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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第二章
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敵とは

 ハミ・バイスは王位継承第一位の王子である。

 まだ、2歳になったばかりであった。

 3345年9月、女王クルエは息子のもとを訪れた。

「麗しきご尊顔を排し恐悦至極に存じ奉りまする」

 乳母フェイが恭しく頭を下げる。

 横でそれを見て、バイスが真似をした。

「うるわしきごそんがんをはいし…きょうえつしごくにぞんじたてまつりまする」

「よく出来ました」

 クルエは微笑んだ。

 バイスはフェイにすがりつく。

「若君、お母上でございますよ?」

 フェイが恐縮しきった様子でクルエとバイスをちらちら見た。

 バイスはクルエの方をちらりと見たかと思うと、すぐに顔をフェイの足に伏せた。

「若君……」

フェイが困った様に言う。

「いいのよ」とクルエ。

「じゃあ、また来るわね」

 クルエはバイスの頭を撫でた。

 女王が去ると、フェイは溜息をついた。

 この王子は、幼年であるから仕方ないとはいえ、臆病で人見知りであり、未だ利発さを全く見せていない。

 女王のもとで育てられている王女は、既に聡明さを示しているという。活発に同年代の友と遊び、勉学もこなしている。

 それに比べ、勉学も嫌々し、それもあまり身につかず、外でもあまり遊ぼうとせず、フェイの子供で一歳年長のイトルと遊んでも、あまり自己主張せず、大人しい。下の身分であるはずのイトルの方が、仕切っている様子から王子と見間違えられはしないかと思う。もっぱら侍女と戯れ可愛がられる方が好きなようで、王子は陰口すら叩かれている。

「いったい誰に似たのか。陛下と夫君の子だというに」

「乳母の育て方が悪いのよ、陛下自ら育てられている王女は、既に利発という」

 まだ、王子は2歳ではないか。無責任な事を言いたいだけ言いおって。

 フェイの弟モリスは言った。

「むしろこれからが勝負です。王女はあくまで王女なので心配はいりませぬが、陛下と夫君の間に男子が再び生まれれば……」

 陛下に懐いていないバイス王子。その弟が生まれ、弟は陛下に可愛がられて育つ。

 さすれば、陛下はバイスよりもその弟に継がせたいと考えるのではないか。

 人として当然の心の動きである。

 

「女が王位を継いで何が悪いというのか。何もあるまい。陛下ご自身がその証左というものだ」

 エキル・ダイスはパラマ城主アキリにそう言った。

 アキリは女王の夫シュトラの弟、ダイスは叔父にあたる。

「強いて言えば、外戚がのさばりやすいということでしょうが……」アキリは答える。

「それの何が悪いのだ?のさばっていようと、王家を打倒しようとさえしなければ、何の罪やあらん」

「左様、家臣がのさばるのと、外戚がのさばるのと、何の違いもありませぬ」

 アキリは頷いた。

 政の壟断とは、敵対勢力の言い様であって、それで丸く収まるならばむしろ正義である。

 二人は、マサエドのシュトラの屋敷で語り合っていた。

「かつてのオーエン王国も、一時期ヒーノン家の時代となり、傀儡の王が幾人かたった。それで安定していたのだ」

 ヒーノン家は、後に勢力を減退し、断絶している。

「男子が生まれればそれに越したことはありませんが」

「そうじゃな、だが今のところは王女につこう」

 二人は、シュトラに知れるようにわざと、話していた節がある。無論この話もシュトラの通ずるところとなる。

 

 既に、バイス王子側と、タニア王女側とに別れ、政治的対立が始まっていたといっていい。しかしそれは半分以上は「わざと」起きたといっていい。

 それは自然発生的に起きた対立というより、対立するために対立しているかの如きであった。

 多くの者が「敵」を求めていたのだ。

 それは、ハミ王国の制度の不安定さと無関係ではあるまい。六人衆が勝手に争いを始めたら、女王にそれを止める権利はあれど、手立てはあまり無かった。結局は六人衆の力を借りなければそうした乱は鎮めることが出来ない。

 

 

