大義の名のもとに
ハミ家執事サカヒ・モリスは、女王の執務室にこれ以上なく厳しい顔で入った。
恭しく礼をしてから間髪いれずに「申し上げたき議有り」と歩み寄る。
ハミ国女王クルエはモリスをじっと見据えた。
「何?」
「お分かりのはずと存じますが」
モリスは淡々と言った。
「総督殿は無実にございます」
クルエはふうと息をついた。
「そうだろうと信じたいけど」
「総督殿を罠にかけようとする者がおりまする」
「それならば、そう弁明に参れば良いものを」
クルエは呆れたような口調であった。
「此度の書状の件も、総督殿があのような真似をするはずがないではありませぬか。あれは総督殿の兵を騙った偽の兵達の仕業でしょう。そもそもあんな事をして何の意味がありましょう。正当性の欠片もない無意味な事です。総督殿のする事とは思えません」
「そう信じたいのよ」
「ならば」
「例え家臣だろうが、忠臣だろうが、疑わしき点があれば追及するのは、君主の役目」
「そうではございましょうが」
モリスは食い下がろうとした。
「一言、弁明をし、無実を訴える、たったこれだけの事をすれば済むのよ」
クルエは吐き捨てた。
「私はワーズを信じている」
「ならば、問題になさらなければ良いのです。これは総督殿を讒言しようとする不逞の輩がいる証ではありませぬか。むしろそういった輩を排除せねば国は中から腐っていきまする」
「それはワーズが弁明してからの事よ」
クルエは言い放った。
彼女はワーズに対して怒っている様であった。
女王のとしての矜持がそうさせるのであろうか。
「陛下、これから申し上げる事にご気分を悪くなさるでしょうが申し上げます」
モリスは姿勢を正した。
「此度、何故総督殿が弁明にも来ず、夫君様の使者も追い返したりしたのか。陛下もお分かりなのではありませぬか?」
クルエは黙っていた。
「総督殿は、夫君様こそ、自身を嵌めようとする首魁だと考えておられるのです。ですから夫君様の使者も追い返したのです。そしてこれはわたくしの推測ですが、恐れながら申し上げます、陛下の書状を奪い破り捨てた者達は総督殿を讒言した一派の者達、もしや……夫君様の差し金ではなかろうかと……」
クルエは苦笑した。
「シュトラはそんな者ではないわ。もう一回私が書状を書きましょう。そして誤解を解くのよ、一応シュトラにも私から言い聞かせておくから。もうこんなくだらない喧嘩は止めましょう」
モリスは深刻な表情で頷いた。
「陛下を信じます」
クルエはベッドから起き上がった。
シュトラは既に、薄着をして部屋に立っていた。
「陛下、おはようございます」
「うん」
クルエは頭を抱えながら答えた。以前より伸びた髪は艶やかだった。
「しかし陛下、総督殿に書状を出したそうですな」
「そうよ」
「わたくしも出しとうございますが、よろしいですか?」
「何故?」
クルエは部屋着を羽織る。
「お話があります陛下」
シュトラは言った……。
六人衆の一人コレニヤン・ワーズの謀反の疑いは、大きな衝撃となって国中を駆け巡った。
六人衆のうち、召集に応じたのは、ハミ家執事モリス、夫君シュトラ、マサエドの豪族アイキ・ロダであった。
タイラン・ブシンは返答なし、デンエーの領主レアール・ワザールは遠地なので時間がかかるとの返答であった。
特にブシンはワーズと親しく、もしやとの思いが六人衆の中にあった。
「ブシン殿は如何致した」
ロダが憮然として言った。
「やはり、総督殿とブシン殿はつながっているのでは?」
シュトラが呟く。
「それがどうしたというのだ」
モリスは口を開いた。
「総督殿は忠臣中の忠臣、陛下に刃向かい奉るなど有り得ぬ。シュトラ殿、お主相手なら有り得るがな」
シュトラがモリスの方を向いた。
「総督殿は、陛下に対してすらあの様な行いをなさったのです。誠に残念ながら……。これはもはやマサエドで直に詰問をせねばなりません。それで無実を証明するならそれでよいではありませんか」
「誰かの差し金ではなかったか?」
「何が?」
シュトラが反応したのでモリスは身を乗り出した。
「総督殿が自分の領内で、陛下の勅使を捕え、書状を破り捨てさせたなど、馬鹿げたでっち上げです。そんな事をすれば正当性など得られぬ。もし総督殿が逆賊となったならば、大義を持ち出すはず、例えば「君側の奸を討つ」とか。
少なくとも、書状の件は不自然で御座います。総督殿を嵌めようとする者達がおるのでは?誰とは申さぬが」
「一理ありますが、その件に関しても、一言弁明すればよいではありませぬか。今の総督殿は、無言を貫くことで、暗に自分が犯人だと言っている様なものです。いくら陛下が聡明であらせられても、言葉にせぬ事情を察しろなど、無礼とは思いませぬか」
シュトラの言葉は突き放すような厳しさと、正しさを兼ね備えていた。
