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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第二章
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第二次ダガーロワ包囲戦

 ワーズらがアキリ討伐と称して、マサエドを発ったのは、記暦3346年10月25日である。彼らは、アキリの居城パラマを目指すのではなく、間逆の南の方角を目指した。それはダガーロワであった。

 ダガーロワは、ワーズが総督を務めた地であり、ワーズ派最大の権勢を誇るタイラン・ブシンの領地のある地域でもあった。もし、女王クルエの命通りパラマへ向かっていれば、女王の軍とアキリの軍に挟み討ちにあった事だろう。彼らとしては女王とアキリのつながりは、しっかりとした根拠などはないが、確信の様なものであった。

 そしてそれは正解であったのだ。

 アキリ軍は進軍を続けた。女王は挙兵の準備こそしていたが、迫り来るアキリ軍に対して兵を送ってはいない。

 女王クルエの軍と、アキリの軍が合流したのは、マサエドより少し南のツイという場所で、総勢4万に膨れ上がった軍勢は、三度ダガーロワを戦場にすべく、南下していった。

 その中には、ワーズ軍に加わるよう命じられたタカラ・オムもいた。結局彼は女王側の軍に合流したのであった。



「4万……」

 ワーズは思わず呟いた。

 彼の横で報告を受けたブシンとラムダは項垂れた。

 こちらは1万を超える程度の兵である。数の上からは絶対に勝ち目が無い。

「だからあの時女王を殺しておくべきだったのだ!」

 ブシンがわめいた。

「ワーズ殿が、弱気を起こして女王に押し切られさえせねば、せめて女王を押し込め出来たものを」

 ワーズは黙りこくっていた。

 彼らと、その他にワーズにつき従った諸将達は、どうすべきか各々が思考を巡らせた。恐らくは女王に寝返ろうとした輩もいたであろう。しかしそれはクルエの宣言によって打ち破られた。

「ワーズらにつく不逞の輩どもは、一人残らず地獄の業火に焼き尽くされるであろう。もはや助命も、温情も無い。情けを乞う者などは、更なる汚辱の死が待っていると知れ」

 ワーズはその内容の書かれた書状を受け取った時、思わず含み笑いをしてしまった。主君のかつて無いまでの峻烈な意思が、そこに現れていた。

 結果ワーズ軍は、さらに南下を続け、ダガーロワ城に入らざるを得なくなった。

 ダガーロワ入城は、記暦3346年12月6日である。

 ワーズは久々にこの城の主となったのであった。

 とはいっても、ワーズがマサエドにあっても尚、ダガーロワは彼の帰りを待つ部下がいたので、一時留守にしたといった風であったが。

 ワーズらは篭城の準備を始めた。だが、後詰の無い篭城などに未来はあるのだろうか。そうした不安が兵達を満たしていった。だが、女王が自分達を許す気など無いと知っている彼らとしては、今ここでそうするしかないのである。

 万が一にでも、篭城戦で女王の軍を追い返しさせすれば……。いや、それは弱気に過ぎる。いっそ女王を討ち取ってしまえ。そうした言葉を発し、自分達を奮い立たせるしかなかった。

 それは、軍の指導層のブシンやラムダにとっても、切実なものであった。


 記暦3346年12月28日、女王クルエの軍がダガーロワ城を包囲した。

 世に言う「第二次ダガーロワ包囲戦」である。

 クルエはアキリと改めて会談した。

「陛下、敵は1万なれど、ダガーロワ城は堅牢にして、なかなか手強いものと」

「敵は、いっそ正面決戦を挑んでくればよいものを、こうして立て篭もった時点で、いくじがないと見て間違いない」

 クルエは呟くように言った。

「ならば、我等が取る手段は……」

 とアキリ。

 クルエは頷いた。

 大軍によって取り囲み、海運も海上にて船団を展開させて断つ。長期的に篭城させ疲弊させるのだ。

 クルエはさらに援軍をよこすよう各地の豪族や領主に命じた。

 事ここに至っては、ダガーロワに味方する者などなかった。

 閉じ込められた鼠に、味方しようなどという数寄者はいないのだ。

 

 ダガーロワは女王の軍の包囲攻撃に昼夜問わずさらされた。

 火矢が定期的に飛んできたり、太鼓の音が一晩中鳴り響いた。

 さらに女王の軍勢が波状攻撃を何度も仕掛けてきて、城の守りの兵達も心身共に追い詰められていった。

 そんな状況で一月が経過した。

 第一次は16日で決着が着いている。これはダガーレン・ヴァイレンの裏切りがあったからこそでもあるが、それに比べて第二次包囲戦は長期化していた。無論城攻めならこれくらいの期間が掛かるのは当然といってもいいだろう。

 女王の軍勢は7万に達する勢いだった。六人衆の一人で日和見を続けていたレアール・ワザールがとうとう女王側についたのだ。それ以外にも多くの豪族が女王の軍勢に合流していった。

