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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第二章
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後継ぎの器

 ハミ王朝における初期の政治闘争は、その対立軸の中心人物が乗り気で無い内に始まったといえる。

 ハミ王国女王のハミ・クルエと、女王の夫エキル・シュトラである。

 この二人がやる気であったなら、瞬く間に国は真っ二つとなっでしまったであろう。

 いや、むしろその方がはっきりしていて分かり易かったかもしれない。

 だが、この二人が対立しないのも当然なのである。この二人は夫婦であり、共に子供を育てており、それぞれが自分の役割を自覚していた。女王は女王として務め、その夫は共同統治者にもなれようものを、あえて補佐役に徹していた。そうやって自分達を担ぎ上げようとする勢力を押さえ込もうとしていたのである。

 クルエを支持するのはハミ家臣とクルエと懇意の領主や豪族達であり、シュトラを支持するのが、エキル一族と懇意にする領主や豪族であった。

 さらにそれ以外に、ハミ家臣の手中にあるバイス王子派と、クルエとシュトラの手元にありエキル家が握りつつあるタニア王女派に分かれていた。

 こういう風に複雑怪奇な対立構造を見せてはいるが、当の二人はどれにも属さぬようにしようとしていたのである。

「いっその事、王子を即位させては如何ですか?別に今すぐとは言いません。ですが早い方が良いでしょう」

 シュトラはクルエの執務室でそう言った。

 クルエは首を振った。

「まだ継がせたくはないわ。そんな子供のうちからじゃ。国王になったら友達出来ないわ」

「と、友達?」

 シュトラは戸惑った。

「そう」

 クルエは頷いた。

「生涯の友を得られることがどれ程幸せなことか。王になる前にそうした頼りになる相手を見つける事こそ、大事な事よ」

「しかし、立場が人を作るとも言います」

「私のことね」

 クルエは言った。

「そのうえで、友を見つければ良いのではないですか?」

 シュトラは務めて静かに言う。

 クルエはふっと微笑む。

「一度王になってしまえば、対等な友人なんて得られないわ」

「そもそも、王子の時点で対等な友などいないでしょう」

「王と王子とでは、隔絶しているの。置かれた環境が。立場が。周りの反応が。雑務も多いし、くだらない式典もこなさないといけない。子供の内からそんな立場に置かれたら、人形であることを要求されて、心が歪んでしまうわよ。対等ではないにしろ、王子でいた方がよっぽど健全に育つはず」

 シュトラは苦笑いした。

「その通りかもしれません」

「子供のうちぐらい、遊ばせてやってもいいでしょ。私もそうだった」

 シュトラはふっと笑った。

「陛下のご意見を尊重します」


 シュトラは弟アキリとその夜語らった。

 自分の意見と属する立場を、しっかりと主張しておこうとしたのである。

 シュトラの弟アキリはバイス王子よりも、タニア王女や、もしくは男子が生まれることを期待しその者を王に据えたがっている。

「兄上、陛下と我々は立場を同じくするものです」

 アキリは力強く言った。

「王子はこれからもサカヒ家で育ち、サカヒ家の息のかかった王子となるでしょう。それは兄上にしても、陛下にしても、あまり好ましいとはいえません。サカヒ家の力が更に増し、王家そのものを圧迫してもおかしくはない。それならば兄上や陛下に懐いておられる王女の方が良いというものです」

「だが、陛下は王女に継がせるお考えはお持ちではない様だ」

「それならば、兄上が再び陛下とお子をお作りになればよろしいのです」

 アキリは平然と言ってのけた。

「それで男子が生まれれば、その者は陛下と兄上でお育てになればよろしい。さすれば理想の後継ぎが育つこと請け合いです」

「私は陛下に王子を即位させるよう具申した」 

「お断りになったでしょう」

アキリは首を振った。

「だが、そういう意味ではない」

 シュトラは語気強く言った。

「陛下は王子を愛しておられる。その御心は微塵の揺らぎも無い。これからも揺らぐことはあるまい。陛下はいずれ、王位を王子にお譲り遊ばすおつもりだ」

 アキリは冷笑すらして見せた。

「いつまでそれが続くやら。弟が生まれ、陛下の手元で育てば……。バイス王子は『臆病』で、とても大器とは思えぬとか」

「まだ2歳だ」

 シュトラは苛立ちを隠しきれなかった。

「大器は晩成するものだ」

「まあ、そうかもしれませぬな。しかし兄上、こうは考えられませぬか?大器とは、周囲がそう思うからこそ、大器なのだと」

「大器は、その人だからこそだ。周りの評価など関係ない」

 アキリは笑った。

「例えばその辺の百姓が、大器を抱えた王の器の持ち主としましょう。しかしそれが芽を出すことなど、滅多にありませぬ。結局はいち百姓として死んで行くのです。結局は周りが大器と崇めなければ意味はありませぬ」