家臣同士の信頼など、他者には関係ないのだと、言っているかの様であった。
負けてはならぬ。モリスは拳を握り締めた。
「総督殿は物言わぬ事で、自身の潔白を証明しようとしておるのです。自身を嵌めようとする輩に弁明出来ぬと」
「モリス殿、先程から言葉が過ぎるのではありませんか」
「夫君様、そんなはずはありません。わたくしは至極真っ当な意見を述べていると思いますが」
シュトラとモリスの激しい火花のぶつかり合いは、周囲を圧倒した。
一人蚊帳の外に置かれたロダは二人をじっと観察していた。
「真っ当な意見でしょうか?統治する者は公平でなくてはなりません。例え忠臣だろうが、不問に伏せば不満が広がりまする。式目をお忘れですか?何故総督殿は兵を集めているのか。私闘は禁じておりますし、ハミ家への謀反などもってのほか。わたくしもそんな理由では無いと思いますが。せめてその理由を示せば良いだけですし、それすら拒むというなら詰問する外ないではありませんか」
モリスは唸った。
「夫君様の言い分、いちいちごもっとも。されど」
「分かっておりまする。ワーズの一番の味方となり得るのが陛下です。陛下が一言、不問にすると仰せになれば、この件は終わりのはずです」
シュトラは言った。
「しかし、陛下は式目を厳格に運用なさろうとしておいでだ。なかなか難しいものがあるな」
モリスは自分で言いながら、情けなくなった。
結局は、自分は無力であるのか。
当事者のワーズは勿論ながら、この件に関して決定権を持つのは陛下だ。そして陛下に一番影響力を持つのがシュトラである。
何が執事だ。
何が家政を取り仕切るだ。
「その通りでしょうね。なれば総督殿にはやはりまた、機会を与えねば。陛下も再び書状を送っておりますし、今度こそ、総督殿の潔白は晴れましょう」
シュトラの言葉に勝ち誇った様子があるのを見て取ったのは、自分の偏見であろうか。
モリスは相手をじっと観察する以外に出来る事は無かった。
しかし、クルエの書状は今度も意味のないものに終わった。
ダガーロワ総督ワーズの元に一つの書状が届いた。
家臣達は大喜びし、ワーズも安堵した。
クルエの書状にはこうあった。
迎えには、信頼の置けるハミ家臣を遣わす事、女王としては潔白を信じているとの事。されど式目を守る手前、形式上の詰問はある事。詰問には女王が直接参加するとの事。
ワーズはふうと息をついた。
「陛下はやはり分かっておいでだ」
「わたくしとしては、君側の奸を一斉に排除する好機と見たのですが」
タカラ・エーリが言った。
「何を言うか。こんな状況で君側の奸を討つもない。逆賊にされるがおちよ」
「陛下を信じておいでなのでしょう」
エーリは部屋を歩き出した。
「いっそのこと兵を起こし、夫君を討ち取ればよろしいのでは?」
「何を言うか。シュトラは龍の如き男だ。俺がやっても勝ち目など無い」
エーリは微笑んだ。
「お主、この総督を誑かそうというか。そしてタカラ家の栄達を望んでいるのか?」
「そんな事はありません。わたくしはただ、王国の御為を考えているのです」
ワーズは訝しんだ。
この女は、楽しんでいるのだ。政ごっこというべきか。いや本気の遊びなのであろう。しかし考えるに自分にも似た部分がある。サカヒ・ダイにもあった。でなくては、御家再興など考えまい。考えても実行に移すまい。
そうした狂気が、確かにあるのだ。俺にも。
「ならば、お主にはシュトラを討ち取る方策があるとでも?」
「ございませんわ」
エーリはあっさりと言った。
「そういった事は殿方に考えていただきます」
ワーズは顔をしかめた。
「ならば、勝手な事を言わんでくれ」
そして書状がもう一つ届いたのだ。
迎えには、夫君の手の者が向かう事。詰問はまず、夫君が行い、その後に女王が行う事。とあった。
ワーズは首を傾げた。
「どういう事でござりまするか!?」
家臣達が叫ぶように言う。
二つの書状、優先すべきは女王のものだろうが。
二つ目の書状が届いた数日後に、使者がやって来た。
女王と夫君の遣いという。
「詰問はまず、夫君様に行っていただきます。陛下はご多忙ゆえ、行えるかどうかは厳しいところ」
「何だと」
ワーズは思わず声を荒げていた。
「お主まことに陛下の遣いか」
「細かく申せば夫君様の遣いに存じます」
そう言った瞬間周囲の雰囲気が恐ろしいものになったと感じたのか、怯えだした。
ワーズの家臣達がまるで殺気をぶつけるが如く、使者を睨み付けたのだ。まるでその背後の幻を睨むように。
「とにかく、ご同行あれかし。総督殿。夫君様も総督殿の潔白を信じておりまする」
使者はちらちらと周りを見ながら言った。
「女王からのみの遣いはおるのか」
ワーズは尋ねた。
使者は考え込んだ。
