襲撃
記暦3346年2月20日、深夜。
どんよりとした雲が空を覆い、月も星も暗い。
マサエド城内も見張りの兵士意外は皆屋内にいる……はずであった。
蠢く集団があった。
音を極力立てぬように彼らは、一つの場所に集結した。
数にして100と少し、剣や槍などを手に持ち、鎧を身にまとっている。
カワデは、反対方向からやってきたフクサマと合流した。
互いに暗黙の了解のように頷く。
再び、夜闇に紛れて動き出す。鎧が擦れる音や足音などが一つの大きな生き物となって、夜の怪物の様に獲物を目指した。
この時の正確な人数は分かっていない。ただ、200を超えていたのは史料の上からも確認される。
目的地はシュトラの館、獲物は叔父ダイスと弟アキリ、である。
見張りの兵達は、黙認した。
だが、屋敷の前の兵達は別であった。エキル家の私兵であり、御家の為に忠誠を示すであろう。
フクサマとカワデは、塀の影に隠れ、遠巻きに屋敷を観察した。
明かりがついており、中に人がいるのは確実であった。そのうえ得た情報によれば、アキリとダイスがいるはずであった。
その情報の主はハミ家執事サカヒ・モリスだ。
二人と兵達は、気づかれぬように館を包囲し、見張りには背後から襲うなどして準備を整えた。
突撃の機は今である。
フクサマとカワデがそれぞれの兵に合図をする。
兵達が剣を抜く。
静かに声を立てずの突撃であった。
だがすぐにそれは怒号に変わった。
エキル家の兵達と交戦が始まると、剣や槍の交わる音や、殺気だった兵の叫び声、討たれた者の断末魔などが響き渡った。
「アキリとダイスを探せ!」
カワデが叫んだ。
彼らは館中の部屋という部屋を探した。その際何度もエキル家の兵と交戦となり、館を血で染めた。
館の護衛の兵は数十といったところであり、それ以外は侍女や文官、侍従といった者達であった。そうした人々は縄で縛られたりした。
フクサマやカワデがそう命じたのだ。
シュトラの部屋やダイスの部屋やアキリのいるという客室を探したが、既にアキリとダイスの姿はなかった。
「探せ!」
フクサマは怒鳴った。
館は包囲しているのであり、ねずみ一匹出られぬはずである。兵はほとんど捕らえるか殺すかしているし、それ以外の者達も捕らえた。
その中に丁重に扱われ出てきた子供がいた。
タニア王女である。
明らかに怯えている様子で、兵達と捕えられた者達を交互に見た。
「殿下、ご安心下さい。わたくしは悪の手から殿下をお守りしようとする者です」
カワデが手を差し伸べながら言った。
「殿下は、ご自身の部屋に侍女と共におりました」
と兵が報告する。
「手荒い真似はしておらんだろうな!?」
とのカワデの厳しい問いかけに兵は「勿論でございます!」と震えながら答えた。
「これはどういうこと?カワデしょうぐん、フクサマしょうぐん」
王女は不安そうに尋ねた。
「殿下をお連れしろ」
カワデは説明が面倒になったのと、こんなところは王女に見せたくなかったのもあり、兵に命じて館を離れさせた。
「捕えた者の中におるかもしれん。変装でもしてな」
とカワデが言った。
兵達は一人ひとりの顔をじっくり見ていった。
その間にも館内の捜索は続く。
「いたぞー!」
兵が声を上げた。
引きずり出されたのは、夫君シュトラの叔父ダイスであった。
倉庫の中に隠れていたのだ。
縄にしばられ、囲まれた彼は慄いていた。
「もう一人か」
とカワデ。
だがしばらく探しても、もう一人は見つからなかった。
「おい、ダイス!アキリはどこにいった!?」
フクサマが語気強く訊く。
「曲がりなりにも、夫君の叔父であるわしに向かってその口調はなんだ!」
ダイスは言った。彼なりに精一杯強がったのだ。
「夫君の叔父すなわち陛下の叔父でもあるのだぞ!陛下の身内なるぞ!そのわしに対してこの非礼は何ぞ!?断じて許さぬぞ!」
彼はわめいた。
「黙れ!」
とフクサマ。
「政を壟断せしめ、王国を乱した獅子身中の虫めが!」
「やはり、アキリはおらぬな」
横で平静にカワデが言った。
「あまり時間がない。さっさと済ませるぞ」
その言葉にダイスは戦慄する。
「おい、待たぬか!考え直せ!何をする!」
フクサマが剣を抜く。
「わしがやってもよいか」
「ああ、お前に譲る」
カワデは既に別の事に興味が移っているかの様な口調であった。
フクサマはわめくダイスを一太刀で斬り伏せた。
その後二人の軍勢はサカヒ家の館へ向かった。
そこではモリスが門の前に出てきて迎えた。
「さ、殿下」
側にはバイス王子がいた。
やはり不安そうにしている。
「右将軍、左将軍、あなた方のお働きには感謝の念も耐えません」
モリスが恭しく言った。
「どうぞ殿下をお連れになって、王子と王女をお立てになさいませ」
フクサマとカワデは頷いた。
こうして二人は王子と王女を手中に収めた。
モリスは館の中に引き返した。
すると、父がいた。
サカヒ・ダイ、元ハミ家の執事であり、権勢を振るっていたが、エキル家との婚姻を強引に進めたせいで隠居していた。
「父上、ご心配なく」
モリスの言葉に彼は頷いた。
「アキリが助けを求めにきても、無視せよ」
その声は冷たかった。
「無論そのつもりでございます。むしろ父上は助けよと仰せになると思い、ひやひやしておりましたぞ」
父は笑った。
「わしはシュトラを買ったわけであって、エキル家を買ったわけではないのだ。だが、もはや隠居の身にはどうでもいい事か……」
そう言って、部屋に戻っていった。
策士策に溺れるというが、それは野心によって総督ワーズを嵌めたエキル家であろう。そしてそのエキル家を利用しようとした父上も同じく溺れた身であったか。
それとも、まだ何か企んでいるのか。モリスにすら分からなかった。
その後もアキリの捜索は続けられた。
だが、数日経っても彼は見つからなかった。
捜索はだんだんと縮小され、治安維持の方に関心が注がれるようになった。
王子と王女を立てたフクサマとカワデは、マサエド城の実質的な主となった。
だが、あくまで奸臣シュトラを打倒すという大義名分を掲げた彼らは、形式上は右将軍と左将軍であり続けた。この時王子か王女を即位させようとする動きなど微塵もなかった。
あくまで王子は王子、王女は王女、右将軍は右将軍、左将軍は左将軍、であった。そうでありながら、女王の軍の討伐命令を下したのだから、なかなか妙な話である。




