謀反人
「ダガーロワ総督コレニヤン・ワーズ、兵馬を整えつつ有り。是不穏なり」との報が、周知のところとなったのは、3345年10月に入ってからであった。
ハミ王国女王ハミ・クルエは当初一笑に付した。
「問題は無いでしょう」
書状を指先から滑らせ、机の上に落とした。
「一応、問い質してみては?」
シュトラが言う。
そもそもその書状はシュトラが持ってきたものであった。
「わたくしの元に届けられたものですし、ある程度は信用がおけると思いますが」
クルエはシュトラを見つめた。
「だとすれば、必要に応じてというだけでしょう。私は讒言によって忠臣をどうこうするつもりはないし、そもそも讒言を用いる者こそ罰するべきだと思うわ」
「ですが、このまま陛下が無視なされば、人々の疑念が解かれる機会が結局は訪れぬのでは?どうせ大したことにはなりませぬし、問い質して疑惑を晴らして差し上げては?」
シュトラは何気ない様子で言った。
「疑念?そんなのどこにあるというの?この書状を書いた者の勘違いでしょう。もしくはまさに、その疑念を人々の間に生み出そうと……」
「わたくしが、使者を送りましょう」
シュトラはクルエの言葉を中断させ意見した。
「陛下の御手を煩わせるまでもありませぬ。ただの噂でしょう」
クルエはちょっと考え込み、
「そうね」
と頷き、了承した。
だが、この時クルエは知る由も無い。
早速、シュトラの手により、使者が派遣された。夫君シュトラの命によって、ダガーロワ総督に事の真相を確かめようというのだ。
2週間かけて、使者はダガーロワに到着した。紀暦3345年10月18日のことであると、記録にはある。
ダガーロワ提督のワーズは、シュトラからの使者に驚き、とりあえず執務室に通した。
話を聞いてみる事にしたのである。
「麗しきご尊顔を排し恐悦至極」
3人の使者は恭しく挨拶をした。
「何用であろうか」
ワーズは注意深く言った。
夫君シュトラが何を以て彼らをよこしたのか、気になるところであった。
「では申し上げまする」
その中の一人が頭を下げた。
「総督殿は、兵馬を整えること著しく、それは何の所以なりや?」
ワーズは思わず笑ってしまった。
「ダガーロワは要衝であり、未だダガールの影が見て取れる。それに対抗するためよ」
彼は率直に答えた。
使者達はひそひそと話し合った。
そして再びワーズに向かい合った。
「夫君様は、マサエドにて弁明せよと申しております」
ワーズはぎょっとした。
「その必要はなかろう。そもそも総督の座は陛下から賜ったものであり、ある程度の裁量は認められておるのだ。それをいちいち突っつかれてはたまったものではない」
「父君様は大変憂慮されております」
「それなら、こう申せ」
ワーズは3人を睨み付けた。
「陛下の夫君ともあろうお方が、かくも狭量であったとは残念至極、かかる難癖をお付けなさるなら、このワーズとて、陛下の意向のもとに総督の地位にある、それを不忠と申すなら、それこそ陛下の意思を軽んじる不忠ではないか?」
使者達は目を丸くして総督を見やった。
「そのままお伝えしてよろしいのでございまするか?」
「構わぬ」
ワーズはぶっきらぼうに言った。
シュトラを少々買い被っていたようだ。彼ならば、このような手段に出はしないと思っていた。苛立ちを隠しきれない。
「ならば申し上げます。総督殿は、タイラン殿やラムダ殿と懇意にされておりますな。ここ最近は何度も会われているとか」
「そうだが」
ダガーロワ最大の豪族タイラン・ブシン、そして同じくダガーロワの豪族ラムダ・タイはワーズに接近すること明らかであった。
ダガーロワの総督という地位にある者にその土地の豪族が懇意にするのは当然なのだが、それは疑念の一つにもなり得る。
確かにこの二人は、女王に対して面従腹背というか、心ならずも従っているところがあって、ワーズはそれを知っていたのだが。
「ラムダ殿は『陛下はダガールのようにすぐ倒れる』などど仰せであったと伺いまする。それにタイラン殿も六人衆の中では陛下に対して意見を異にする事甚だしく、不満をお持ちであるとか」
ワーズは唸った。
「そのような者達と、親しくするのは如何なものかと思われまするが、総督殿はそれでも、マサエドに御上り遊ばすのを拒まれるのか」
ワーズは立ち上がった。
「ダガーロワ総督たる者、その土地の豪族と親しくするのは当然と思うが。それともお主らは、平地に乱を起こせというのか?タイランやラムダを討伐し、陛下への忠誠を見せよと、そう申すのか!」
使者達はおののいた様子であった。