 もはや女王の勝利は近いのではないか。

 アキリは上機嫌だった。

 兄と叔父の無念を晴らせるかと思うと、心が躍る。あとは直接の仇であるフクサマとカワデを討つのみだ。

 だが、確認しておきたい。女王はどう考えているか。

「お言葉ながら陛下。お尋ねしてもよろしゅうございますか」

 軍議が終わり、他の者が出払った後訊いてみた。

「構わぬ」

 女王クルエは頷いた。

「右将軍フクサマと、左将軍カワデを如何遊ばしますか。二人は陛下の命に背き、エキル家を襲撃し、マサエドを占領した者達です。総督ワーズと同等の謀反人ではございませぬか?」

 ここまで踏み込んだ物言いをしたのは、自らの正当性を信じた為でもあった。それに、裏切りに大して女王は快く思っていないだろうと、考えたのだ。

 何度か交わした書状で、女王はこちらに悪感情を抱いていないと確信していた。

「いえ……!出来すぎた事を申しました。どうかお許しを……」

 アキリは頭を下げた。

一応用心するに越したことはない。機嫌を損ねてはいけない。

「いや、構わぬ」

 クルエは笑った。

「とりあえずはそれは後。今はワーズ達をどうにかせねば」

 復讐は果たさなければならない。だがそれが今である必要は無い。今はただ、生き残る事を考えねば。

女王の心証を良くしなければ。

「陛下もお辛うございましょう。かつての臣下と相争う事となろうとは。ですがわたくしは、陛下に落ち度があったとは思いませぬ」

 アキリは言った。実は心からそう思っていた。

 臣下の分別を越え、女王を糾そうなどと、どれ程傲慢なのだろうか。ワーズという男は忠臣でもなんでもなく、ただの奸臣である。だが、自分達エキル家は違う。女王の外戚として王国を仕切る資格がある。それを行使しようとしただけだ。



 ダガーロワの包囲は40日を越えた。

 マサエド軍も兵糧などは定期的に送られてくるものの、出費と兵の疲労は蓄積されていった。包囲する側も必ずしも優位という訳でもない。それに冬であり、寒さも堪えた。

 だが、確実にダガーロワ軍の疲弊は大きくなっていった。

 陸での攻撃は塀で防げるが、海から船で襲い来るマサエド軍に多大の損害を受けた。包囲の序盤では海の船団は、ただ単に包囲しているだけであったが、ここ数日船から港へ降り始めたのだ。

 だが、記暦3347年1月5日、船団が総攻撃を仕掛けてきた。

陸からが無理ならばと、海から数万の兵が侵入してきたのだ。

 さすがに抗しきれず、港近辺からダガーロワ軍は撤退した。

 もはや、負けは目の前に見えていた。

 コレニヤン・ワーズはタイラン・ブシンと、ラムダ・タイと軍議を開いた。

「このラムダ、もはや武を誇って死ぬのみ」

 ラムダはいきり立った。

「勝手に行け」

 ブシンが吐き捨てた。

「最後まで女王に抗した誇りある武人として、死にたいのだ」

「わしは、雑兵に討ち取られるのは御免だ。時が来れば自害する」

 二人が悲壮な会話をしているのを聞きながら、ワーズは口を開いた。

「わしは降伏したい。これ以上血を流しても無意味だ」

「勝ってにせい!」

 ブシンは怒鳴った。

「このワーズは最後まで責任を果たしたいのだ。無論お主らは勝手にするがよい。だがわしは勝手に死んではならんのだ」

 流した多くの血に報いなければならない。自害する事や、華やかな死を求める事などとは違う。自分の意思で死んではいけないのだ。

「さらば、ワーズ殿、ブシン殿」

 ラムダがすくっと立ち上がった。

「ならば、わしも」

 のそっとブシンも立ち上がった。

 ワーズは礼をした。

「これまで戦い抜いて来れたのは、お主達のおかげだ」

 ラムダは微笑した。

「無念だが、致し方ない。ワーズ殿と戦えて良かった」

 ブシンは鼻を鳴らした。

「年取って野心を見せるべきではないの」

 二人は去っていった。もはや二度と会うまい。

 二人がワーズを利用していたように、ワーズもまた二人を利用していた。だが、ここまで来ると、何だか妙な仲間意識があった。彼らに対しても報いなければと思った。

 これで良かったのだ。自分には彼らを、そしてそれ以外のダガーロワ側の諸将達を、見捨てる事など出来なかったのだ。この戦いは避けようが無かった。この運命は避けようが無かった。

 結果として主君を、これ以上ないくらい傷付けてしまった。


 

 第二次ダガーロワ包囲戦は終結した。ワーズは捕えられ、ブシンは自害、ラムダは討ち取られ首級をあげられた。

 記暦3347年1月7日の事である。

 これにより、狭い意味での、「クルエ年間の擾乱」は終結した。


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