「おりますまい。此度陛下は夫君様の願いを聞き入れ、夫君様にお任せになったのでございまする」
ワーズは口をぽかんと開けてしまった。
こういう訳である。
――シュトラはクルエにこう進言した。
「陛下は総督殿を信頼しておられるが、わたくしはまだ信じ切れませぬ。ゆえに自身で確かめさせてください。その為に一番最初に詰問をする役目をお与え下さい。陛下が確かめになられた後では、わたくしは陛下を通して総督殿を見ることになります。それが例え自身で相対しても、陛下が潔白と確信すれば、わたくしもそう思いながら詰問する事になるのです。それを避けとう存じます。自分の目で確かめ、自分で判断すれば、総督殿を信じられるかもしれないのです」
クルエは頷いた。
「自身の目でワーズが信頼に値する人物か確かめて」――
ワーズは項垂れた。
あれ程の事をして自分を嵌めようとした人間が、陛下すら説得し自分の意見を通したという事は、これは罠なのだ。
陛下が相手ならば喜んで詰問されたであろう。だが、自分を追い落とそうとする相手から詰問を受けねばならないとは。挑発としか思えない。
それに、最悪使者に同行したが最後、謀反人の汚名を着せられるか、もしくは道程の中途で殺されて終わりだ。
どちらにしろワーズにはこれは厳しい選択であった。
大人しく使者について行くか。
それとも……。
敵は後者を望んでいるのだろう……。
陛下はシュトラと戦う事など出来はすまい。自分とシュトラが戦えば、陛下はどっちつかずで戦いを止めさせようとするだろう。だがそれでは戦は止まらない。シュトラは「夫君」で、自分は「ダガーロワ総督」だ。陛下に次ぐ権勢を持つ者同士の戦いとなれば、喧嘩両成敗などと、都合のいい事は言っていられまい。
ならば決着をつけようではないか。
数日後ワーズは使者を丁重に追い返した。書状を手渡して。
「如何致しますか」
家臣が言う。
「うむ」
ワーズは頷いた。
「書状に書いた通りだ」
「よろしいので?」
家臣の一人、ハンが尋ねた。初老の男で白い髭を蓄えている。
「構わぬ」
記暦3345年12月、ダガーロワ総督ワーズの元に、タイラン・ブシンとラムダ・タイが兵を挙げて駆けつけた。
ワーズも兵馬を整えつつあり、周辺の諸豪族も去就を迫られていた。
予め送っておいた書状も、女王クルエの元へ届いた。
そこには、先刻の謀反の件は夫君シュトラのでっち上げである事や、陛下のお側にあって政を壟断する輩を陛下が取り除かぬならば、このワーズが取り除くとの旨、また此度の挙兵は君側の奸を討つという正当な大義名分が有るなどど記してあった。
クルエはあまりの内容に呆然と、家臣達に書状を手渡した。
「何と」
モリスも衝撃を隠せず、狼狽した。
「まさか」
シュトラが書状を受け取って読む。
「そんな……総督殿が……」
彼は呟いた。
「夫君様、それはあまりに白々しいのでは!?」
モリスがたまらず叫ぶ。
「残念です。総督殿は結局わたくしを信じてくださらなかった。不幸な掛け違いでした。ですが、兵を送ってこれを鎮圧せねばならないのは確かです」
シュトラは女王に向かって悲痛そうに言う。
「陛下、わたくしにそれはお任せ下さりませ。陛下が為さっては、ハミ家臣達と今後しこりが残るでしょう。そこでしがらみの無いわたくしが一心に背負って参ります」
クルエは、はっとしてシュトラの方を向き、淡々と言った。
「ごめんなさい、しばらく考えさせて」
そして広間を後にした。
クルエは部屋に戻るなり、がくがくと足が鳴っているのに気づいた。そして立っていられずベッドに座り込んだ。
何故。そればかりが頭の中で反芻した。
もはや頭が回らず、その言葉のみが繰り返された。
落ち着いて来ると、ようやくワーズとシュトラの対立とを止められなかった自分を激しく悔やんだ。いやむしろ罵ったといった方がよかった。
二人が互いに信じあえず、むしろ敵対している事は知っていた。知っていていずれ仲が好転すれば良いと甘い考えでいた。
自分は何を間違えたのだろうか。
エーリやモリスが危惧していた通りになってしまった。
そう悔やみながら、改めて何度も否定した考えが浮かぶ。それはシュトラがワーズを追い落とす為に罠を仕掛け謀反人に仕立て上げたというものだった。だとすれば、書状の件も全て彼の策略で、破られた書状も、2枚目の書状も、ワーズを嵌める為であったと。
だからといって、何だというのだ。自分にシュトラが罰せようか。少なくとも今罰するのは実際に兵を起こそうとしているワーズではないか。
女王として、見過ごす訳にはいかない。罰するしか無いではないか……。
奇しくもその日は3345年12月21日、それはクルエがワーズに救い出された日、つまりクルエとワーズが始めて会った日である。
あれから十年の月日が流れていた。




