勝者と敗者
記暦3346年4月6日昼過ぎ。
「陛下は来られるのか?」
ラムダが言った。
彼はダガーロワ側の豪族として、戦に勝利しここにいる。
「来られる。陛下から御返事があった。刻限まで来るとの事だ」
ワーズが答える。
今回の戦いに勝利したダガーロワ側の諸将が、広間に集まった。
女王と『話し合い』をする為である。
「それにしても、お聞きか?」
その中の一人、アソロという豪族が言った。初老のやせぎすの男であった。
「陛下が、お着きになった時、お供の者はごく僅か、隠れるようにして屋敷に入られたとか。挙兵の際は、歓呼を浴びながらであったのに、帰還の際はまったく逆。いやはや、哀れでならんわ」
と言いつつ笑みを浮かべ、とうとう笑い出す。
「どうなる事かと思ったが、勝ててよかったな!」
「陛下は、家臣に刃向かわれて敗れたばかりか、夫も失うという有様。むしろこうして、話し合いの場に参加しようとなさる事事態が、気丈という他無い」
ホソエ・メイシという豪族が言った。
「さてもさても、勝利の美酒を飲むのはまだ早いぞ。陛下にご自分のお立場を分からせた上で、思う存分楽しもうぞ」
「女王陛下、ご入来にございます!」
との声が響いた。
いよいよ来た。
一気に場が張り詰める。
女王は、悠々と広間に入り、そのまま堂々とした歩みで玉座に座った。
この光景を見たものは、まさかこの女王が敗軍の将とは思うまい。場の者達も、女王の様子に驚いた。もっと憔悴していると思っていたのだ。
「皆の者、此度の戦、ご苦労であったな。女王として労おう」
開口一番がそれであった。その言葉に違和感を持つ者も少なくなかった、が。
「陛下に置かれましては、ますますその意気軒昂なる事、喜ばしい限りでございます」
ワーズが口を開いた。
まさか、「此度の心痛痛み入ります」などと言えるはずはなかった。
「そちも、元気そうで何よりだ。久しく会っていなかったが、ダガーロワでは上手くやっていた様だな」
「はっ」
ワーズが恭しく頭を下げる。
「だが、付き合う相手は選ばねば」
「は?」
女王はその顔に冷たい怒りを現出させた。
「そちに謀反を起こさせた者がここにおる」
「は!?」
「斯様な身中の虫は排除せねばの」
クルエが指差したのは、アソロであった。彼は困惑した様にきょろきょろした。
「そもそも、そちの様な忠臣が謀反を起こすのがおかしかったのだ。とすれば、唆した者がおるのは必定。案の定アソロではないか。奴は、私を殺そうとし、シュトラを殺したリルも匿っておる」
「謀反などと……、陛下、アソロは此度の戦での勝者にござります。我と共に戦った者達がここにおるのです!」
ワーズは語気強く言った。
別にアソロから唆された訳でもない。しかし陛下は何故このような物言いをされるのか。
「勝者……?はて、では誰と戦い勝ったというのか?」
広間の諸将達は互いに顔を見合わせる。目の前で繰り広げられている光景と、陛下の物言いに戸惑いを覚えるしかない。
ワーズは苦い顔をした。
こう答えるよりほかない。
「……、我らはエキル・シュトラと戦ったのでございます。陛下の側にあって、政を壟断するシュトラとその一族に我慢がならず、兵を挙げました」
「そして、一緒に私をも討ち、政を牛耳ろうという訳か」
「いいえ!」
ワーズは慌てて否定した。
「お前達は王子と王女を擁立し、この私を用済みとした!それが何よりの証拠であろう」
女王の言葉にワーズは戦慄した。だが、この誤解は解かねばならない。
「いいえ、フクサマもカワデも陛下を蔑ろにしたのではございません。エキル家への政治的優位性を保つ為に、お二方を奪取したのです。そして我らはそれを大義名分にしたまで。決して陛下への翻意はございません!」