「夫君だけではなく、陛下にも報告されたし。お主らと夫君は、いたずらに乱を起こすようこの総督に要求したばかりか、それを拒めば不忠呼ばわりした!かかる儀は承服し難し!」
「ならば、マサエドには御上りになられぬと」
「そう申せ!」
ワーズは部屋をさっさと後にした。
使者達にはそのまま帰ってもらった。
ワーズは溜息をついた。
陛下ならば、お分かりになるはずだ。
自分に今出来るのは、女王が讒言と壟断を物ともせず、正道を貫くと信じることのみだ。
夫君エキル・シュトラが女王ハミ・クルエのもとへ報告に来たのは記暦3345年11月2日であったとされる。
報告を受けたクルエは息をついた。
「……強情を張っているのよ」
シュトラは困った顔をした。
「しかし、弁明すれば済むものを、どうしてお拒みに」
「ワーズなら有り得るわ。謀反の疑いをかけられて誇りが許さなかったのでしょうね」
シュトラは苦笑いをする。
「陛下の仰せならば、御上りになったでしょうか」
クルエも苦笑いをする。
「どうかしら」
「もしかすれば陛下の命とお信じにならなかったでしょうね、さしづめわたくしの差し金と」
「……、ワーズは貴方の事を信じていなかったわ」
クルエは言いにくそうに言った。
「むしろ、敵と思っている。私に対抗出来るのが貴方だから」
「それも当然でしょう」
シュトラは真剣な表情になる。
「わたくしは、マサエド豪族の中でも陛下に続いて力を持っておりました。それが陛下の夫となり、王国の中でも陛下に次いだ地位にいるのです。さすればハミ家の家臣達からしてみれば、面白くないに決まっています」
「私は、貴方もワーズも信じているわ」
「……わたくしは総督殿を信用しておりません」
シュトラの言葉にクルエは目を丸くする。
「総督殿は、そもそも領主や豪族達を目の敵にしておりました。ハミ家とその家臣達の勢力拡大を考えていたのでしょう。陛下の側にはハミ家臣意外要らぬと言いたげな程。機を見て我らを誅しようとの思いが常にくすぶっておいででした」
クルエは耳を疑うかのように、驚きと困惑を以てシュトラを見ている。
「確かに、そういう一面もあった。しかしそれは私への忠義の為であって、度を越したものではなかった。シュトラ貴方に対しても礼節とけじめを示していたはずよ。形振り構わず目的を達しようとする者ではないし、正当な理由なくば領主や豪族を潰そうなどとは……」
シュトラは首を振った。
「ならば、此度はマサエドに参られたはずです。総督殿はわたくしを虚仮にしたのです。それは良いのです。しかし、それは陛下に対する非礼でもありませぬか。わたくしが無理ならば陛下に対して弁明なさればよろしかった!」
クルエは俯いた。そして顔を上げた。
「なら私が書状を書きましょう。それなら答えてくれるはず」
シュトラは頷いた。
シュトラはクルエの執務室を後にする。部屋の前には側用人のオントがその体躯を見せ付けていた。
オントが恭しく一礼した。シュトラも軽くそれに答える。
そして廊下を進むと、執事のモリスに出くわした。
「これはモリス殿」
モリスは微笑んだ。
「最近、遊びが過ぎますな」
「はて、何の話で?」
「いや、最後には陛下がお決めになる事ですからな。それに遊びが過ぎれば足元を掬われまするぞ」
モリスは笑いながらシュトラの横を通り過ぎる。
掬われるなど百も承知である。
クルエに対しては、虚偽を以てワーズを謀反人に仕立て上げるより、先程のように自分とワーズの対立のように持っていった方が良いと考えた。
さすがにクルエの性質上、ワーズに対する信頼を崩すのは難しい。だが、その夫がワーズへの信頼を無くしたとすれば、彼女にも対応は難しかろう。
クルエの書状は11月上旬にマサエドを発った。このままいけば11月下旬には届く。いや、届くはずであった。
書状を手にした使者が途中で襲撃を受けた正確な日付は分からない。
しかし、ダガーロワとの境に差し掛かった時、兵士に取り囲まれ書状が奪われたという。兵は検問の為に関所を設けたと言い、書状や荷物を検査した。そして為すすべなく書状は彼らの手に渡ってしまったのだ。
書状は、その場でびりりと破り捨てられた。
使者はその場で釈放され、マサエドに帰るよう命令された。
ワーズの兵である可能性は非常に高いとされた。何故ならダガーロワ内での出来事であり、総督の兵を名乗っていた事、さらには勅使を捕えたうえ、女王の書状を破いたなど、今謀反の疑いあるワーズの手の者意外考えにくいというのだ。
戻ってきた使者もそう主張し、怒りすら露にしていた。
クルエは相当な衝撃を受けている様子だった。
「ご、ご苦労だったわね」
震える手で下がるよう命じた。
こうして、『クルエ年間の擾乱』は勃発した。




