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ハミ太平記  作者: おしどりカラス
第一章
34/73

ダガーロワ包囲戦1

 ダガーロワは周囲を城壁と水の張った堀に囲まれ、常時兵が見張っていた。南側には海が広がり港町としても機能している。海運を一手に握ったダガールはここダガーロワを拠点に勢力を拡大していったのである。

北のほうには平野が存在し、マサエド軍が布陣するならばそこ意外なかった。

 この街はダガール国建国以来発展を遂げてきたといってよく、トクワが本拠地に定める以前はさほど大きくもない港町に過ぎなかった。まさにダガールの繁栄を象徴する都市である。

その都市にも戦乱は牙を剥いた。

 ダガーロワ市民達はダガールの強大さを信じ、この街で戦いが起こるなどとは想像もし得なかったのである。戦などは遠い地での出来事以外の何物でもなく、ダガールが賊を誅罰しに行く事のみが戦争であった。けっして、敵が攻めてくることなどではなかった。

 民衆はいちおう抑え込まれ、表面上は秩序が戻っていた。

 兵士達によって城の奥深くまで避難させられていく時も、大きな混乱はなかった。

 記暦3340年10月10日、鐘の音が大きく打ち鳴らされた。

 ダガーロワの兵士達はついにマサエド軍を視認した。見える位置にまで近づいていたのだ。

 当時ダガーロワに滞在していた詩人アーギュストは「鐘の音があれ程までに恐ろしく感じたことはない。人々は怯え、ただ祈るしかなかった」と残している。

 ダガーロワを包囲したマサエド軍は8万に膨れ上がっていた。

 海上にも軍船がひしめき、壮観ですらあった。

 


 10日昼過ぎ、降伏の呼びかけがマサエド側からあった。

 それに対してダガール軍は弓を射掛けて応えた。

 誰もが予想していたことだが、戦端は開かれた。

 マサエド軍はどんどんと攻め寄せ、ダガールは弓で応戦する。

「始まりましたね」

エキル・シュトラが淡々と言った。

「そうね」

 クルエは答えた。

 陣中で椅子に座ってはいたものの、すぐに立ち上がった。

「領主様、先は長いのです。ゆっくりなさってください」

 シュトラは微笑んだ。

「……そうね」

 クルエは答えたが、結局座らない。

「姫様、お座りください。総大将が浮き足立ってはいけませぬ」

 ワーズが言う。

「その通りね」

 クルエはゆったりと座った。

 その様子に、ハミ家臣団は小さな戦勝気分を味わっていた。

 夜も攻撃は続けられ、火の矢が次々と放たれ続けた。

 多量の火の矢が弧を描きダガーロワ城に落ちていく光景は、非常に美しく、見る者を感動させすらした。だが、それは敵の街や城に火災を引き起こす為飛んで行くのだ。

 その為、火矢を射る弓兵は特に敵の矢に狙われた。

 

 18日、はずっと城に篭ったままである。一度も打って出て来ようとはせず、矢でひたすら応戦し続けていた。

 相手が8万で自分達が2万という埋めがたい兵力差のせいでもあっただろうが、自分らの崇める軍神を破った敵にまともに挑んでも勝てない、と考えたのだろう。

 その頃マサエド軍は穴を掘り進め、地下からダガーロワ城に攻め入ろうとしていた。

――「穴を掘るのでございます」

 ワーズが言った。

「穴?」

 クルエは首を傾げた。

「城壁に?」

「いえ、地下にです、地下から掘り進め、城に侵入するのです」

「なるほど」

「領主様、それがようございます」

 シュトラも言った。

「しかし、穴の出口で敵が待ち構えていたら?」

「それは承知の上です」

 クルエは考え込んだ。

「煙で燻されたら?」

「そうならぬように、細心の注意を払い、相手に気づかれぬように致します」

「ならば、我らは全霊で攻め寄せるのみよ!」

 フクサマが意気揚々と言った。

 カワデも頷く。

「こちらに目を向けさせておくのだ」

「何を言うのだ。あくまでこちらが本筋よ。堂々と城門を突破してくれる」

 クルエはくすりと笑った。

「一番乗りの誉れはハミ家臣のものにしましょうね」

「はっ、必ずや!」

 そしてワーズに向き返る。

「ワーズ、差配そなたに任せる」

「はっ!」


 10月20日、城攻め開始から10日程経った。

 功にはやる豪族や領主達が突出したりしたが、全体的には統率が取れていた。

 これ程の大軍を動員した戦いは経験した者はない。

 ダガーレン・トクワですら、10万を越えた軍勢を率いた経験はなかった。

 よって誰も、これ程の軍勢で城を攻めた経験のある者はいなかったし、これ程の大軍を相手に篭城戦をしたことのある者はなかったのだ。

 マサエド軍側は大軍の利を活かし、遠くからの矢であったり、突撃してすぐに退却、とといった戦法を昼夜問わずとり続けた。相手の疲労を誘おうというのである。

 またダガール軍は、攻めてきたら応戦、火矢はすぐに消す、といった対処療法的戦法を続けた。大軍は長期戦は不利という弱点を突くというのが基本的な方針であり、はやって打って出るなどは厳しく禁じられていた。

 


 ダガーロワ包囲戦の長期化は充分有り得る様相であった。

 陸からも海からも包囲され、陸運や海運は封鎖された。しかしながらダガールは決戦前に兵糧や物資を買占め、充分な備えをしていた。

 10万の大軍とはいえ、烏合の衆であることは否定しようのないマサエド軍は、このまま膠着状態が続けば退却せざるを得ないだろう。まさにその時に、ダガールは再び勢力を糾合してマサエドを攻め滅ぼすのだ。

 そうした期待がダガール上層部にあったことは確かであったが、兵や民達の間には昼夜を問わない敵軍の攻勢に直接さらされ疲弊感が高まっていた。

 兵達の中にはいっそ敵と正面から野戦を仕掛けたほうがまだまし、という意見も出始めており、煮え切らなく映るダガーレン家の戦術は兵士達をより一層精神的に追い詰めていった。


 ただ、上層部の中でも、違う考えの者はいた。

 違うとはいっても、あくまでダガールの為に勝利を目指すとか、戦うとかいった方向性ではない。

 むしろ間逆の方向である。

 それはトクワの三男、ダガーレン・ヴァイレンである。

 彼にとって、兄オンダの統率振りは意外であったし、計算違いであった。

 ヴァイレンとしては、手土産をハミ・クルエに献上することでしか自分は生き残れまい、と思っていた。今もその気持ちは変わらないのだが、このまま善戦されれば裏切りの機を逃がしかねない。

(もし、このまま勝てるかもしれない、という状況になろうものなら)

 ヴァイレンは迷いを自覚した。

 彼は部屋を歩き回った。

 早く決断しなければ。

 さもないと、敵がどっと流れ込んできた時に混乱が生まれれば手土産どころではなくなるのだ。

 もしかしたら自分が真っ先に敵に殺されるかもしれないし、手土産を持ち出す前に敵に奪われるかもしれない。

 

 彼はその夜、信頼できる部下を自分の部屋に集めさせた。


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