耳にも届いた。

 バイスは開いた口がふさがらなかった。

「殿下、おめでとう存じます!」

 シータが喜びを抑えられないといった風で一礼する。彼女はバイスの妻であり、故オーエン王国の貴族オリト家の出である。彼女の一族は、ダガールとの対立で没落しきっていた。その血縁を辿ると、オーエン王家につながるらしい。

「馬鹿な……信じられん……」

 バイスは首を振った。

「俺にはまだ……」

「まあ!何と情けない物言い!」

 シータは言った。

「むしろこの噂を利用する、くらいの気概を見せなされ!」

 バイスはうんざりした顔をした。

「何もする気はない。時が来れば全ては決まる!」



 クルエにバイスが呼ばれたのは、8月に入ってからの事である。

「お前に王位を継がせようと思う」

 バイスは跪いた状態から、はっと顔を上げた。

「だが、いつかはまだ決めていない。まあいずれ……」

 女王は、気まぐれでも話すかのように軽い感じで言った。

「わたくしには、まだ早うございます!」

 バイスは語気強く言った。

 まだ、年は16歳の青二才なのだし、王国全てを背負い得るのだろうか?それ程の重責を、自分に担えるのか不安で仕方なかった。

 王位を継ぐのは自分だろうとは、何となく感じていた。結局は自分は唯一の男子であり、それに、長子であるのだ。

「だから、時期は決めていないと言ったでしょう」

 女王は笑った。

「はあ……」

「タニアにも、私から言っておく。あの子なら、認めてくれるでしょう」

 タニアはバイスの双子の妹なのだが、幼い頃から才気煥発で、馬を乗り回し、弓を射り、学問にも秀でていた。確かに、バイスも学問なら負けぬ自信はあるが、自分自身の気の弱さを非常に自覚している彼とすれば、王者然としているのは向こうの方のきがしてならない。

 

「兄上!」

 バイスが馬で城内を駆けていると、タニアが馬を寄せてきた。

 馬や武術の訓練を欠かさぬのは、母の影響によるところが大きい。ところがその母は、最近訓練をせず、もっぱら、政務や、趣味の料理に勤しんでいる。

「聞いたわ」

「そうか……」

「あの噂は母上が流したのね」

「ああ、あれ以来周囲の目が変わった」

 タニアは鼻を鳴らした。

「せいぜい今のうちに媚を売っておく事ね」

「そう言うなよ」

 バイスは苦笑した。

「ま、兄上が王で正しいと思う」

「何故?」

「兄上は、心優しいから。私は大雑把過ぎて……。二代目となるべき人物は、破天荒過ぎず、独断に過ぎず、家臣の話を聞けて、道をしっかり歩める人よ」

「確かに、母上がせっかくやってきた事を頓挫させてはならぬもんな」

 バイスは考え込んだ。

 自分が為すべき事は、女王クルエの政策の前進だ。統治の安定、税制の安定、領主や豪族の押さえ込み、もしくは弱体化、もしくは討滅。さらには先頃完成したマサエド大学を保護する役目もあるだろう。また、倹約も続けねば。やるべき事がたくさんある。

 さらに、これから一つ一つ、母上の政策を検討するのだ。自分なりにどうするかも考えていきたい。

 だが、それらは少なくとも、母上が御存命の内は、主導権は母上にあろう。

 むしろ……自分としては、母上にはずっと健やかであらせられるのを期待するばかりだが……。

「母上は、如何なさるおつもりかな?」

 タニアは言った。

「隠居して実権を握り続けるおつもりなのか、それともある程度裁量を認めて下さるのか」

「無論、俺をご指導遊ばすだろうよ」

 バイスは自嘲交じりに言った。


 

 

 記暦3363年4月18日、女王クルエは退位し、バイス王子が即位した。

 即位の儀には、国中の領主、豪族、有力者が集い、二代目国王を祝福した。

 バイスは緊張した面持ちで壇上に向かった。

 夢の中にいるようだった。現実である気がせず、意識が朦朧とすらしていた。足が空中を歩いているかのようで、周囲の音が一切消えうせた。

(母上も、こんな気分だったんだろうか)

 壇上に上がり、跪いた。

女王は優雅な手つきで、頭上の冠を外し、バイスの頭に乗せた。

 王冠の質感をはっきりと感じる。何故か、背中や肩に重くずしりと何か乗っかった様な感じがした。

バイスはゆっくりと立ち上がり、振り返る。

「バイス国王陛下万歳!」

 の声が上がった。

 足が震えるのを、気づかれなければよいが……。

 

 

 即位式も終了し、クルエとバイスは卓の上に酒瓶と杯を置き、向かい合った。

 二人はまだ、即位式の服装のままである。

「即位式はどうだった?」

 クルエがぽつりと言った。

「足が震えました……」

 バイスは苦笑する。

「何が何だか……」

「まあ、そうよね」

 クルエは微笑む。

「貴方は、これでハミ王国の二代国王となった。もはや王子ではない」

「覚悟は出来ております」

 バイスは頭を下げる。

 クルエは神妙な顔をした。

「王になるという事は、途方も無い孤独と向き会う事。情を捨てなければならない事もある。いざとなれば、自分の大切に思う人すら、殺めなければならない」

 バイスは息を飲んだ。

 母は唇を噛み締めていた。

 何か古傷を思い出しているかの様であった。

「肝に銘じます」

「でも、情を忘れては駄目。一誠も無き者は、君主であってはならない。私はそう思ってやってきた」

 バイスは強く頷いた。

「はい」

 クルエは微笑む。

「さて、晩酌しましょ」

 自分の杯を、バイスの前に差し出した。

「おつぎします。母上」

 バイスは重々しく言って、酒瓶を傾けた。


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