森での戦い
大挙して押し寄せた浪人達は、無秩序に森へなだれ込んだ。
そこに、シュトラの軍が襲い掛かった。
しかしながら、浪人達は頑強に戦い、マサエドの諸将の軍勢を打ち破り、大勢の兵を討ち取った。
さらに退却していくシュトラの兵を追いかけて、勢いづく浪人達は我先にと森の奥へと進む。
その中に、女王クルエによって改易され、浪人となったケン・デンがおり、自分の兵を率いながら雄たけびを上げた。
「マサエドには弱兵しかおらじ!」
この言葉から、猪武者であるかのように語られる彼だが、そもそも浪人達の多くは死に場所を求めており、つまりは派手に戦って死にたいのでたとえ罠でも構わなかったのだ。
彼の他に著名な人物といえばマード・オフィとニセール・リルであろう。彼らもまた、改易の憂き目を見た者達であった。オフィも散り場所を求めた男であるが、リルは御家再興を望んでいたという。それが彼らの最期の印象を分けている。
ワーズ率いるダガーロワ軍は未だ立て直しには至っておらず、森に入れずにいた。いや、というよりワーズが積極性を見せなかった為であった。彼は立て直しが不充分のまま森へ突入する事を恐れた。
相手はあのシュトラである。慎重を期すべきだ。その判断は間違ってはいたとはいえないが……。
「総督殿!何をしておる!早く突撃命令を!」
馬で駆けてきてブシンが語気強く言った。
「もうよい!わしの兵だけでいく!」
「ブシン殿!」
ブシンは、振り返る事もせず走り去ってしまった。
ワーズは思わず唸る。
ブシンが野心を持っているのは気づいていたが……。ここで主導権を握ろうという腹なのだろう。
もう仕方ない。
ワーズは剣を振り上げ、そのまま森の方向へ振り下ろす。
兵達はなだれをうって、森へ殺到した。
「総督殿!」
ラムダは、にやりと笑い自身の兵に振り返る。
「よし、我らも出る!ブシンに武勲を独り占めさせんぞ!」
兵は歓声を上げた。
そして彼らも森へ走った。
こうしてダガーロワ本隊も、森へ突入した。シュトラの部隊は、既に森の奥深くへ撤退を開始しており、それを追いかけるという状況であった。
ダガーロワ軍のいくらかは、罠であるかもしれないとの思いがあった。だがそれを念頭においての認識はそれぞれだった。
罠であるかもしれないが、むしろそれでも構わないという者。罠かもしれぬので本当は突入したくなかった者。罠かもしれぬが今はこれが最善なのだ、考える者。置かれた立場や目的の違いから、その差は生まれたのであろう。
森の方向に煙が数本見えた。
「陛下!」
と兵がいきり立つ。
クルエは頷いた。
狼煙が上がったのだ。
「今から森へ突撃をかける。隊列を組んで整然と、かつ速く」
が女王の命であった。
数に勝るマサエド軍は、地響きを立てながら森へ突入した。
特に浪人達は隊列が伸びきってしまっていて、そこを突かれた。
次々と浪人達が討ち取られていった。士気に勝り、頑強な彼らをしても尚、不利であった。
シュトラ程ではないにしても、クルエは標準以上の戦上手であったといえるだろう。ダガールとの戦いで時折見せた冴えを、この時存分に見せつけている。
数の有利を巧みに活かし、退いたり押したりして、敵を引きずり込み、分断し、壊滅させていった。
シュトラにしても、騎馬隊を縦横無尽に動かし、連戦の疲れを感じさせない働きを見せた。
そんな中、奮戦したのが、デンとオフィとリルという浪人3人衆である。
デンはクルエ率いるマサエド軍に騎馬で突っ込み、次々と突破していった。
オフィはシュトラと対峙し、シュトラの兵を多く減らしていった。
リルは戦場を駆け巡り、ついにはデンと合流している。
オフィは自身の騎馬をシュトラの騎馬隊の側面に突っ込ませようとした。だが寸前で迎撃態勢を取られ、弓で射られた。
