討伐軍
擾乱におけるクルエの行動は、複雑怪奇そのものである。当初はワーズとシュトラの争いの仲介をしようとしたが、次にはシュトラと共にワーズ派討伐軍にあった。そしてワーズに敗れ虜囚になったかと思えば、いつの間にか主導権を奪い返している。さらにシュトラ派にあれば仇であるはずのフクサマやカワデと協力関係を築き、シュトラの弟や叔父を殺害または追い出し事をむしろ、褒め称えてすらいるのだ。
さらに、その際奸賊としたはずの、エキル・アキリと密にやり取りを行っていた。
やり取りの内容として、アキリが主張したのは女王と協力し、フクサマやカワデといった秩序を乱す奸臣を打倒す事を望むものであり、女王と対立する気は毛頭なく、我々は反乱を起こした訳ではないという事。
それに対し、クルエの返事としては、アキリ軍と共に戦う事を約束するとあった。
アキリはそれに狂喜し、家臣達も歓声を上げた。
準備は整いつつあった。
再び、戦が起きようとしている。
コレニヤン・ワーズが女王クルエに呼び出されたのは、記暦3346年10月のことである。
ワーズは解せない。エキル・アキリが反乱を起こそうとしているという噂は、マサエドにも届いている。そんな中、女王が自分を呼び出した理由とは。
彼の他にもう一人、タイラン・ブシンも呼ばれていた
「よく来てくれた」
ワーズとブシンは恭しく礼をする。女王が何を企んでいるかを図りながら。
「陛下、日頃より過分なるお引き立て、感謝仕りまする」
ブシンが言った。
「陛下におかれましては、ますますご壮健であらせられ」とワーズ。
「よい、手短に言おう。アキリが兵を起こした」
「なんと」
二人は顔を挙げる。
まだ、その情報は二人共得ていなかった。
女王は淡々としていた。
「そこでだ、お主等を討伐軍の総大将に命じたい。女王たる私がそう何度もマサエドを離れるわけにはいかんのだ。頼んだぞ」
有無を言わせぬ感じであった。
「し、しかし……」
ブシンが言った。
クルエが頷いた。
「武功はお主らで独占してもよい。今更遠慮する必要は無い」
「その事でございます。我々に功を得る機会をお与えになってはまずいのでは?」
ワーズも意見した。
「左様」とブシン。
彼らなりの配慮であった。だがそれだけではない。どこかきな臭い。
「構わぬ。仲直りの印といこうではないか。私が充分な恩賞を与えれば、内外にも和解を示す事が出来る」
クルエは微笑んだ。
「さて、出発は早いほうが良い。さ、さ」
クルエは彼らに退室を促した。
「アキリは確かに我等が敵だ」
ブシンが言った。
「だが、解せぬ。女王はエキル家を見限ったのか?」
「陛下も冷徹におなりになった、という事でしょう」
ラムダが口を開いた。
ワーズ、ブシン、ラムダの三人は、ワーズの屋敷で密会を行っていた。
「だが、わしは罠のような気がする」
とブシン。
「ああ、我等が陛下の命でマサエドを離れれば、陛下はアキリと共に我らを挟み討ちにするやも」とワーズ。
「まさか」ラムダは高い声を上げた。
「アキリと陛下は組んでいると?」
「有りうる。我らとて、手の者を各所に送ったが、陛下のみが反乱の件を御存知であった。我等はついぞその知らせを得られなんだ、これは陛下とアキリの狂言ではないか?」
「ワーズ殿」
ブシンが苦笑した。
「なんとも、お主の主君は恐ろしいな。ならば、女王に兵を要求するのだ。我らの兵だけでは心許ない。陛下のご助力を願うとな。さすれば、少なくとも兵力の面で心配はいらんのでは?たとえ挟み討ちに遭おうとも……」
「いや、しかし」とラムダ。
「味方に敵を匿う事になるやも。陛下の命さえあれば、一挙我が軍を内から攻撃して来ないとも……。いっそのこと、お断り遊ばし、陛下恩自ら御出馬あるを願うのみ」
