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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第二章
43/73

六人衆

 ここで、ハミ王国女王であるクルエの一日を紹介してみようと思う。 


 朝6時起床。毎朝、侍女が時間になると扉の向こうから声を掛ける。

 寝転がって書物を読んでいたクルエは返事をした。

「もう朝なの?」

 6時に起こしに来るのは決まっているので、早く起きてしまった場合は寝転がって待つか、書物を暇つぶしがてら読むのである。

 侍女がやって来て、身支度。

 大抵は2人掛かりである。

 洗顔、服を着替え、髪を整え、化粧をする。

 朝食は8時頃である。

 その際、「これおいしいわね」とクルエは言ったりしても、侍女たちは反応に困った様子をするのみであった。

 結果、一人でもくもくと食べるしかなかった。

 侍女勢の取り締まり係アーキ、勝手知ったフレーがいれば違うのだろうが。

 アーキは立場上、こういう場面ではクルエとは会わないし、フレーは指導係で忙しいようだ。

 食事が済めば、執務室で政務である。地方からの上奏文や報告書に目を通したり、決裁を行ったりしていた。

 この頃クルエは無趣味気味であり、政務に没頭するのが趣味とすらいえた。

「陛下、このようなものはわたくしが、目を通しておきますので。陛下の手を煩わせるものではありません」

 執事のモリスが言ったことがある。

 しかし目線を上げてクルエは答えた。

「私の双肩には旧オーエン領の行く末が委ねられている。だからこそ、私はやる」

 モリスは思わずたじろいだ。

 クルエの気迫に押されたのである。

 陛下がこうして政務に励むのに何の不都合があるのか。本格的に無理をし出すことがあれば止めればいい。

 そう自分を納得させ、恭しく辞去した。

 執事ですらそうなのだから、側用人にはとても無理な問題であった。

 側用人のコウン・トイリは任命されてまだ日が浅い。

 その為か、側用人としての責務すら果たせるか疑問符がついた。そうであるから、クルエの指示を実行するので彼の許容範囲は限界を迎えていた。

「コウン、午後からの会議、私はいつ入ればいい?」

 コウンは「え」と答えた。

「ああ!13時からでございます。大広間に」

「そう。それにしても今回は紛糾するかもね」

 クルエは微笑んだ。

「はあ、何故でございますか?」

 コウンは首を傾げた。

「ハミ家は当然として、元マサエド豪族連合も、その他諸領主、諸豪族も、軽んじる訳にはいかないのよ。6人衆でも5人衆でも、私の次に位置する意思決定機関を作る必要がある。これは兼任可よ。さて誰を選ぶか、それとも誰が選ばれるか……」

