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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第二章
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拒絶する者

 1月8日エキル・アキリは、戦勝祝いの為、女王クルエの陣を訪れた。

 既にダガーロワは完全に女王の軍の支配するところとなった。

「此度の戦勝、誠に以てめでたき限り」

 アキリは恭しく言った。

 クルエは頷いた。

「奸賊共を打ち破り、我がエキル家もひとまずほっとした次第」

「まだまだ喜べぬ。これから戦の始末をつけねばならぬ」

 クルエは淡々と言った。

「左様で。フクサマやカワデもまだ健在なれば、最後の大仕事が待っておりましょう」

 クルエは頷いた。

「まだ完全に、戦の目的を果たした訳ではないしな」

アキリは女王の言葉に苦笑いした。

「陛下におかれましては、ひとまずはお疲れをお取り頂きとう存じます。此度の戦はさぞ堪えましたでございましょう」

「ああ」

 クルエはそっけなく答えた。

「しかしまだ、休めぬ。さてアキリ、此度の戦の目的が何だったか、覚えておるか?」

 アキリは首を傾げた。

 女王とワーズの、対立の果ての戦だったはず。ならばワーズを討つ事だろうか?いや、女王はワーズを討ちたくなどないのではないか?故に生かして捕え捕虜にした。

 その後は……。

「天下を乱す奸賊を討つ事にありましょうや?」

一応そう答えた。

 女王にとって、ブシンやラムダは間違いなく賊であったろう。だが、ワーズはどうだ?ワーズは夫君シュトラに嵌められ、ブシンやラムダといった野心家達を抑えきれず挙兵した、そうなのではないか?

 ワーズを嵌めた主犯ともいえるアキリは、そう思った。

 もともと彼が、シュトラを、女王と彼の子供の命を人質に、自身の陣営に引き込んだのがそもそもの始まりであった。

「その通りだ」

 クルエは頷いた。

「私が誰を討つといって挙兵したか、覚えておるか?」

 アキリはばっと、立ち上がった。

「陛下!」

 剣の柄に手をかける。

「そうだ。私はアキリを討つ事をワーズらに命じた。もともとこの戦はお主を討つ為であったのだ」

「しかし、それはワーズらを騙す為の方便では!?」

 アキリは言った。

 嵌められたのはこちらであったか。

 いや、まさかそこまでするのか?

「陛下、仁義を通さねばならぬ事もございます。こうして戦に勝ったのなら、共に戦った者を尊重なさるべきです。なのに勝ったらすぐさま手の平を返して、功労者を討とうというのでござりまするか!?」

 アキリは訴えた。

「君主たるもの、そうして前言を翻せば、いずれ信望を失いまする。到底君主のとるべき道ではない!」

「お主は奸賊である。公で私はそう表明した。それを通すことこそ、君主としてとるべき道だ」

 クルエは冷たく言い放った。

 女王の顔は真っ暗だった。いや光の陰影の事ではない。むしろ陣中は明るい光が差し込み、女王の顔ははっきりとよく見えた。だがその表情は、どす黒い冷酷さを周囲の空間に放出していた。

 アキリは周囲を見回す。

 女王に付き従った諸将達は、顔色一つ変えずにいる。

 そうか、知らぬは自分だけだったのか。

クルエは微笑んだ。

 そして、手の平を振る。

 すると、アキリの周囲を兵士達が囲んだ。

 アキリは声を上げて笑うしかなかった。

「夫を死に追いやり、家臣に反逆され、そして夫君の弟を奸計にかけ、殺す。いやはや女王陛下、貴女の血まみれの玉座に、実の息子の血が混じるのはいつかな!?」

 これ以上ない悪意を持った罵倒であった。

 兵士達が一斉にアキリの身体を槍で貫く。

 アキリの生命はそこで停止したが、死体が片付けられた後も、クルエはじっと椅子に腰掛けたままであった。



 ダガーロワが占領されると、ダガーロワ側についた兵や諸将達の処刑が始まった。

 その凄惨さは「血が霧となり川となり、街を満たした。断末魔の絶叫が昼夜止む事はなかった」と記されている。

 クルエは一人たりとも生かす意志を示さなかった。

 逃亡した者達も捜索された。 

 だが、クルエが民衆に手を出す事を禁じたため、不徹底さは否めなかった。

「陛下、ある程度は止むを得ないのでは?」

「いや、逃亡人を差し出した者には、恩賞をやればよい。匿った者はそれなりの罰を」

 それなりの効果はあった。

 十数の武将が民衆によって捕えられ、差し出された。無論その十数人は皆、槍に突かれて処刑されている。

 当主が殺されたエキル軍は、女王の軍に反旗を翻そうとしたが、機先を制され、1日もせずに壊滅させられてしまっている。

 エキル軍の兵や将に関しては、処刑だけでなく、女王の軍への編入が行われたりした。いずれパラマ城の接収もあるであろう。

 その際、ダガーロワ軍の生き残りが、エキル軍に混じって難を逃れようとした例がいくつもあった。幾人かは見つかり捕えられたが、『成功』した者も多かった。

 


 記暦3347年1月15日、ダガーロワ城内の一室に囚われたワーズを、クルエが訪れた。

「陛下、今更何の用で?」

 ワーズは書物を卓の上に置いた。

 クルエは、目線を外し、その書物を見た。

 キト教の書物であった。

 旧オーエン領もとい、ハミ王国で信仰されている宗教である。

「あら、ワーズもこういうの読むのね」

 クルエは微笑んだ。

 ワーズもばつが悪そうに笑った。

「何もする事がないというのは、思いのほか辛うございますなあ」

 クルエは笑うのを止め、神妙な表情でワーズを見た。

「陛下」

 ワーズは呟いた。

「ワーズ」

 クルエは搾り出すように言った。

「すぐとは言わない。今は難しいと思う。とりあえず今は謹慎して、折を見て……」

「陛下」

 ワーズは眉を顰めた。

「わたくしが求めているのは、そんなものではありません」

「じゃあ、何なの?」

 クルエは訝しんだ。

 ワーズは、兼ねてより用意していた言葉を言った。

「わたくしは陛下の家臣であるのはもう耐えられません。陛下を主君と思えませぬ。ですからわたくしは乱を起こし、自らの野心を満たそうとしたのです」

 クルエは顔を強張らせた。

「わたくしが望むのは、陛下の首……、そして玉座にございます。その為には陛下は邪魔です」

 ワーズは語気強く言った。

「考え直す事は出来ない?」

 クルエは訴えた。

「出来ませぬ。もはや後戻りは無理にございます」

 ワーズは首を振った。

「わたくしは陛下が羨ましい。女王という地位にあればこそ、こうして勝利し得た。立場が逆であればわたくしが勝っていた……!」

 クルエは俯いた。

 ワーズはじっと彼女を見た。

「陛下、お帰り下さい。今は御身一つ、武器も持たず。わたくしにとって最大の機という事になりまする。例え武器が無くとも、陛下を危害を加えられます」

 あからさまな拒絶の意思であった。

 これ以上自分を説得しようとしても無駄だ。という、彼の意思は充分過ぎる程に主君に伝わった。

 クルエは悲しげにワーズを見つめた。そしてゆっくりと立ち上がり、項垂れながら部屋を後にした。

 


「陛下……」

 部屋の外で待っていた侍女のフレーがクルエの顔を見て思わず呟くように言った。

 廊下を歩く。調度品もそこそこで、警護の為の兵士達が一定間隔で立っている。

「彼ったら」

 クルエがぽつりと呟いた。

 フレーが振り向く。

「早く殺せって……」

 クルエは顔を覆った。


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