「駄目だ、さすれば、今度は女王はアキリの軍と共に取って返し、マサエドにある我らを包囲するだろう」
とブシン。
「ならば、フクサマやカワデがしたように、王子と王女を我らの手中に収めるのだ」
「それは厳しいぞラムダ」ワーズが言った。
「今御二人はフクサマとカワデが守っておる。奴等の下には大勢の兵がいる」
彼らの議論はその夜だけでは終わらなかった。しかも女王は彼らを急かした。
「何故ワーズ達は早う兵を挙げぬのだ。もしやアキリと繋がっておるのか!?」
広間でそう語気強く言う女王に諸将は寒気を感じずにはいられなかった。だが、当の女王こそがアキリと通じているのだった。
記暦3346年10月24日、女王クルエはとうとう、堪忍袋の尾が切れたと言わんばかりに、自ら兵を率いる主張をし出した。
「ワーズ達は、もはや裏切り者だ。もはやこの女王が兵を率いるしかあるまい。奴らには然るべき罰を与えねば!」
それにはさすがにワーズ派の諸将達も深夜の内にワーズの屋敷に集結した。
彼らは既に鎧や剣、槍といった武装に身を包んでおり、臨戦態勢であった。
「マサエドを出る」
ワーズの言葉に諸将達は頷いた。
いっそのこと、マサエドを離れ、再集結を果たすつもりであった。
王子と王女の警備は厳しさを増す一方であり、女王は何が何でもこちらを政治的にしろ軍事的にしろ葬り去るつもりだ。ならば、女王の策から完全に逃れられなかったのは残念だが機先を制する他無い。
そして、怒涛の速さで、次々と夜闇へと飛び出していったのだ。屋敷に戻り自兵を集める者もいよう。それともワーズの屋敷を飛び出しまっすぐマサエドを出る者もいるだろう。
そんな中、ホソエ・メイシはワーズの屋敷を飛び出す振りをして、物陰に隠れていた。
諸将達が飛び出し尽くしてから、メイシはこっそり屋敷を後にした。向かう先は一つである。
「そうか。大義であった」
メイシは恭しく頭を下げる。
クルエは呼吸を整えてから口を開く。
「ワーズ達をこれから討伐する。 お主の働きにはまだ期待する所である」
「有難き幸せ」
タカラ・オムはワーズの屋敷にはいかなかった。
「父上、結局行かなかったのですか?」
エーリは静かに言った。
オムは今度もまた、不利と見た陣営を見捨てたのである。
「うむ、ワーズの様に負ける為の戦いをする奴は好かん」
吐き捨てる様に言った。
「それでこそ父上です」
エーリは深い息を吐いた。
そんなオムが女王に呼ばれたのはワーズら出奔の翌日25日の夕方になってからの事である。
「麗しき……」
クルエは手を振って、やめろと合図をする。
オムは頷く。
「オム殿よ、何故ワーズと共に行かなんだ?」
冷たく突き放すような言い方だった。
オムは笑った。
「このオムも、老体ゆえ、子孫の事が気がかりでございまする。逆賊の輩になどなれませぬよ」
「何を言うのだ?」
クルエは首を傾げた。
「ワーズ達は私の命を以て、逆賊アキリを討ちに行ったのだ。私が聞いているのは何故、それに加わらなかったという事だ」
「な、何をとぼけておいでか……」
オムは苦笑した。この期に及んで何をごまかす必要がある。
だが、ある一抹の不安が彼を襲う。
「お主は、この女王にも逆らったという事だ。だが、今からでも遅くない、早う合流して参れ」
そしてクルエは微笑むのだった。
オムはぞっとした。
彼はクルエの父と母、つまりは先代をよく知っている。彼らは領主どまりだったので、女王であるクルエとは全然置かれた立場も違うだろうが、それにしたって、あの夫妻の子なのか?この、目の前にいるこの娘が。
オムは恭しく頷いた。
だが、まだ自分は終わっていない。女王が如何にしようとも、必ず生き残って見せよう。
記暦3346年、この年も、ただでは流れてはくれない。