「大器とは、役に立つから大器という訳ではない。価値ではなく、その人そのものを表すのだ」

 シュトラは語気強く言った。

「王子も同じです。誰も王子の大器を認めなければ大器となりえないのです」

「まだ2歳だ」

 シュトラは同じ言葉を繰り返す自分に気づいた。だが、何度繰り返したって構わないはずだ。

 アキリはにやりとした。

「確かに、まだ2歳ですな。今のままでは、後継ぎとしての評価は難しい。そしてこのまま評価が定まってしまったら如何致しまするか?」

「何が言いたいのだ」

「2歳ですから、誰も王子を責めはしないでしょうな。幾らなんでも酷というものです。だが、失望はされましょう。そして評価は永久に変わりませぬ」

 シュトラは、がたん、と立ち上がった。

「アキリ!」

 顔は、驚愕と困惑の入り混じった様子で、声は震えてすらいた。

「兄上」

 アキリは神妙な表情を浮かべた。

「兄上は、こちらの陣営にお加わり頂きたい。そもそも兄上はエキル家なのです」

「口にするのも畏れ多い事だぞ……!」

 シュトラは再び椅子に座り、顔を手で撫で、大きく息を吐いた。

「実の兄を脅すのは、大変辛うございます。しかし、兄上、我々は女王とその子供達に対抗するものではありません。エキル家の敵はあくまで、ハミ家臣や、領主豪族の類です。兄上とて、きゃつばらを敵と見なしていたのでは?」

「そうともいえるが……、そこまで過激な手段は取らぬつもりでいた」

 その時、扉がばたんと開き、部屋の中に入ってくる者達がいた。

 シュトラ達の叔父、ダイスと、幾人かの兵士である。

「シュトラ、エキル家は、もう決断しておる」

 ダイスは諭すように言った。

「このまま手を拱けば、敵に言いようにされてしまう。下手をすれば、エキル家滅亡すら有り得るのだ!シュトラ、お主亡き後の事を考えたか?後ろ盾を失ったエキル家は、もはや目障りな存在だ。その代の王とその側近共によって、謀殺されてしまうだろう」

「そうならぬ為にも、戦わねば」

 とアキリ。

 シュトラは思った。確かにそういう側面もあろう。きっとハミ家臣達も、似たような思いのはずだ。彼らの場合は女王亡き後、といった按配であろう。そうやって、野心や野望を疑心暗鬼と大義の布で覆い隠し、覆い隠した当人ですら、いずれその布しか見えなくなるのだ。

 兵士達に視線を向ける。

 非常に殺気立っており、いつでも取り押さえる準備は出来ているかのようだった。

 シュトラは再び、弟と叔父に視線を向けた……。



 クルエとシュトラは、バイスとタニアを連れて、野原で馬を走らせた。

 マサエド近郊のこの野原は、すっかり秋めいて、少々肌寒い。

 クルエがバイス王子を前に乗せ、シュトラがタニアを乗せ、馬を走らせた。

 バイスは母親にしっかりと抱きかかえられ、風を浴びた。

 だが、暴れた為、クルエは馬を止まらせた。

「どうしたの?」

「どうしたのですか」

 シュトラが娘と共に近寄ってきた。

「ははうえ、あにうえ、だいじょうぶですか」

「ええ、大丈夫よ」

 クルエは微笑んだ。

 バイスは暴れて、「おろしてくださりませー」と繰り返した。

「うま、こわいー!」

「ごめんなさいね」

 クルエは馬をしゃがませ、息子共々降りた。

「まったく、あにうえは、こわがりねー」

 タニアが言う。

「いいや、兄上は慣れてないだけ」

 シュトラがタニアの頭を撫でながら言う。

「そうよー」とクルエが言った矢先、バイスが走り出した。

「フェイは?フェイはどこー?」

 バイスは必死にそこにはいない乳母の名を呼び続ける。

 クルエが思わず立ちすくんでいるのを横で見ながら、シュトラはバイスの元へ走った。


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