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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第二章
46/73

資格

 クルエは夢を見た。

 マブがいた。

 かつて、彼女を守り死んでいった少年。

 死ぬ寸前に「好きだった」と彼女に告白した少年。

 彼は、悲しげな目をして、自分を見つめていた。

 真っ暗な空間で、目の前に立ってじっと見ている。

 目を覚ました時、クルエは起床の時間を知らせる声を聞いた。

 彼は結婚もせず、死んだ。彼だけではない。キロ村の同年代の子供達、もしくはクルエより小さな子供達、また若者達、多くが死んだ。

 皆死んだのだ。子供も、青年も、大人も、老人も、皆自分のせいで死んだのだ。

 それなのに、それなのに、自分だけ結婚しようというのか。


「墓も作り、念入りにお参りしておられるではありませんか」

 フレーが主君の只ならぬ表情を感じ取って言った。

「あら、私変な顔してた?」

 クルエは微笑んだ。

 墓参りにまさに向かおうとしている時であった。

 二人は護衛の兵の間を通り抜け、墓のある中庭に辿りついた。

 ここには、クルエの亡き両親や、兄弟、また育ったキロ村の者達の墓がある。

 しかし遺体は葬られていない。

 唯一つも回収出来ていないのだ。

「わたくしはここで」

 フレーは頭を下げ、立ち止まった。

 クルエは一人、歩いていく。


 クルエにとって、墓参りは自省の場でもあった。女王となった今、自らを省みて、手に入った巨大な権力をどう使うべきか。

 死んでいった多くの者へ報いるにはどうすれば良いか。

 はっきりとした答えなど見つからなかった。

 ただ、分かるのは、立ち止まらずに前へ進むしかない、という事だけであった。

 最後に残った墓の前に立った。

 マブの墓だ。

 怖くて後回しにしていた。

 だが、報告せねばなるまい。

「マブ」

 クルエは口を開けた。

「私……、結婚するの。ごめんね、あなたの気持ちには応えられない」

 眼前の墓は沈黙を守っていた。

 死んでいった者達は、夢の中でしか会ってくれない。時には自分をなじってもくる。どうして、夢の中だけなのだろう。

 クルエは思った。

 父上も母上も、兄弟に至っては、夢の中にすら現れてくれない。

 じっと手の平を見る。

 そうだ、この血に塗れた手である以上、認めてはくれぬのではないか。

 まだ自分は、流させた血に比べて、人々を幸せには出来ていない。

 


 エキル・シュトラとの結婚は翌年に決まった。

 今年も残り少ないので、準備は間に合わないのだ。

「陛下、モリス殿がお見えです」

 側用人のオント・セロが恭しく言った。

 彼は風貌も逞しい偉丈夫で、かつしなやかな体つきをした機敏な男で、護衛の役も見事にこなしている。

 以前側用人であったコウン・トイリは既に領地を貰ってそこに収まっており、左遷とも栄転ともいわれた。

 ただ、コウンは後年、領地経営には才を発揮したらしく、側用人の役目が不向きだっただけだろう。

 モリスは部屋に一礼して入ってきた。

「申し上げます」

 彼は口を開いた。

「陛下が先日お命じになった、天領調査ですが、隠し畑も次々見つかり、さらに横流しと思しき件も発覚致しておりまする」

「そう」

 クルエは頷いた。

「徴税の公正化と、税収の健全化は、不可欠であるから、そのまま続けるように」

「はっ」

 モリスは恭しく頷いた。

 そして顔を上げる。

「手向かう者がおりましたら?」

 神妙な口調で訊いた。

「横流しは厳しく処断する。そして民相手には根気強く説得を」

 とクルエ。

「しかしながら、それでも手向かってきた場合は?」

「止むを得ない場合は、同行している兵に鎮めさせるしかない」

 淡々と言った。

「しかし、調査に不都合があればその豪族の責を問わねばならないわね」

 モリスはにやりと笑った。

 豪族を弱体化出来る口実が出来たからではなく、純粋に主君の言葉にぞくりときただけであった。

 この調査を任されているのは、私兵を持つ豪族やハミ家臣である。民衆を従わせる力として豪族が、調査官としてハミ家臣が、それぞれ派遣されたようである。

「早速、豪族共に一筆書きまするか?」

「うーん、暗黙の了解だと思っているのだけれど」

「暗黙の了解に、責を問うのですか?」

「ええ」

 クルエは低い声で答えた。

「これは『天領』での話である」

 モリスは頷いた。

「左様、天領でございますれば、陛下の意のままにならぬだけで罪でございましょう」

 クルエは顔をしかめた。

「そこまで言ってない。ただ、あまり締め付ければ豪族は躍起になって民を押さえつけるでしょう。それは後々不都合になるというだけ」

 モリスは「ごもっとも」と言った。

 これが、他の豪族や領主の土地での事なら、喜んでその責を問おう。だが、天領内での出来事ともなれば話は別である。

 極力、流血は避けたい。

 モリスはその後、天領調査で明らかになった情報の説明を始めた。


 記暦3341年は暮れて行った。

 


 翌年の2月、その年の祝賀も済ませパラマ城に帰還したエキル・シュトラは弟の訪問を自室にて受けた。アキリは上機嫌だった。

「兄上、陛下のご様子は如何でしたか?」

「どうだったかと訊かれても……、陛下は政務に邁進しておられる」

 アキリはさもあらん、といった風に頷いた。

「王国全体では、領主達に遠慮などしておりますが、王都マサエドにおいては陛下お一人に権力が集中しておるように感じます。いや、陛下をお支えする側臣の人材の乏しさを感じております」

「気のせいだ」

 シュトラは首を振った。

「創成期なのだから仕方あるまい。今まさに陛下の側には綺羅星の如く、有用な人材が集まっておるところだ」

 領主であった頃と、王国となった今では、組織も、必要な人材も、変わってくるだろう。

「さすればその間隙に我らエキル家の者も入れ込めましょう」

 アキリは構わず続ける。

「エキル家にはその能力も、資格もあります。兄上もご結婚なさる事ですし、外戚としてますますの発展が望めます。エキル家の春がやってきたのです」

「そうかもしれんな」

「叔父上も意気揚々としております」

 シュトラは叔父の事を思い出して、気分が沈んだ。

 叔父もまた野心家なのだ。しかも、退くことを知らぬ性質の。

 適度な所で済ましておれば良いものを、済まさないのが叔父上であった。

 野心家と言うより、強欲なだけであるかもしれない。

「兄上も、無論、陛下を御したうえで、エキル家の栄華を望んでおいででしょうな」

 アキリは微笑みながら、牽制をかけてきている。

 兄の心の内に勘付いているのだ。

 陛下も悩ませたくないが、一族の者とも争いたくなかった。

 彼のそんな感情が、どう事態を転がすか、まだ知るものはない。


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