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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第二章
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避けられぬ戦い

 マサエド防衛を命ぜられたフクサマとカワデが密かに会談したのは、2月に入ってからである。

 マサエド内のイチ院という寺院に、夜闇にまぎれて僅かな共を引き連れて訪れた。

 マサエドには、シュトラの叔父ダイス、弟のアキリが残っている。ワーズ討伐のうちにマサエドからエキル家の勢力を駆逐されては困るからであった。この二人に知られぬようにする必要があった。

「フクサマ、よく来たな」とカワデ。

「お主こそ」

 二人はそれぞれ右将軍と左将軍の地位にあり、マサエド軍を指揮する立場にあるのだが、此度はマサエドに残る事を固辞した。それは、同じハミ家臣ワーズ相手に剣を向けたくなかったからだったが、女王にも言わなかった理由がある。

 それは前述のエキル家の動向を見越しての事であり、女王の許しなど得られぬはずもないものであった。

 その段取りを話し合うのだ。


 

 クルエの書状への返事は数日で返ってきた。予め用意していたかの様な速さであった。

 まずクルエは自分で開きこれを読んだ。

『御言葉有り難く頂戴仕るが、これは専横に対する正義の戦であり、大義はこちらに有りまする。ダガーロワ総督ワーズは、陛下を害する不忠にして強欲な輩を、成敗致さんが為兵を起こしたのであり、今更兵は退けませぬ』等々書いてあった。

 直接的にシュトラを非難したものではなかったが、明らかに意図したものであった。

 クルエは手を震わせながら、思わずくしゃくしゃに丸めそうになったが、それを止めシュトラに渡した。

 シュトラは涼しい顔で他の諸将達にも手渡した。

 諸将達は、顔を見合わせながら読み合っていた。

「陛下、如何致しますか」

 とシュトラ。

「今度は使者を送る!直接言葉で呼びつける!」

 表情と声に苛立ちが隠せていない。

「ならば、わたくしが使者を送りましょう」

 クルエは目を見開いて、彼を見た。

「それは駄目、私が送る」


 使者がワーズの元を訪なったのは、2月22日である。

 ワーズは兵をダガーロワ城外の野原に陣取らせていた。

 つまりは篭城戦を選ばなかったのである。

 その陣中で、諸将達と共にある時に使者はやって来たのであった。

「残念だが、求めには応じられん」

 開口一番にワーズはそう言った。

「し、しかし……!」

 使者は慌てた様に言う。

「陛下直々のお求めですぞ」

「本当に陛下からか?」

 ワーズは言った。

 ブシンとラムダは笑いをこらえながら顔を見合わせた。

「陛下からの求めたる確たる証拠は?」

「ここに命令書が!」

 使者は懐から差し出す。

「どうぜ、夫君の差し金であろう。陛下のことも言い包めたのだ。そうでない証拠はあるのか?」

 ワーズは口元に笑みを浮かべながら言う。

「そうだ、我らは夫君の専横を糾さんと兵を起こしたのだ」

 ブシンは声を上げた。

「陛下は夫君の傀儡だ!」

「そうだ、そうでなければ、このワーズ相手に兵を差し向けるなど有り得ぬ」

「なんと無礼な……」

 使者は絶句した様子だった。

「帰って伝えろ。此度の討伐軍は夫君の私兵の如し、と」

 ワーズらのその返答は、クルエ率いるマサエド軍に対し、波紋を投げかけたが、クルエ当人は気の落ち込み様がかなりのものであったと伝わる。

 クルエは苦笑しながらシュトラに言った。

「また、使者と書状を送りましょう」

「陛下、もう猶予はありません。大義はむしろこちらにあるのです。総督殿の言う大義とは、自分に都合のいい思い込みと、自己保身の賜物です。陛下ご自身でお叱りになるべきでしょう。それが、戦となる結果であっても、何も間違ってはございません」

 シュトラは言った。

 最終的は女王が、戦の決定をするのだ。彼がやったら士気は下がる恐れがある、シュトラはそう自覚していた。

「……元はと言えば、あなたのせいではないの?」

 クルエが俯きながらぽつりと呟いた。しかしそれだけで、シュトラの心胆を寒からしめるには充分だった。

 クルエはシュトラの方を見た。

 怒っているのか、悲しんでいるのか、いや恐らく両方であった。

「あなたは、ワーズを謀反人として仕立て上げようとしている」

 シュトラは首を振った。

「滅相もございません。わたくしはただ、陛下とハミ王国を思っての事で。陛下はわたくしをお信じにならないので?」

「いえ、信じたいの……」

 弱々しい声だった。

「誰に吹き込まれたか知りませぬが、少なくとも今は総督殿は謀反人です。そんな確証の無い話ではございません。はっきりとした事実でございます」

 シュトラの声は冷たかった。

「ですから、陛下のすべき事は、謀反人は許さぬという事を、内外に知らしめる事です。これ以上、情けをかければ、政の公平性にも関わります」

 しかしその冷たさは、後ろめたさの裏返しかもしれなかった。

「それは分かる」

 クルエは手で顔を覆った。

「総督殿はこの軍をわたくしの私兵の如し、と申されましたが、むしろ逆で、わたくしの事を快く思わない者が大勢います」

 シュトラの口調に苦笑が混ざった。

「ですから、陛下がしっかりなさらなければ、軍勢はまとまりを欠き、もしかすれば敗北も……」

「シュトラは、マサエドの豪族から信望厚いのではないの?」

「此度の件では別です。そもそもわたくしへの信望は、彼らの利益代表者としての信望ですから」

 陛下への信望にも、そういった一面があります、とは言えなかった。当の本人にも分かっている事だろうに。

 クルエは顔を覆う手を下ろした。

 泣いていたかと思ったら違った。

「此度のワーズのやり様は承服し難し、たとえ同情するべき面があろうとも、謀反と捉えられても仕方なし」

 クルエは立ち上がる。

「シュトラ、兵を進めるわ。ワーズの軍はダガーロワ城の外で待ち構えている。篭城しないというのなら、好都合じゃないの」

 シュトラはほっと息をついた。

 それをクルエが妙な顔で見ていたのに気づかずに……。



 記暦3346年2月27日、マサエド軍はダガーロワ城へ向けて進発した。

 進発前、ワーズの総督職剥奪の意見が出されたが、クルエは首を縦に振らなかった。ここで総督職を剥奪していれば、歴史はどうなっていたか。大勢を占める意見としては「大きな歴史の流れには変化なし」といったところか。

 もはや両軍の激突は不可避であった。

 歴史の諸例として、かつての忠臣が謀反人となる、というのはよくある話である。与えた時は信頼しきって与えたはずの独立的な兵権、特権的な地位を危険視したりして、謀反をでっち上げたり、または猜疑心の末に謀反人と断じたり。また、その忠臣が本当の野心家と化したり。

 外敵をただ単に倒す、といった明快さは無い。むしろ汚泥にまみれた政争の果てである。

 こんなはずではなかった。

 ダガールを滅ぼし、王朝を築き上げ、ようやく平和になろうとしていたのだ。これまで流してきた血に報いたかったのだ。

 自分は碌でもない女王だ。

 かつて、ワーズと語り合った内容を思い出していた。

 自分が誤った道に進んだら、それを正してくれるよう頼んだのだ。

 あの時の自分の言葉が、彼を思い詰めさせてしまったのか。

 目線の先では自分が率いている大勢の兵の隊列が歩みを進めている。

 馬に揺られながら空を見上げると、雲一つ無い澄み渡った空だった。


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