夫君ばんざい!
ハミ家臣であるフクサマ・アリとカワデ・チリはそれぞれ、右将軍と左将軍に任じられ、王国の中枢にいる。
彼らは普段、兵の訓練などを行っており、軍組織の運営や統率といった職務に邁進しているのだが。
一つ不満があった。いや一つどころではないのだが。
ただ、それは理屈の上では納得がいっているものであって、あくまで感情の上で納得出来ていないだけであった。
今年中に女王の夫となるであろうエキル・シュトラは、マサエド豪族連合の将軍という地位を授かっている。そのうえハミ家の外戚になるということは、ハミ軍にも介入してくるに違いない。
おそらくは自身か、親族がフクサマやカワデと近い地位か、それ以上の地位を賜ろうとするのではないかと危惧される。
「エキル家の者には注意せんとな」
フクサマは言った。
カワデは頷く。
「ああ、陛下は杞憂に過ぎぬと仰せになるであろうが。もしもだ。もし万が一彼らに野心なくとも、彼らのこれから置かれる立場は、ハミにとって危険なものとなる」
「そうだ。もしかすると陛下は、少しばかり無理をして天下人とおなり遊ばしたかもしれんな」
フクサマの言い方は噛み締めるような感じであった。
「だが、無理をせねばこちらが滅ぼされていた。多くの者の力を借りねば為し得なかったのは致し方あるまい」
二人は、ワーズ程にシュトラを敵視してはいなかった。彼らとしてはワーズもその対象であったので分散していたのかもしれない。また、彼らはあくまで武人であったのだ。政敵をどうしようかという思考はあまりしない性質であった。無論出来ない訳ではなかったのだが、決着は戦場でつけるべきだと考えていたのである。
クルエとシュトラの結婚式に出席する為に多くの領主や豪族が駆けつけ始めたのは、6月頃である。
ダガーロワ総督にあるコレニヤン・ワーズもダガーロワを5月の17日に発っている。
「陛下それにしても」
フレーがにこにこしながら言う。
「此度はおめでとう存じます」
クルエは頷いた。「ありがとう」
「シュトラ様なら、陛下にふさわしい御仁でございます」
マサエド城の侍女達の間で、シュトラは人気があったといっていい。爽やかな外見と、人当たりの良さ、そしてその武勲によって、その人気はマサエドの街の方にまで広がっていた。
「あなめでたや」
と民衆は口々に言った。という。
記暦3342年7月14日、マサエド城内の大広間で式は盛大に執り行われた。
その絢爛さは、新たな時代の到来を、昨年の即位式に続いて、人々に実感させるに充分であった。
「夫君ばんざい!」
エキル・シュトラは『夫君』と敬称され、そう歓呼を浴びた。
シュトラは、周りの人間の感情も、思惑も、どこ吹く風であるかのようにしていた。
だが、これからが本当の始まりだと、皆思っていた。
ダガールという敵を失ってから、彼らは内に敵を求めたのである。これは歴史の必然であり、血がまた流れるだろう。
たとえクルエが上手く統治したとしても、次代、そしてまた次代と、続いていく王朝の中で、内部闘争は必ず起きる。それが早いか遅いか、それだけだ。
クルエとシュトラは二人用の寝室に入った。
侍女達が二人の元をそそくさと去っていく。
二人は立ち尽くした。
「まあ、とりあえず座りませんか陛下」
シュトラは声が震えているのを自覚しながら言った。
クルエは頷いた。
「何か飲み物を」
とシュトラ。
「じゃあ、私が持ってこさせましょう」
クルエが部屋の扉の前に立ち、侍女を呼んだ。
そして果実酒が運ばれてきた。
シュトラがクルエに注ぐ。
「ありがとう」
クルエは微笑んだ。
二人はしばらく飲んだ。
「シュトラ殿」
クルエが口を開いた。
「陛下」とシュトラ。
「これから夫婦となるのですから、殿だなんてお付け頂かなくても結構でございます。ただ呼び捨てで構いませぬ」
クルエは恥ずかしそうに笑った。
「じゃあ、シュトラ」
「何でございましょう陛下」
「私の事も陛下とかじゃなくて」
「陛下は陛下です。お名前で呼んで欲しいのでございまするか?」
二人で笑い合った。
「ええ……ぜひ」
クルエはおずおずと言った。
シュトラは困った顔をした。
フクサマとカワデは広間で酒を酌み交わしていた。
領主達も自分達の館に引き上げ、ハミ家臣のみが残っていた。
二人はぐいぐいと飲んだ。
「飲まずにいられるか」
フクサマが吐き捨てた。
「陛下もお幸せそうであった。だがお主の気持ちは分かるぞ」
カワデも安定しない調子の声で言った。
「おい俺も混ぜろ」
その声に驚いて二人が後ろを振り返ると、ワーズだった。
彼はすっかり出来上がっていた。
「シュトラなど」
ワーズは語気強く罵るように言った。
彼らをハミ家臣以外が見ていたら問題になっていたかもしれない。
シュトラは、住居をマサエドに新たに建てた。エキル家臣も数多く引き連れてきており、マサエド城内に一大勢力を築くに至っている。
パラマ城には弟のアキリを城主として置いた。
一方、叔父のエキル・ダイスに対しては手をつけていない。
叔父はシュトラからの便宜が何も無いことに苛立ち、女王に直談判に向かった。
体格の良い側用人オントを横目にクルエに立ち向かった。
「お言葉ながら陛下」
ダイスは恭しく言った。
「夫君の叔父が何の役職も無しというのは、体裁が悪うございます。エキル家としましても、恥じ入るものでありまする。すがるようで申し訳ございませぬが、それ相応の役職を頂きたく……」
クルエは考え込んだ。
「モリス」
問われたモリスは口を開いた。
「では、夫君お付きの側用人で如何でしょう」
「モリス」
クルエが小声で叱る様に言う。
「夫君の親類ともあろう方が、物乞いをするかの如く、陛下に頼みごとをするとは片腹痛し」
ダイスは顔を真っ赤にしていた。だが、何とか自分を抑えようとしている。
「斯様な者には、甥の側用人をさせるが丁度よろしいかと」
あまりにも辛辣であった。
モリスの物言いは、ダイスの自尊心を傷つけるのに充分すぎた。
「陛下!」
ダイスは叫んだ。
「わたくしはここまで侮辱されたのは初めてでございます!何故そこまで言われなければならないのですか!」
クルエはたじろいだ。
「侮辱されてまで、役職はいりませぬ!近々をお騒がせしたことをお許し下さい!」
ダイスは足音を強く立てながら辞去した。
クルエはモリスをじっと見る。
「曲がりなりにも、女王の夫の、叔父よ」
「分かっておりまする。だからこそです。一歩も引いてはなりませぬ」
ダイスはぶつぶつと廊下を歩いた。
この煮え返る気持ちをどうしてくれよう。
「おのれおのれ。サカヒ・モリス!今に見ていろ……。いつか必ず……」




