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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第二章
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女王か一族か

「陛下、御懐妊!?」

 フクサマは小躍りしたい気分になった。

「いや、めでたい、めでたいぞ!」

 フレーが横で苦笑していた。

「お主も騒げ!騒げ!」

 とカワデやフレーに言う。

「お主のせいで、喜び損ねたわ」

「わたくしも、おおいに喜んだ後ですので……」

 クルエが解任したという知らせは全土に届いた。

 ことにハミ家臣の喜びは大きく、フクサマを発起人に、主催はカワデに、祝いの宴が催された程だった。

 当のクルエは招待するにも憚られたので、当事者不在の祝いであった。


「おめでとう存じます。陛下」

 シュトラが恭しく言った。

「あなたの子なのに、そこまで畏まって」

 クルエは微笑んだ。

「何を仰せですか、そこにおわすは王子か王女、少なくとも夫君如きは跪くべき相手でございます」

 シュトラの物言いに、クルエの笑顔は苦笑へと変わる。

 クルエはお腹をさすった。

「政務も今まで以上に、あなたにやってもらうことになるわね」

「ええ、代行させて頂く事になりますか」

 そういってシュトラは肩をすくめた。

 あくまで、そうした立場を崩そうとしない彼である。

 クルエは頷いた。

「陛下、お酒は謹んで頂きますよ」

 シュトラは微笑みながら言った。

「貴方まで言うの」

 クルエは口を尖らした。

 もう既に、フレーの手によってクルエの部屋の酒類は全て没収されていた。

 クルエは隠れて飲む事も多かったし、隠していた酒もあったのだが、全て把握されていたのであった。


 3343年2月18日、クルエはデリル・ケンチを呼び出した。

「陛下に置かれましては、此度の件めでたき限り」

 デリルは恭しく言った。

 クルエは頷いた。

「ところで、先日のお主の働きは感嘆の極みである。一揆を平和裏に収束させたその功に報いたい」

 デリルは驚いた様子であった。

「いえ、当然の事をしたまでで。あのままでは我が軍にも犠牲が出ること必定、話し合いで解決するならそれに越した事はないと考えたまででございます」

 クルエは微笑んだ。

「いやいや、お主の様な者はなかなか得がたい」

「恐れ多きお言葉」

 デリルは礼をした。

「そこでだ」

 とクルエは話題を切り出した。 

デリルに提案されたのは、武所という軍事、警察を司る部署の寄人、つまり構成員の一人として仕えて欲しいという事だった。

領地は無論そのままで、社会的地位も得られるのだから、願っても無い事であったろう。

デリルは即答した。

「機会を与えられるのなら、ぜひ、陛下の御為にお仕えしとう存じました。そのうえ陛下御自ら推挙なさるとあらば、断る理由はございませぬ」


 武所、裁所、政所が建国後そう日が経たないうちに設立された部署である。

 それぞれ、武所は軍事や警察、裁所は裁判、政所は領地や財政を司った。その上に六人衆がいる。

 クルエは時々、こうして人材を欲しがり、役職を与えていった。それは彼女の人材蒐集家としての一面を示していたと言えるが、人事権に対して絶大な権力を持っていた事が伺える一端であろう。



 3343年8月、モリスは出仕すると主君より先にその夫と会った。

「麗しきご尊顔を排し恐悦至極」

 恭しく礼をする。

 シュトラは頷いた。

「モリス殿も、お変わりなく」

 この夫は、確かに出しゃばる事もせず、慎ましさを示していた。お腹の大きくなった女王は尚も熱心に政務を行ったが、代行の割合が明らかに増えてきた。

 いや、それも当然なのだ。シュトラは女王の夫なのであって、家臣ではない。本来なら『共同統治者』として君臨していたっておかしくはないのだ。

 しかしながら、彼の叔父ダイスが味方を増やしつつある。ダイスの元を訪れる有力者は増えており、彼に何らかの役職を与えねば不満が高まるであろう。

 そもそも夫の叔父を無位無官に留めて置くのが不自然なのだ。

 そう思い、シュトラに相談した。

 シュトラは考え込んだ。そして言った。

「わたくしは女王の夫ですが、あくまでシュトラ家の人間です。その事をお忘れなきよう。あまりわたくしをお頼りになさいますな。殊この件に関しては、わたくしの意見など参考にはならないと思いますが」

 モリスは彼の苦しい立場を知っていた。

 だが、苛立ちすら感じさせる物言いだった。

「そうでございまするな。ですが貴方様は陛下の夫君であらせられます。陛下をこれからもお立てになるか、外戚跋扈の呼び水と御成りになるかはご自由でございますな」

 シュトラは苦笑した。

 少々、言い過ぎてしまった。

「これはご無礼をは、執事如きが出過ぎた事を」

 モリスは一礼した。

 少なくとも、心の底では全くそんな事は思っていなかった。正直、ハミ国女王の夫以上にハミ家内を取仕切る執事の方が、上であるべきだと思っていた。

「いえ、構いません。ただ、わたくしも辛い立場にあることをお分かり下さい」

 シュトラは言った。


 シュトラの元にはパラマ城から、エキル家の優遇や、躍進に関わるよう何度も催促が来ていた。

 要は便宜を図ってもらい、中枢に入り込みたいというのだ。そして女王の権力を制限し、夫とその実家が王国を牛耳る、それが目的であった。

 彼らとしては、ハミ王国が誕生したのは、エキル家もといシュトラのおかげであったのだ。クルエを何度も救い、数多くの武勲を挙げ、勝利をもたらし、政も多く助けている。これで何の見返りも無いのはあまりに非道というものだ。

 無能なハミ家臣共が権力を欲しいままにし、真の功労者が日陰に甘んじる。そんな事があっていいはずが無い。

 少なくとも彼らはそう考えていた。

 そんな中にクルエとの婚姻も行い、その上子供まで授かったのだ。これはまさに天命と言うしかない。

 また、書状が届いていた。

 シュトラは読んで、棚に閉まった。

 シュトラは一族を大事にする心を持つ人物であったのは確かだ。しかし女王とその子供も同じくらい大切であった。だが、その慈愛はハミ家臣やその他領主豪族に向けられている訳ではなかった。

 モリスはこの事に勘付いていたし、さもありなんと思っていたが、その度合いというのを量り間違えていた事に後に気づく事になる。


 

 エキル・ダイスは政所という政治を司る部署の目付という地位に就く事となった。政所とは財政や領地を取り扱う重要部署であり、その監査役である。

 評定を司る六人衆にシュトラもおり、エキル一族の存在感は日に日に大きくなっているといえた。

「まあ、これでいいでしょう」

 クルエはそう言い、ダイスをその役職に任じた。

 モリスはとりあえず、安堵しなくもない。

 もっと巨大な地位を与えはしないかと危惧していた。

 しかし、モリスの意見を参考にし、そこまでの地位を与えなかったのだ。

だが、進言せざるを得ない。

「陛下、あの者は信頼が置けませぬ。あのまま目付として飼い殺しにした方が良うございましょう。とりあえずは政所の者にダイスの監視を命じましょう」

「ええ、その様になさい」

「はっ」 

 モリスは礼をし辞去した。

クルエはダイスの件に関しては、モリスの言う通りであった。彼は、女王はこの件に関してあまり首を突っ込みたがらないと感じた。

 夫の実家の事だからだろうか。

 自分から積極的にしたくはないが、家臣に言われるなら、それも執事が言うのなら仕方ない、といった風であった。

 このクルエの態度は、あからさまではなかった。


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