 さて、敵となる候補の一つとして、対外勢力があるが、クルエはこの年の7月、キュエトと会談を行っていた。

 キュエトとは、海を挟んで反対側にある国で、旧オーエン領の南にある。

 ダガールによる侵攻以来国交は途絶えておりそれを回復させようというのであった。

 民間での交流は続いており、物品のやり取りは常に行われていたが。

 会談の場は、ダガーロワの港から数里行った辺りの海上であった。

 ハミ王国代表はハミ・クルエ、キュエト代表は国王キイル2世である。

 双方大軍を率い、背後からそれを見守っていた。

 だが、比較すれば遥かにハミ軍の方が大軍といえた。

 クルエは少数の共を連れて、会談の船に乗り込んだ。

 船は、双方が懇意にしている商人の商船であった。もしや罠があるやもしれぬ。モリスは注意深く船の内部を見回した。

 反対側からはキイル2世一行が注意深く近づいてきた。

 船の甲板に設置された机にクルエとキイルが立った。

「どうぞ、お座りを」

 キイルが促した。

 彼は初老といってよく、クルエを見回した。

「ええ、そうさせてもらうわ」

 クルエは机と共に置かれた椅子に座った。

 キイルもそれを見届けてから慎重に座る。

「此度は我が国の申し出、お受け頂き感謝する」

 クルエが良く通る声で言った。

「なんの、我々こそ、ハミ王国とは仲良うしていければそれに越したことはないと考えておる」

 キイルは机の上で指を組んだ。

「さて、我がキュエトは旧オーエン領から侵攻した敵によって、大いに疲弊し、多くを破壊された。立て直しは非常に厳しい」

 クルエは頷いた。

 だがここであえて「ダガールから侵攻された」と言い回しをせず、「旧オーエン領」という言い方をしたのに、その場の幾人かには引っ掛かるものがあった。

「このままでは貿易もままならん、そこで旧オーエン領の盟主として、金銀を恵んで頂きたく」

「何だと!」

 モリスは激高した。

「まあまあ、モリス」

 クルエが手で制止する。

 そして振り返る。

「それは飲めぬ」

「左様でございますか」

 キイルは残念そうに言った。

「国交を再開させたいと仰せであったのに、飲めぬと仰せですか」

「ああ」

 クルエはそっけなく答えた。

「女王陛下、このままキュエトがハミと国交を結び、交易を本格的に始めれば、国力の弱い我らはハミに食い潰されてしまう。それは困るのだ。そもそもキュエトがそうなったのも元は旧オーエン領のダガールのせいだ。陛下に責任を感じる心があるものと期待したのだが」

 ぎろりとキイルはクルエを睨みつける。

 威圧してこちらに有利な条件を得ようというのだ。クルエの譲歩を狙っていることは明らかだった。

「我らにとってもダガールは敵であった」

 クルエは淡々と言った。

「そして滅ぼした。だが敵の敵が味方であるとは限らんと私は思う」

 ほほう、とキイルは言った。

「我等が敵と仰せか」

「いいや、味方であって欲しいと思う。国王陛下の思慮に期待をしている」

 クルエは微笑んだ。

 キイルも微笑んだ。

「期待通りになりたいところだ」

 互いに牽制し合っていた。

「ならば早う期待に応えてはくれまいか」

 クルエが睨み合いの後で最初に口を開いた。

「この海が戦場になる事だけは避けようではないか。キュエト王もそう短期間に入れ替わるのはよくないのではないか?」

 相当厳しい文言であった。

 顔に似合わず苛烈な物言いをする女王だとキイルは思った。

 自分に物怖じせず、堂々としている。

 確かに先代はダガールの侵攻の最中に心労で倒れた。自分はその分キュエト国の為に働かねばならない。

 恐らくは目の前の女王も似たような気持ちなのだろう。少なくとも権力と権勢にあぐらをかく事を目的にしてはいない。

「はは、陛下こそ、建国後真っ先に死ねば国は内乱を避けられますまい」

「その通りだ」

 クルエは笑った。

「で、この場はこのまま喧嘩別れか?」

 キイルは首を振った。

「いや、女王の提案を飲もう」

 もし、このまま戦になれば、まず勝ち目は無い。それ程キュエトという国は疲弊してしまっている。

 

 証文を交わした後、女王は去り、ハミの船団に消えた。

「陛下、やはり女狐でしたね」

 家臣の一人が言う。

「キュエトを食い潰し、飲み込む腹に違いない」

「底なしの野心だ!」

「人面獣心の女狐にはいずれ天罰が下るぞ!」

 家臣達は口々に言った。

 だがその言葉は、負け根性に満ち満ちている。

 それも全て、国王である自分がふがいないせいなのだ。もっと強い王であったなら、女王が圧力をかけてきても屈す事はないであろう。

 だが、家臣達の言いようは、もう既に八方塞と言わんばかりである。それを希望に満ちた言葉に変えるのが自分の使命であると、キイルは思った。


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