「選ぶってどなたが?」

 コウンは間の抜けた反応をした。

「私は推薦された者をそのまま承認する可能性もあるのよ」

 クルエの答えにコウンは静止した。そして言った。

「誰が推薦を為さるので?」

「さて、誰かしらね」

 クルエは報告書を机にとんとんと叩きつけ整えた。

「それでどうして会議が紛糾するのですか?」

 コウンは呟いた。

「コウン、会議の準備の方は?」

 クルエは静かに言った。

「あ、確認して参ります!」

「報告は早く、ね」

 コウンは一礼して辞去した。


 クルエはコウンが出て行くのを見送ると息をついた。

 ワーズの不在を感じずにはいられない。コウンも任に就いたばかりで混乱する面もあるのだろうが。

 昼食である。

 これも、一人でもくもくと食べた。

 見知った者達は、クルエの側を離れ、もしくは多忙であり、もしくはそういう地位になかった。

 領主時代もちょくちょくあったが、女王になってからはずっとこれである。

 女王になったが故に、内輪だけ考えていてはいけない、ということか。と自分を納得させたりした。

 13時からは、大広間で豪族領主らも交えて、会議を行う。

 マサエド城に登城した彼らをクルエは迎える。

 型どおりの挨拶を終え、議題に移った。

 当初は、控えめに自分達の派閥の代表者を推薦するに留まっていたが、だんだんと過熱してきた。

「ハミ家臣ばかりを優遇して良い訳が無い」

「領主も選ぶ必要がある」

「マサエドだけでなく、ダガーロワの領主や豪族からも選ぶべきだ」

「マサエドやダガーロワ意外からも選んで戴きたい」

 ある者は婉曲的に、ある者ははっきりと自分の望みを述べた。

 ここで勝利せねば、不利な状況に置かれる事は目に見えていた。

 何としても、自分達の陣営から選ばせなければならない。

「そもそも我らマサエド豪族の働きあってこそ!」

「ダガーロワの我等が味方したからこそ、ダガールを討ち果たし得たのではないか?」

「陛下はハミ家の当主であらせられます!ハミ家臣団を厚く遇するのは当然のこと、領主達に文句を言われる筋合いはない!」

 ハミ王朝は、強大な一勢力によって建てられた政権ではない。中心となる勢力はあっても、連合政権の様相を呈していた。

 そもそもクルエの即位自体が、領主豪族によって祀り上げられた側面もあるので、強権は振るえないことは無いにしても、彼らへの充分な配慮は果たす必要があった。

 さもなくば、王朝は崩壊しかねない。

 そんな危機感も、皆の共有するところであった。


 午後3時、武芸の稽古。

 まずは弓であった。

 クルエは遠く離れた木の板の的に向かって、狙いを定める。

 命中した。

「お見事でございます!」

 矢をクルエに差し出す係りの者、周りで誉めそやす者、が彼女の周りを賑やかにしていた。

 クルエは矢を受け取り、次の的を狙う。

 命中させた。

 一斉に感嘆の声を上げる。

 クルエは気が向く限り、嬉しそうにして見せた。

 剣の稽古の際は、木刀を使う。

 素振りをしたり、時々模擬試合を行ったりする。

 この日は素振りで終わった。

 それも、この武芸の稽古はクルエが習慣を続けようと行っているに過ぎず、何をするかは朝に言う。何を言わなければ昨日の通りということになるのである。

 稽古が終わると、入浴である。

 マサエド城に古くからある温泉がある。ハミ家の者しか入ることを許されず―民などは川や、ちょっと身分の高い者は、薪で沸かした風呂に入るのだが―今やクルエのみがその効用を味わうことが出来る。

 湯につかりながら、縁の石に頬杖をつく。

 キロ村にも温泉はあった。そっち方が良かった気がする。

 

 入浴後、夕食。

 夕食ともなれば、酒解禁である。

 酒を友に食事を楽しむのだ。

 しかも夕食は、家臣達と食べるのである。

 家臣達が居並び、その様子をクルエは眺める。

「それにしても、豪族や領主どもの強欲振りにはほとほと呆れさせられる」

 フクサマが軽蔑の感情を露にする。

 横でカワデが頷く。

 この二人はしょっちゅうこんな事をやっている気がする。

 クルエの横には執事モリスがいる。

 まだ硬い表情で、緊張の面持ちで吸い物に手をつけていた。

 彼には何かしら、為そうとしているものがあるのかもしれない。

 だが、彼の胸中に何があるのか、クルエは推し量れずにいる。


 夕食後、再び政務である。

 通例では、決裁は、夜は受け取らない。それはオーエン王国の伝統であり、ダガーレン・トクワはそれを破った。

 ハミ・クルエもそれを破っている。

 書類に目を通し、都市計画や治水計画についてモリスと検討する。

 所領安堵もそろそろ行わなければならない。

 ハミ国王に支配を許されて初めて、その土地を治めることが出来る。この原理をまず徹底させる必要があるのだ。

 側にモリスがおり、「まだじっくりお考えになるべきかと」と言った。

「豪族や領主達同士で揉めている土地もございます。特にダガーロワ近辺はわざと揉めさせていた様で……」

「裁判を行う必要があるかしら」

「そうとも限りますまい」

 モリスは淡々と答えた。

「というと……?」

クルエは確かめるように言う。

「此度の戦で、功があったか否かでお決めになるべきかと。彼らがどう陛下の御為に働いたかで、遇し方も変えるべきです」

「それもそうね。それでどちらが支配すべきか考えても」

 クルエは頷いた。

 モリスはちょっと驚いた。

 自分の父や、ワーズの豪族弱体化計画にクルエはあまり賛同の意思を示してこなかった。基本クルエは公正であった。所領安堵は従来のままであったり、功があったか否かで恩賞を区別はしても政治的思惑を働かせてはこなかった。しかしその公正さがまさにその政治の面において欠点となり得ると、モリスは考えないではなかったのだ。

 だから、こうした領主や豪族にあからさまな圧力を加えるこの策に、乗っかってくるとは思わなかった。

 これは彼女の変質だろうか、それとも状況が変わったから方針を転換しただけであろうか。

 モリスは主君を眺めやったが、クルエは彼の持ってきた決裁書類に目を通している。

 

 この日は午前0時に就寝であった。



 記暦3341年7月8日、『六人衆』が決まった。

 クルエの側にあって常にこれを支え、今はダガーロワ総督であるコレニヤン・ワーズ、ハミ家の現執事であるサカヒ・モリス、マサエドの豪族で第二の実力者と目されるエキル・シュトラ、クルエに城を貸し、篭城戦を共に戦った功もあったアイキ・ロダ、ダガーロワで権勢を誇る領主タイラン・ブシン、またデンエーというダガーロワに以前は従属していた地方の最大領主レアール・ワザール、この6人である。

 結果として、あらゆる派閥に配慮した形となった。



 この6人がハミ王朝にどのような運命をもたらすのか、今知る者はいない。


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