「そうか……」クルエは頷いた。
「ならば、私は女王のままでよいと?」
「もとより、陛下の治世を思えばこそ!」
「ならば、私を殺そうとした者を許すわけにはいかんの」
女王は視線を変えた。
「アソロ!お主はどんな厚顔を持ってここにおるのだ!大罪人はここから去れ!」
アソロは再び周囲を見回した。しかし誰も彼と目線を合わせてくれようとする者はなかった。
悔しそうに彼は広間から退出していった。
「さて、彼が匿うリルはもっと許せぬ。奴とその一族は磔の刑に処すべきである」
諸将達は唖然としていた。
「意見が無いようなら、それで良いな?」
クルエは申し訳程度に彼らを見回した。
「リルとその一族は磔と決まった所で、此度の恩賞だが……」
「陛下!」
ワーズは思わず叫んでいた。
「それは我らにお任せ下さりませ!」
クルエは首を傾げる。
「妙な事を言うものだ。そちが勝手に恩賞を決めるというのか?ハミ王国においては、これまで恩賞は王が決めてきたはずだ。なのにどうして今回に限って一家臣に過ぎぬそちが決めるというのか?」
「陛下……」
ワーズは吐き出すように言った。
女王の権威と威光と権力を守ろうとしたワーズにとって、先程から痛い所を突かれ続けている。周囲の豪族達は「女王は乱心したのか」と言うであろうが……。
「皆の者」
クルエが揚々と言った。
「私は女王か?そして恩賞を決めるのは女王でよいか?ワーズは認めてくれたが」
諸将達は、下を向いた。
だが、一人顔を上げた者がいた。
ラムダであった。
「お言葉ですが陛下、ご自分のお立場がお分かりですか?陛下は我らが捕虜となり、マサエドにご帰還なされた。その事をお忘れなきよう」
周囲は驚いたように彼を見る。
「捕虜……、ワーズ、そうなのか?」
クルエはラムダからワーズに視線を移した。
「いいえ、陛下の御為に我らは戦うたのです。捕虜などとはとんでもない。あくまで陛下をお守りしたまで」
諸将達はまばらに頷いた。
ラムダは顔を怒気に染め上げた。
「どうやら、ラムダという男は、何か勘違いをしておったようだの」
クルエは笑う。
「さて、肝心の恩賞だが、私に最後までつき従ってくれた将を優先し、その後に他の者への恩賞を考えようと思う」
あまりの言い草であった。
諸将が衝撃を受けるのと同時くらいにワーズが激高した。
「陛下!!」
女王に歩み寄った。
「いくらなんでもそればかりは……!!」
「ああ、そちは総督の任を降りて、マサエドで執事の補佐をやってくれ。以降総督の権限は大幅に縮小し、『ダガーロワ奉行』と名を改める。奉行は任期性にする。後任はまだ決めておらんが……」
クルエはワーズを見ながら言う。
「そもそも、そちは此度の乱の張本人であり、謀反人であったが、これまでの功とその忠義も鑑みれば、それで報いてやるとしよう」
ワーズは反論の言葉を見つけ得なかった。
そのままがくりとし、諸将の元へ戻った。
「何をやっておったのだ!?」
ダガーロワ最大の領主タイラン・ブシンは激怒した。
決定事項の書かれた書状を掴み、震える手で投げつける。
「何故斯様な結果になっておる!?どうして女王の思い通りに決まっておる!?この恩賞……!!これではまるで、我らが戦に敗れ、女王が勝利したかのようではないか!」
ワーズらは苦々しく彼の話を聞いた。
「よいか!我らが勝ったのだ!決して女王ではない!そも女王は我らの捕虜であったではないか?どこの世に捕虜に論功行賞を決めされる者がおる!?」
「仕方なかったのだ」
ホソエが呟いた。
「だが、ある程度は譲歩して頂いた。これである程度は恩賞を受けられる」とワーズ。
「たわけ!」
ブシンは怒鳴った。
「敗者に情けを乞う勝者とは……!ともかく、わしはこんなもの認めぬぞ!」