それで仲間を多く失ったが、オフィは矢をかわし、シュトラに迫った。
剣を振る。
弾かれる。
直接剣を交えたのはそれが最期で、シュトラの兵数人ががりに襲われる。
剣で弾いたり馬で駆けたりして何とか逃れたものの、シュトラの方も既に遥か彼方にあった。
オフィは馬を蹴る。
目指すは一点。
エキル・シュトラの首である。
残り僅かな兵と共に一点突破を図った。
だが、力及ばず、オフィは矢に貫かれ、馬上から崩れ落ちたところを雑兵に殺到された。
デンの標的は女王クルエであった。
リルと合流を果たし、両軍共にクルエ率いる大軍への攻勢をかけている。
彼らが名を上げるのはまだ先である。
オフィが著名なのは、マサエド軍最強のシュトラ相手に奮戦し、直接剣まで交えたからであって、この二人とは語られ方の毛色が違う。
とくにデンは残りの二人以上に語られる機会が多いが、それは後々の活躍によるものであった。そしてリルはそれを後押ししたという点で、評価を受けている。
ダガーロワ軍がようやく秩序を取り戻し、一時撤退を始めた。浪人達も、戦いつかれて一時休戦となったようだ。
それに合わせて、マサエド軍も森から撤退し、谷間の本陣に帰り着いた。
この戦いで、ダガーロワ軍は激しく消耗した。敵のいいようにされたと言って良い。
もはや決着はついたかと思われた。
ワーズ、ブシン、ラムダは、本陣に戻り、沈鬱な表情で、椅子に腰掛けた。
疲労の極みにあった。
敵は、こちらの軍勢の特性を完全に読み、効果的な方法を以て打撃を与えたのだ。
将や兵の心理的な要素も、手中にあるが如きだった。
「やはり、エキル・シュトラは物の怪の類よ」
ラムダが感嘆するように言った。
「しかし、負けるわけにはいかぬではないか」
ブシンが呟いた。
「総督殿がもう少し、はよう兵を突っ込ませておれば違っておったかもしれんのに」
「兵を整えぬままであったら、より酷い結果であったろう」
ワーズは反論した。
だが、心の底からの反論ではなかった。
「だからといって、女王も抜け目ないからの」
とブシン。
女王の失策に期待しようにも、あの女王は隙の無い用兵と作戦しかせぬであろう。
ワーズは口には出せぬが、二律背反な思いであった。
無論、シュトラに敗れてしまいそうであるのは、口惜しい。しかしこうして、浪人達や野心家が倒れていくのは、王国にとっても望ましい事であろう。
マサエド軍本陣。
早馬がきたのは3月9日早朝のことである。
届いた書状はまずシュトラに読まれた。
彼は手を震わせ、落ち着こうと深呼吸をした。
何よりも陛下にお伝えする事だ。
常に沈着な彼にですら、あまりに衝撃的であった。
よろめき、兵士達に心配されながら、女王の元へ訪った。
「……陛下」
クルエは寝床から起き上がったばかりで、鎧すらつけていなかった。
只ならぬシュトラの雰囲気を察し、書状を受け取る。
そして中身を読み出した。
すると、胸をつかみ、息を乱し始めた。
かなり苦しそうで、そのまま地面にしゃがみこんだ。
「陛下!」
シュトラと周囲の兵が駆け寄る。
医術師を呼び、女王を寝床に寝かせた。
意識はなかったが、命には別状はないとのことだった。
その書状にはこういった内容が書かれていた。
右将軍フクサマと左将軍カワデが兵を率い、シュトラの屋敷を襲撃し、王女を奪う。さらに夫君シュトラの弟は行方知れず。叔父ダイスは殺害さる。さらに将軍二人は、サカヒ家の元にあった王子をも奪い、二人を手中にしてマサエド城の乗っ取りを行った。
現在、彼らに賛同するハミ家の家臣団や諸豪族達が、王子と王女を祭り上げ、夫君シュトラを逆賊と呼び、討伐の号令を発した……と。




